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2010-04-29 00:25:41

TV放映にともない

テーマ:ブログ

先日、大村椿の森学園を特集した番組が放送されました。


さまざまな反響を頂きつつも、

「あの子、本当はもっと頑張ったのにな」

「番組に写るとこんな感じになってしまうんだな」

などと、テレビスタッフさん達の苦労も考えず

1人で呟いていました。


500日を1時間にするのですから

当事者が淡泊に感じるのは当然かなと・・・・。



本題です。

番組に出ることは、賛否両論頂きます。

特に子どもが題材になるのですから

危険も伴いますし、倫理感との兼ね合いにもなります。


虐待の問題が着目され

虐待への保護は社会的にも叫ばれています。

しかしながら、虐待された子ども達が

どんな気持ちで過ごして

どんな状況になっていくのかは殆ど知られていません。


また、児童は虐待児という札を貼られ

札を基に支援という名の対応が付きます。

しかし、18歳になった途端、その札は剥がされ

1人の大人として扱われ

問題が起きれば「なんだ、あいつは」と

軽蔑、阻害されていきます。


退園した子ども達が、勇気を持って語ってくれていましたが

虐待の問題は、大人になっても続いていきます。

「一生幸せになれないのでは」と

不安を抱えながら生きていかなくてはならないのです。

人によって捻じ曲げられた人生が

更なる苦しみを生む現実があるのです。


その実態が、少しでも届けばと

私たちは番組に協力をさせて頂きました。


国は虐待を無くす取り組みを行って来ています。

しかし、その一方で地方分権の一環として

児童福祉等の福祉事項を、国から各県に任せる動きが起きています。


この法案では、児童福祉施設の最低基準ですら

各県でいじる事が可能になります。

そうなれば、当然、金のない県は間違いなく削減に移るでしょうし

地域での格差は更に広がっていき

虐待を受けた児童を更に苦しめていく結果になるでしょう。

施設における職員配置の最低基準の見直しを

叫ぶ事すらできなくなります。


国が拾い上げた、虐待問題の解決を放棄し

地域に押し付ける動きにならないよう

被害を受けた人が、更なる被害を受けない為にも

私たちはこれからも、現実を訴え続けます。



2010-04-15 15:27:33

久々の更新です。

テーマ:ブログ

私事でバタバタしており、更新がなかなかできず申し訳ありません。

大村椿の森学園 中島です。


新たな年度を迎え、大村椿の森学園も新体制となりました。

その中で、私は園長となりました。


他業種から児童福祉の世界に飛び込み、はや10年目。

とうとう、1施設の施設長となりました。

自分のしたい事が広がる反面、管理者として責任を果たしていく

新しい側面と向き合いつつ、日々翻弄しています。


何よりも寂しい事が、子どもと過ごす時間が極端に減ってしまった事です。

「いそがしいもんね、しかたなかよ」

そんな子ども達の言葉に、申し訳なさと

時間でしか寂しさを埋められない自分の技量に、腹立たしさを感じます。


子どものためにどれだけ時間を使うか

子どもとどれだけ向き合って、ぶつかっていくか

その方法でしか、子どもを見ていなかったのだと痛感しています。


一緒に居ないと、直接支えないといけない瞬間や段階は勿論あります。

でも、本当に必要なのは、目の前に居ないけれども

直接関わっていないけれども

子ども達が、心のどこか奥底で、その存在を感じて

1人で歩いていける、生きていける。

その力を養う、育てる事のために

1日、1時間を大事にするのだと、より一層感じています。


また、1つ子どもから学びました。

2010-02-07 02:33:57

現実の悲しさ

テーマ:ブログ

情短施設の学校教育には、きちんとした整備がなされていません。

その背景には、学校教育と児童福祉とで「情緒障害児」の理解に

差があるからです。


「関係性により生じる障害」としては共通するのですが、

学校教育では長い間、そこに器質的障害も含まれてきました。

その為に、未だに「情緒障害」という言葉を使いながらも、

対応が異なっているのが現状です。


長崎県でもその状況は例外ではありません。

学園は、情緒障害の特別支援教育の保障を頂いています。

(これだけでも本来は感謝すべき事項です。)

しかしながら、従来の教育現場が対象と考えてきた情緒障害児は

特別支援教室として十分(生徒8名に対し、教員1名)である、

との見解でした。


私たちは開設時から、虐待を受けた子ども達には、

通常の支援体制では、どうにもならない事を

県の教育委員会に訴えてきました。

虐待を受けた子ども達に、教育保障をすることが

大人として、子ども達にしてあげられることではないかと・・・。


今年早々に、来年度の教育体制について検討する機会がありました。

その際に県教育委員会から出た発言は

「そんなに大変な子ども達なら、何をやっても意味が無い」

「医療が抱える子ども達で、教育の対象ではない」

との言葉でした。

その言葉の裏には、”自分たちで学校もしろよ”という言葉が

見え隠れしました。


言葉になりませんでした。


予算の問題は勿論あると思います。

1つの施設の為に学校体制を作る事にも困難さはあると思います。


しかし、教育の責任者が、虐待を受けた子どもの現状を、

義務教育を、見捨てるような発言をしたのです。


虐待を受けて苦しんでいる子どもには教育は必要ないと・・・

まだ、「何もしていないのに」です。


同じような背景を抱えている、児童自立支援施設は公立である事もあり、

県は児童自立支援施設児童の教育保障の為に、分校を作っています。

(施設の特徴上の問題は勿論ありますが)

100歩譲って、医療というのであれば難しさはあるかもしれません。

(だからと言って、教育を放棄することは違います)

しかし、学園に居る子ども達は、児童自立支援施設と同じ

児童福祉の子ども達です。


何が違うのか、私には理解できませんでした。


大人が虐げ、苦しんでいる子どもを支えるのは、

大人でしかないはずなのに、それを子どものせいにして、

さらに陥れるのかと・・・。


悔しくてたまりません。

しかし、これが虐待を受けた子ども達を受け入れる社会の現実です。



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