青雲譜12

「ツィゴイネルワイゼン」

夏休みの後、5名の休学届けが出で、クラスに動揺が走ったが、各自それぞれに、自問自答を繰り返し、その人なりに答えを導き出していた。徐々に落ち着きは戻って行った。

舜司は、一旦、郷里に戻り、裏の月山の野芝の上で熟考し答えを出したのであった。

「ようし、トップを目指そう!」

「そのためには、まず、下宿を変えることだ!」

なぜ下宿を変える必要があるのかは、よくわからない。

一種の病気なのかもしれない?

何せ、これから卒業するまでの間に、舜司は、合計12回も引っ越しをすることになるのであるから!

でも、この中には、三吉アパートで2回、青雲荘で2回、部屋を変えたことも含まれている。

再スタートするにあたり、気分を変える必要があったからだと思う!

舜司は、積極的に、いろんな同級生と触れ合っていった。

コーラスクラブには、弓削君と大室君がいた。

鉱山学部のはずれ、北門に近い2階建てのバラックに、コーラスクラブの部屋があった。

昼休み時間は、いつもその部屋にたむろして居た。弓削君と大室君しか、いつもいなかったので、舜司は部員でもないのに、大きな顔して使わせてもらっていた。

「惜別の歌」、「坊がつる讃歌」を独唱した。弓削君に「音痴なんで、ずれてる?」問うてみた。

「いいんじゃない!ちょっとずれてるけどね!」

「歌は、気持ちよく歌えればいいんだよ!」

「多少ずれても、気持ちがこもっていればいいと思うよ!」

「聞いてる人に、気持ちが伝わればいいんだよ!」

「そうかな?」

「ひど過ぎて、ほどこしようがないってことじゃないのかな?」

ちょっと疑問であったが、素直に受け入れることにした。

毎日、平気で大声で歌い続けた。このお陰で、今になっても、この2曲は、人前で、平気で歌うことが出来る。

 

大室君のところには、魚屋さんで、3人の1期生が下宿していた。舜司はこの反対側にあるところに下宿することにした。

大室君とこの3人に付き合ってみたかったのである。この4人は、超真面目人間であった。

訪ねて行く時は、いつも、机に向かっているのである。受験生か?こいつら?

舜司は、呆れるとともに、恐怖さえ感じた。

舜司も真面目なのである。なのに、「こいつら、俺 以上か?」

埼玉から来たという寺山さんは、いかにも出来そうな雰囲気があった。1期生の中で、トップで入学したと後で聞いた。

彼とのエピソードがある。

彼の机の傍らには、いつも、青い炎をあげるダルマ型のストーブがあった。

「このストーブなんなの?青い炎は駄目でしょう!ガスコンロじゃないんだから!赤い色でなくちゃ?」

「え?アラジン知らないの?ストーブはアラジンだろう!」

「皆、アラジン使ってるよ!秋田は寒いから、アラジンでなきゃね!火力が違うんだよ!」

「へえ!そうなんだ!」

「やっぱり、秋田は寒いんだ!俺、経験してないからな・・!」

「それにしても、飯食ったらすぐ勉強では、苦しくないの?息抜きしてんの?」

舜司は、1期生には、たんに、5月という早い時期に、先に受験した同級生のような感覚を持っていた。

だから、知らず知らずに、ため口を使っていたようで、

「俺はな!先輩なんだから、もっと、敬語を使え!」と、切れられた時はびっくりした。

1期生と2期生では、ちょっと雰囲気が違うようである。

でも、舜司だって、平日こそ、がむしゃらではなかったが、日曜、祭日は、毎回、大学の教室一つを貸し切りに使って勉強三昧にふけっていたのである。

何せ、トップを取ると決めたんだから!

下宿では、落ち着かなかった。枝里ちゃんからのダメージが、まだ、残っていたのだ。

医学生の3種の神器と言えば?

勉強机、ファンシーケース、卓上ステレオ!

大学の生協から、パイオニアの卓上ステレオを買ってきた。

レコードは、クラシックでも、交響曲やピアノ曲ではない。弦楽器、バイオリンの「ツイゴイネルワイゼン」だ。

弦楽器の方が、暗くて、心地よく響いて、心が休まった。頭には響かないのである。ついでだが、大川栄策の「目ン無い千鳥」も購入してきていた。

大学の教室に一人。落ち着いて、勉強ができた。何よりも、集中できるのである。黒板一面に、文字や絵や図形を書き込み、思う存分 声を張り上げて勉強した。

疲れたら、長椅子に寝転び、目を閉じて、しばしの休息。安穏!・・幸せな日々だった。

「きゃあ!どこー?」

「待てー?見つけたー!」

「じゃあ!あっちに行こう!」

バタ、バタ、バターン!

「ここに入ろう!」

「ああ!待ってー!」

 ・

「ハアー?何だ???」

舜司が、不思議に思い、長椅子から顔を上げると、目の前には、枝里ちゃんと竹田君の顔が!

「あっ!」しばらく、口を開けたまま、じーっと3人は動けず見つめあっていた。

『何だよ!矢口じゃなくて、今度は、竹田かよ!・・』

『参るな!その上、校舎内で、デートかよ?・・』

『何よ、この人!大学の教室で勉強?つまらない人!・・』

「あっちに、行こうよ!」

「そうね!」

バタ、バタ、二人は、廊下へと、駆け出して行った。

舜司は、急に、黒板一面に書き込んだ拙い落書きが恥ずかしくなった。

 

この頃になると、本田君や坂西君との付き合いで、舜司の交友範囲も広がって行った。

同級生の下宿巡りは楽しかった。

特に、三吉アパートの住人と知り合いになったことは、これからの舜司の人生において大きな財産となった。

秋原君や霜山君の部屋を尋ねることが多くなったが、自転車通学の身では、そう頻繁とはいかなかった。

結構、友人の輪を広げることもできたし、勉強にも踏ん張れた1年で、舜司には満足感があった。

本田君たちと、担任の水原先生の部屋を尋ねて、1年次の総括をちょっとだけ探ってみようという話が持ち上がった。

こんな時、不思議なことに、必ず芹沢さんが出て来るのである。

水原先生は、数学の講師で研究室を持っていた。

芹沢さんは、研究室のおばさんとも親しく接することが出来るし、水原先生とも旧知の間柄のように接していた。

ちらっとしか、結果は、見せてもらえなったが、舜司は、ドイツ語会話がBくらいで、あとは、専門課程も教養課程も、総てAのような感じであった。

「沖田はすごいな!」と、皆に冷やかされ、体を小突かれた。