『波の狭間で』vol.4
5月3日 (晴れ)
8:30 仙酔島出航。 岩城島迄20マイル。
風が強いので島影を航行する。
風力17ノット 速度5,5ノット 海の色はどこまでも碧く、
艇は揺りかごに抱かれているような穏やかな波に委ねられていた。
途中お魚センターを探したが場所が特定できないので
岩城島を再度目指す。
田島の向かい側に常石造船所が見える。
5万トン級の大型船が7隻も新造されている。
12:15 因島の日立造船所にも5隻の大きな修繕船があった。
日本の造船技術が改めて見直され三年先まで海外からの
受注があると新聞は伝えていた。
三十年前の造船不況で被った大波が嘘のような業界の
活気を目の当たりにし穏やかな波に身を任せた。
13:30 岩城島着岸。
海側から望んだ小高い山の上の城跡に辿り着くには
石段を登らなければならない。
私の右足は、金比羅参り以来指先に向かって
青紫色に変色し靴も履けないほど腫れ上がっていた。
痛さを堪え夫の腕にスガリながら登りきる。
山頂から航海してきた海を見下ろすと
潮と潮がぶつかり合う様が良く見える。
艇に帰るとサイクリング中のご夫婦が我々のヨットの
写真を撮らせて欲しいと言う。
「コーヒーでもいかがですか?」とキャビンに招く。
「ウワァー!木の温もりがあって素敵ですね」
ハンスクリスチャンの内装はチークをふんだんに
使っているので落ち着いた雰囲気を醸し出す。
「こちらにお住まいですか?」
「いえ、福山からです」見知らぬ人との出会いも又面白い。
5月4日
ゴォ~ッゴォ~!風の音 ガタッ!
ゴトッ!戸を叩く音 キュイ~ギッギィ~!
フロートの軋む音。
寝ている頭の上をバタバタ歩く音で目が覚めた。
「お父さん!新居さんと前さんの声がするよ」
慌てて夫も外に飛び出す。
暫くして各艇の増し舫いが完了した様子が覗えた。
夫が戻り安心してもう一眠り。
7:10 岩城島出航(曇り)
広島迄60マイル 6ノットで10時間の長旅になる。
どんよりした鉛色の曇り空ではあるが雨は降っていない。
念の為、合羽を用意する。
伯方沖に差し掛かると海の男達がゴールデンウイークに
家族の元で過ごす為なのか中型船が何隻か停泊している。
速度4ノット 風は正面 水深37m。
先頭を航行する澪が全く動かなくなった。
海水速度6,3ノット 対地速度2,7ノット~1,3ノット
ヨットがピタッと止まり風景も止まっている。
しまなみ大橋を抜けるまで逆潮に行く手を阻まれた。
こうなるとどうあがいても先には進めない。
10:30 岡村島沖で佐伯帆走協会のメンバー中鶴さんの
ヨット「風花」と出会った。
風花には、7人位乗っていた。
仲間のヨットに思いがけず出会えると感激する。
腕が千切れんばかりに手を振り「風花」が見えなくなるまで見送った。
海には道なき道がある。
海は世界と繋がっている。
私は「ヨットで世界一周をする」という夫の夢を叶えてあげたい。
生死をかけた男のロマンに付き合えるのは妻の私しか居ないであろう。
一人では絶対無理な「ヨットで世界一周」であっても
勇気を振り絞って出航するという夫と二人なら例え途中で
果てても本望だと思える。
お互いが元気でなければ実現できない夢である。
配偶者を失った悲しみを私は経験していない。
静寂な海面をじっと見ていると深い海の底から姉の悲しげな
顔が浮かび義兄に想いを遺している姉の声が聞こえた。
その時、生の始まりが海であるならば死後の世界は「
天国にあらず海に有り」
ではないかとふと思った。
義兄は、出航してから8時間ずっと眠り続けている。
本当に船酔いだったのかもしれない。
2年前に佐田岬沖で私もひどく船酔いし苦しんだ記憶が蘇る。
髪の毛に白い物が増え、額に深い皺を寄せ泣き顔になって寝ている
義兄の孤独にもう少し優しく寄り添ってあげれば良かった
「辛い旅だったね」と心の中でつぶやいた。
穏やかに見える瀬戸内海にも時として白波が立つ。
高波に飲み込まれそうな恐怖も覚える。
しかし、この波を受けて立ってこそ世界が見えてくるロングクルージングであった。
16:00 廿日市帰港
船田 和江
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