青雲譜46「青雲荘の仲間達」B

「恐怖の館」2

玄関の前が、すぐ路地になっている。

舜司は、6畳間に寝ていることに、多少恐怖感があった。

それ故、玄関の上り口にある4畳半の茶の間だけを、生活の場としていた。

手作りの簡易ベッドと電気コタツのテーブルを置くだけでいっぱいのスペースである。

勉強も食事もそこで済ました。

玄関から2,3歩の路地は、静かな通りであったが、何とも寂しく、陰気臭い雰囲気を漂わせていた。

この路地は、駅に抜けれる通り路であったはずなのだが、たまーに聞こえるのは、飲み屋帰りの酔っぱらい連れのおしゃべり声と、たどたどしい千鳥足の靴の音だけだったのである。

そんな中、妄想癖のある舜司は、映画やテレビドラマに出てくるワンシーンを、密かに期待しながら楽しんでいたのである。

それは、“やくざもん”に追われる薄幸の女性が、深夜、電気のついている舜司の部屋に、逃げ込んでくるというシーンである。

“急ぎ引き込み、鍵をかけ、息をひそめている”と言った、“矢切の渡し”の文句そのもののような展開を期待していたのである。

 

SGTでは、日中、臨床実習及び自主学習がもっぱらであった。

与えられた症例について、細かくまとめ上げ、空いた時間は、その科目全体の自主勉学に専念するのである。

授業も満足になかったのであるから、舜司たちにとって、この自主学習こそが、医学部での唯一の勉強であった訳である。

でも、授業があっても、あまり出席していなかった舜司なので、大学の医学部執行部に、何も言える立場ではなかったのではあるが!

それ故、家には、ほとんど“寝”に帰っているだけの状態であった。

今夜もいつものように、プロ野球ニュースを見ては、ベッドにもぐり込むのであった。

こんな毎日であったのだが、極たまーに、真夜中に、コツコツ女性の足音が聞こえる時もあった。

そんな時は、いつ「ドンドンドン!」と、玄関が叩かれるのでは?と、息を詰まらせ、胸をドキドキさせていた。

そして、足音が次第に遠ざかっていくのを感じ取ると、ホッと安堵しながら、“がっかり”のため息をついていたのである。

そんな中、5年次のゴールデンウィーク最終日を迎えていた。

さあ、朝起きたら、引っ越しせねば!

恐怖の館からは、これで“おさらば”だ!

目指すは、芹沢さん達のいる青雲荘!

 

 

「ドンドンドン!」

「ドンドンドン!」

「開けて下さい!」

「開けて下さい!」

突然、夜の訪問者?

突然の悲痛な叫び声!

えッ、まだ暁だ!

夜も明けぬ暗闇だっちゅうの!

 ・

 ・

『?』

『??』

『なんなんだ?』

『ええっ?』

『ホント、俺の所なの?』

『ええっ?』

『うっそー!』

『ウワオー!』

『現実なの!』

『まじー?』

『ええっ?ついに来たのかよ?』

『ええっ、うそっ?これって、本当?』

飛び起きた!

でも、パジャマパンツにランニング!

パニくって、ビビリまくった!

『どうしよう?どうしよう?』

『血みどろの女だったらどうしよう?』

『本当に、ヤクザに追われてたらどうしよう?』

『怖いぜよ!』

玄関を開けるのがチョウー怖かった。

憧れていたくせに、今になって、か細い女の声に、身震いしているのだ!

恐怖感でいっぱいなのである!

「ああっ、ハイ!」

「あのー・・・だれ?」

 ・

 ・

 ・

「おはようございます!先輩!」

「今、実家から戻ってきたんです!」

「大阪から夜行列車で!」

「今なんですよ、着いたの!」

「“いの一番”に来たんですよ!」

「早く開けて下さいよ!」

 ・

 ・

 ・

『誰だろう?・・』

『俺、知らないし!・・』

『勘違いしてんじゃないのかな?・・』

 ・

 ・

 ・

「沖田先輩!早く開けて下さいよ!」

「お土産も持ってきたんだから!」

 ・

 ・

 ・

『あれー?俺の名前知ってる!・・』

『んーん?じゃあ、大丈夫か!』

 ・

 ・

「ハイ!ハイ!今開けるよ!」

半信半疑で、恐る恐る玄関を開けた。

「ガラガラ・・」

 ・

 ・

「おはようございます!」

「朝早くすみません!」

「びっくりさせちゃったですね!」

「ごめんなさい!」

「夜行で来たので、疲れちゃったなあ!」

「これから、部屋でゆっくり休まなきゃっと!」

「ハイ、これ、沖田さんに、お土産です!」

「四国じゃ有名なんですよ!じゃあ、おじゃましました!」

「青雲荘の先輩方にも、よろしく言ってください!」

舜司の手の中に、B5判くらいの小さな小包を手渡すと、白いホットパンツ姿の可愛い女の娘は、飛び跳ねるようにして走り去って行った。

舜司は、あっけにとられ、ボーっと可愛い女の娘の後ろ姿に見とれてしまっていた。