青雲譜58「青雲荘の仲間達」M
「夢、現(うつつ)、銀河鉄道1」
舜司ばかりではない!誰においても当然のことだが、進路が決まるまでには、あれやこれや、紆余曲折があるもんだ。
そうそう、大学6年の頃になれば、卒業間近になったせいか、各医局からいろいろ勧誘のお声をいただいていた!
舜司も悩んでいたさ!
秋田を早く離れたいと言う気持ちと、幼い頃からの憧れであった研究者という道でさ!
研究者の道であるならば、他の大学では、相手にされないだろうな!ならば、秋田に残るべきではないのかってね?
一つ一つ掘り下げて、考えてみることにしたんだ。
『何をしたいのか?・・いや、いや、そうじゃなくて、まずは、モチベーションだよね!』
『生涯、揺がない信念っていうか、信条っていうのか?』
『そう、行動する時には、自分が納得できる大儀名分(たいぎめいぶん)が必要なんだよ!』
『研究?・・なら、基礎だろう!』
『でも、せっかく医師になれるんだったら!やっぱり、臨床やりたいな!』
『臨床で研究もかじる?・・これは、きついぞ!・・精神的に大きなバックボーンがなかったら!』
『そもそも、医療というものは、必然的に、夕陽を見続ける学問だよな!』
『たとえ、病気を治してやっても、その人に、老いと死という落日は、必ずやって来るんだ!』
『そして、そのたびに、医師は立ち会うんだから、暗いよ!暗すぎるよな!』
『そんな一生なんて、悲惨だな!モチベーション下がるよな!』
『明かりが、なさ過ぎだよ!』
『もっと、明かりを!』
『もっと、明かりを!』
『ふーん!・・・・・んっ?・・』
『おッ、あるじゃないか!』
『そう!これだよ!これこそが、希望の灯(あか)りだよ!』
『“生命の誕生!”』
『“そう!出産だよ!”』
『まさに、“朝日”じゃないか!』
『夕陽しか見えない世界で、唯一、朝日が見れる分野だよ!』
『医師として、これこそ、生きて行くうえでの燈明じゃないか!』
『産婦人科だ!』『産婦人科だ!』
『凄い発見だ!』『凄い発見だ!』
舜司は、狂喜した!部屋の中を跳ね回った!
ジーっとしていられない!
『誰かに言わなくちゃ!言わなくちゃ!』
『同じグループの大平君に言おう!凄いことだ!』
以前、一緒に住んでいた一軒家に車を飛ばした。
「大平さ!俺、凄い発見、したんよ!」
「医療ってさ、例えれば、夕方ばっかり見ている仕事だろう!」
「切なくてさ!やるせない、暗ーい分野だよな!」
「でも、俺たちは、それを望んでやってきたんだから仕方ないことだよね!」
「だけどね、夕陽ばっかりでなくて、朝日も見れる分野があるんだよ!」
「夕陽も、朝日も、共に見れる分野だよ!」
「凄いだろう!明るくなるだろう?人生、希望に膨らむだろう?一気にバラ色になるだろう?」
「ワクワクするよな!・・それってさ、産婦人科なんだよ!」
「産科が、朝日だよ!婦人科が、夕陽だよ!」
「あーあ、凄いよ!これが分かっただけでさ、俺は、もう満足だよ!」
「実際には、どうするかなんて決めてはいないけどさ!たださ、理屈の上では、スッキリしたのさ!スッキリさ!」
「これから、もう一度、ようく、考えてみようとは思うけどね!」
「ところで、お前はさ、やっぱり、小児科にすんの?」
「ウーン!・・今のところはね!」
「でも、まだ、よくわかんないな!」
「まだ、思案中だよ!」
「ふーん!そうか!」
「そういえば、産婦人科の樋口先生がさ、僕らに周産期の医療を一緒にやろう!って、やけに熱心だったよな!」
「九嶋学部長の四天王と一緒か!まあ、どうかな?・・・でも、まだ、まだ、先の話だね!まあ、じっくり考えてみるわ!」
翌日、舜司がSGTの控室で、カルテをめくっていると、大平が、ニコニコしながらやってきた。
「沖田さ!僕はね、もう、決めたよ!」
「今日、医局に行ってさ、正式に申し込んできたんだ!」
「んんー?・・何?・・医局?」
「医局だよ!僕はさ、卒業したら、秋田の産婦人科に行くことにしたよ!」
「樋口先生がさ、喜んでくれてさ!手を取って、一緒に頑張ろう!って言ってくれたんだぜ!」
「僕は、もう、スッキリしたよ!」
大平は、嬉々として、はしゃぐようにしゃべりまくっていた。
舜司は、「そう!」とは言ったものの、昨日までの高揚感が、一気に冷めていくのを感じた。
『興ざめだ!』
『何なんだ?これは?』
『昨日、一言も言ってなかったじゃないか?』
『全くの、興ざめだよ!』
舜司の頭の中では、秋田に残ることも、産婦人科医になろうという考えも、一気にフェードアウトしてしまった。
今までは、学生であったから、学問するだけで良かったのである。
しかし、これからは、一医師として、医局をはじめ社会の中で、どう立ち振る舞っていくべきなのか?
モクモクとした暗雲が立ち上がって来るのを感ぜずにはいられなかった!
大平を責めるつもりなど、毛頭なかった。
ただ、友として、線を引かれたような“悲しみ”というか、“理不尽さ”を感じたのだった。
でも、不思議なものである!
このことは、舜司が将来像を決めるにあたり、かえって、精神的にプラスの方に動いたのである。
『“早く秋田を離れよう!”』
『“産婦人科医なんてものは、最初から、自分には合っていない!”』
『“自分には、組織的な人間というよりは、一匹狼的な生き方のほうが、あってる!”』
これら3つの事が、はっきりと自覚できたからである。
舜司は、5年次と6年次、2回とも、夏休み期間に、郷里の白山総合病院で内科体験実習を積んでいた。
当時、白山総合病院には、山上先生という東北大出身の研修生が在籍していた。
上部、下部消化管の内視鏡検査や造影検査を、一手に引き受けてこなしていた。
先生にくっついて、一日中動き回っているだけで、楽しかった。
夜の飲み会にも、随伴!
常時、缶ビールなら1ダース飲む人であった。
東北大第3内科の内輪話も、あれこれ聞かされた。
『よーし、俺は、肉体労働者の息子だ!』
『ならば、汗をかかなくては!』
『心地よい疲労感を味わって、一日を終わらせなくては!』
『仕事をしてるってさ、満足感を感じなくちゃね!』
『東北大の第3内科で、山上先生と共に、汗をかきながら消化器内科という分野で研究してみようっと!』
おぼろげながら、目標が決まった。
目標が決まったならば、もう何の迷いもなかった!
猪突猛進!努力あるのみ!
舜司には、入局し、同じ土俵に上がったなら、誰にも負けないという自負があった。
東北大の第3内科に行くと決めたからには、これ以後は、卒業試験と国家試験対策に邁進するぞ!強く心に誓った。