青雲譜11

「マドンナ」と「白雪姫」

「マドンナ」

舜司の実家の隣には、幼馴染で小学校、中学校と同級生だったマドンナが住んでいた。

いつも、夏休みや冬休み、春休みには、マドンナの家を訪れては、二人で、こたつに入り、たわいもない話や将来の夢など、話し合っていた。

舜司は、頭が良くて、感性の似通った女の子が好きだった。

マドンナは、幼いころから、頭が良くて、感性豊かで、舜司の話し相手としては、ぴったりであった。

舜司が東北大の医学部に行くと言ってたので、仙台の東北福祉大を選んだのかは定かではないが、現在2年生になっていた。

今回も、いつも通り、舜司は、秋田の話を思いつくまま話をしていた。

しかし、マドンナは、いつもながら、自分の話は全くと言っていいほどにしてくれなかった。

あまり口数の多い女性ではなかったのだ。

枝里ちゃんについては、舜司の性急さと、思い上がりと、幼稚さを指摘された。

「単に名前が近いので、ペアになっていただけなら、生まれた家が隣同士というのと同じことじゃない?」

「舜司君は、目立たないようにして、たまに、会えばよかったんじゃないのかな?」

「私たちだって、学校では、全く無視しあってたじゃない!だから、そんなに、噂もされなかったし、たまに会うから、こうして、今も話ができてるんじゃない!」

舜司には、返す言葉がなかった。

「うーん!そうだね!」

「そうだったのかもしれないな?」

「僕が悪かったのかな!」とうなずくだけだった。

小夜子は、小さい頃から、みんなのマドンナだった。

だから、舜司は、あからさまな、親しげな行動はしてこなかった。

でも、年に3,4回は必ず訪問し、顔を合わせては、互いの心境を確認せずにはいられない間柄になっていた。

恋人というよりは、もはや、兄弟姉妹のような感覚になっていたかもしれない。

舜司たちにとっては、小学時代は、マドンナが、あこがれの絶対的対象だった。フォークダンスでは、手を触れることもできなかった。誰も近寄ることはできなかったのだ。

舜司たちのような田舎者にとっては、頭も良くて、顔も良くて、字もきれいで、まさに、絵にかいたような都会のお嬢さまだったのだ。

でも、中学になると、女性は、ホルモンバランスのせいで、若干グラマラスglamourousな体型になる。

舜司は、スリムslimな体型の女性に魅力を感じていた。

それ故、中学、高校、そして大学1年の今も、マドンナを異性としてあまり自覚してはいなかった。

だからこそ、枝里ちゃんのことも、平気で相談してしまっていたのである。

よき舜司の理解者であり、何でも舜司のことは受け入れてくれる観音様やマリア様みたいな存在にマドンナをとらえてしまっていたのだ。

年に数回会って、短時間でもマドンナの懐に抱かれ、心の安堵感が得られれば、舜司には、それだけで十分だったのである。

しかし、医学部2年次の夏、舜司の脳裏に激震が走った。

夏休みで帰省した舜司は、夕方、ぼんやり、おもむろに家の前を散歩していた。

突然、「ブブー!」クラクションを鳴らしながら1台の白いセダンが、舜司の横を通り抜けて行った。

そして、マドンナの家の前に止まったのである。

マドンナの家は、高台にある。若い男が、マドンナをエスコートして、坂道を楽しそうに上がって行くではないか! 

舜司は、目を疑い、目をこすった。

「ええー!」

「何だ!これは?」

「あれは、何者?」

仕事から帰ってきた父親に尋ねた。

マドンナは、大学で社会福祉士の資格を取るため、市役所や保健所などの公的機関で、バイトを兼ねた実習体験をやっているというのである。

「毎日、ひっきりなしに、白い車が来ているなー!」

「付き合ってるみたいだぞ!」

「もう、来年で卒業だろう!」

「女の子だし、もう、そういう年なんだな!」

父親は、世間話程度に受け答えをしていた。

「ああー、もう終わりか!」

「これで、もう、二度とマドンナには会うことができないな!」

舜司は、勝手に、裏切られてしまったような、盗まれてしまったような、もったいないような、悔しい気分でいっぱいになっていた。

舜司は、漫才で言えば、突っ込み役で、ボケ役ではない!熱弁家ではあるが、聞き上手ではない!

