6月の最終日は、大阪へ。
関西松永会を聴きにまいりました。
長唄って
歌舞伎といっしょに発展しました、とか
舞踊の伴奏にも使われます、とか
そういう説明は、説明として認識していたのだけれども、
歌舞伎といっしょじゃない、踊りもない
演奏だけ、
長唄を長唄だけ演奏するのを聴くんだ
ということが、ようやく理解できました。
なんだか
まどろっこしいけど。
そうすっと、
長唄を一曲、
演奏だけ!!で、
ひとつの作品にしあげんといけんじゃろ
ということに気づきました。
お芝居で使うとき、舞踊の地方として弾くとき、
(そんなん、もちろんやったことないけど)
(いや、一度だけ、経験させていただきましたが)
とは違う曲の作り方があるんだろうなと、
そんなことを考えてました。
それが自在に操れるようになったら
どんなにか楽しいだろう。
そんなことを考えさせてくれた演奏会でした。
関西松永会を聴きにまいりました。
長唄って
歌舞伎といっしょに発展しました、とか
舞踊の伴奏にも使われます、とか
そういう説明は、説明として認識していたのだけれども、
歌舞伎といっしょじゃない、踊りもない
演奏だけ、
長唄を長唄だけ演奏するのを聴くんだ
ということが、ようやく理解できました。
なんだか
まどろっこしいけど。
そうすっと、
長唄を一曲、
演奏だけ!!で、
ひとつの作品にしあげんといけんじゃろ
ということに気づきました。
お芝居で使うとき、舞踊の地方として弾くとき、
(そんなん、もちろんやったことないけど)
(いや、一度だけ、経験させていただきましたが)
とは違う曲の作り方があるんだろうなと、
そんなことを考えてました。
それが自在に操れるようになったら
どんなにか楽しいだろう。
そんなことを考えさせてくれた演奏会でした。