青雲譜1
「地の果て」
“なまはげ”と“かまくら”のインパクトが強いからか、秋田と言えば、豪雪地帯と大抵の人が思っている。
しかし、秋田市は?と言えば、10センチ程度しか雪は積もっていない。海岸線に近く、平野であるため風で吹き飛ばされてしまうからだ。
顔に雪粒が当たる。下から雪が降ってくるのだ。11月末から3月末までは、憂鬱な日々を送る。どんよりとした低い空!遠く沖合では雷が絶えず鳴り響く!夏でもないのに遠雷なんだ!雷が多いとハタハタは大漁だと聞く。ハタハタは、鰰、鱩、雷魚とも書く。なるほどな!と納得する。
青雲荘の2階の角の部屋から舜司は、ぼんやり三吉アパートを見つめていた。田圃を隔てて100メーター位の所にある。雪粒にまぶされ点描画のようにベージュの建物が揺れている。
「あ~あ!地の果てか!」舜司の口からため息が漏れた。舜司医学部5年次の冬。
昭和46年4月8日。
秋田大学医学部の入学式。
舜司は希望の大学には入れなかった。しかし、せめて医師にだけは成らなくては!と、失意の中、秋田に向かっていた。
兄の舜一が、「秋田も見てみたい!医学部の入学式も見てみたい!」と言って同伴してくれていた。前日に急行列車、特急列車を乗り継ぎ、朝10時から夕方5時までの計7時間かけて秋田に着いた。
「いや~、地の果てって言うけど、本当にこういう所を地の果てって言うんだろうな!」
「いろんな所を見てきたけど、こういう所は初めてだ!」
「地獄の果てかもしれない?」
「お前をここに残して行くのは、忍びない。」
「お前、本当に大丈夫か?心配になってきたな!」
2番ホームに降りて、赤錆びた高い陸橋を渡り、改札口を出て、駅前へと出た。
「結構、都会じゃないか!」
「白河から見れば、県庁所在地はみんな都会さ!」
「でも、上京って言って、上りの列車で、東京へ、東京へって、向かうのなら明るいけど、下りの列車で、北へ、北へでは、暗くなるよ!」
「文化の中心から離れて、田舎へ、田舎へって、どんどん落ちこぼれていくような気がするもんな!」
兄貴も田舎もんだな!
俺の気持ちを代弁するなよ!・・・・
上りは良くて、下りはダメだってか?・・・・
入学式は体育館。
殺風景で、中学校や高校と同じだった。
やっぱり地の果てかな!
名前が呼ばれるだけの入学式が終わると、
「じゃあ、俺は帰るぞ!」
「腐らず頑張れよ!」
「6年間なんてすぐだから!」
兄は、苦笑いしながら肩をたたいて踵を返した。
入学式参加のにこやか顔の父兄で、ごった返している中、その姿は人ごみの中にすぐ消えていった。
「医学部の学生は大学正門前に集合してください!」
マイクの声が響いた。
バスに乗って、入道崎の温泉に行くと言うのだ。
医学部だけの歓迎会を改めて行うと言うのだ。
「へ~、すごいな!温泉かよ!」