マドンナのことは、何一つ知らないのである。

好きな食べ物は?

好きな音楽は?

好きな本は?

好きなタレントは?

好きな映画は?

将来のことは?

どんな人になりたいのか?

あーあ、何にも知らない!

舜司は自分のことばかり!

今更、悔やんでも仕方ない!

舜司!『旅立ちの時』だ!

今回は、たまに、会うという時間があまりにも長すぎたのかな?・・・・

 

【惜別の歌】

きみがさやけき めのいろも

きみくれないの くちびるも

きみがみどりの くろかみも

またいつかみん このわかれ

 

 

 

「白雪姫」

 

  

舜司には、枝里ちゃんに代わりえる女性の存在が必要だったのかもしれない。

舜司は、19歳である。若いのである。

受験勉強から解放され、心は飢えていた。

郷里では、毎年、盂蘭盆会に盆踊りがった。

久しぶりに、中学時代の同級生に会うことができた。

中学の頃の話で盛り上がったが、舜司の初恋話も話題に上った。

舜司が中学3年。

彼女は1年生。

いつも、白いジャンパーに、白い毛糸の帽子、白いマフラーに、白い手袋をして、自転車に乗ってくるのである。

舜司には、白雪姫のように思えた。

後ろから追い抜かれて行く時は、胸が苦しくなって、目を閉じてしまった。

見ることさえも、おこがましいように思えたからである。

いつも、放課後、運動している彼女を体育館で見るのを楽しみにしていた。

その結果、舜司が彼女にボーっと見とれ過ぎて、一緒にいた友人と二人で、模擬テストの時間を忘れてしまい、終了10分前に入室するという痴態を演じてしまったことがある。

いつも、校内トップであった舜司が、ただの一回だけ順位を譲らねばならない原因をつくった唯一の女性なのである。

その彼女に会わせてくれるというのである。

同級生が、デートを画策してくれた。

しかし、2学年も年下で、一度も話をしたことがないのだ。

中学時代に共通する体験は何一つなかった。

高校時代には、列車の車両の反対側から、ちらっと顔をのぞき見した程度の付き合いである。

無理である。共有するものが何一つないのだ!

彼女の女子高の生活ぶりを聞いても、舜司が、何を話せるんだろう?

また、舜司が医学部の話をしても、彼女が何の会話ができるんだろう?

何もできるはずもなかった。

所詮、無理な話であったのだ。

文通をすることとし、このデートはお流れになった。

大学に戻ってから、2、3度手紙を書いたが、冬ごろには、何も書くことがなくなり、音信不通となってしまった。

彼女を責めることはできない!

当然の結果!として受け止めるしかなかった。

白雪姫が消えていく!

女性に奥手で、気持ちばかり先走っていた舜司が、悪いのである。

今になって思うと、なんて情けない自分なのか!と、その意気地なさに殴りたいほどの憤りを覚える心情である。

 

舜司は、夏休みの間に、「椿姫」を読破した。

オペラなどで、よく公演されていたので、一般教養として手にしたのである。

しかし、読んでいくにつれて、自分がロシアの貴族の息子に同化した。

都会の大学で勉強しているのに、高級娼婦に翻弄されてしまう。

翻弄されていると知っててはいても、娼婦との純真な恋心を断ち切れないでいる。

こんな恋愛観に涙せずにはいられなかった。

何度も、何度も、涙を落としてしまった結果、しわくしゃのページが増えて分厚い本になってしまっていた。

 

当時、流行っていたものは、漫画では、上村一夫の「同棲時代」。

歌では、「神田川」や「赤ちょうちん」、ガロの「学生街の喫茶店」。

当時の舜司は、すっかり「恋愛枯渇症候群」に陥っていたのかもしれない?