薬師寺からバスで1時間ちょっとかな
るんちゃんとお話ししてるとあっという間
法隆寺到着です
まず腹ごしらえ~
「柿の葉寿司 平宗」
三輪そうめんのにゅうめん
柿の葉寿司
吉野葛の葛餅
奈良てんこ盛り (≧∇≦)
法隆寺は修学旅行で来ました
しかし!
夢殿の方まで行かなかったのです
修学旅行の日程を考えれば止む無しですが
すぐ隣にあるのに
お預けを30年も食らいました ( ゚∀゚)
夢殿は絶対見る!
けっこう、いやかなり広い
いざ出発
南大門 創建当時は50メートル奥にあった
僧侶同士のケンカwが原因で焼失、室町時代に再建
と南大門の所に
「斑鳩の里観光ボランティアの会」の方が
いらっしゃいました
お名前を出す許可はもらっています
案内ガイド、無料なんですよ
後の予定もあったので
無理を言って短縮バージョン
これが無料で本当にいいの?
素晴らしいガイドでした
飲み物くらいお渡しすればよかったと後悔
まず五重塔
ガイドの雑賀さんからクイズ
「五重塔は何階でしょう?」
「たしか・・・3階!」
ぶっぶ~~正解は1階
薬師寺東塔は六重に見えて3階
法隆寺は五重に見えて1階
くぅう~混同してた~
雑賀さんがじっくり教えてくださった
五重塔の内部の素晴らしさ!
塑像(そぞうって読みます、粘土でできた像)群
私はお釈迦様入滅の場面が一番印象的でした
座っているけど阿修羅さまもいます
興福寺の彼(彼女)より手も少ないような・・・
中はしっかり見ない人が多いかも
行かれる方はぜひぜひ見てほしいです
奈良時代(文献では711年)に作られたもの、そのまま残っています
塑像も含め80件、国宝です
金堂は1949年(昭和24年)に
模写作業中の画家の過失により焼損しました
(真相は不明、諸説あり)
本物を見たことがある、ご存命の方がいらっしゃるでしょうね
画家なら自分のしたことの重さが
よくわかるはずだから辛いだろうなぁ
壁画の一部、阿弥陀浄土図のむかって右側の観音様
切手になったから一番有名かも
美人さんだし
金堂にある
聖徳太子のために作られた釈迦三尊像と
むかって右、用明天皇(聖徳太子のお父さん)のための薬師如来像は
飛鳥時代に作られたものですが
釈迦三尊像他 拝観時いただけるパンフレットより
むかって左、太子のお母さんである
穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后のための
阿弥陀如来像だけはすぐ盗まれてしまい
可哀そうだということで鎌倉時代に作られたものだそうです
随分長い期間、失われた状態だったのね~
太子と母の関係を考えると
なんかちょっと邪推してしまう・・・
大宝蔵院で感動したのは
やっぱり玉虫厨子と百済観音像
玉虫の羽はほとんど失われていますが
わずかに残っているところを
ピンポイントで雑賀さんが教えてくれた!
緑色とも青ともつかぬ天然の美しい発光
LEDとか電気とかないからね~
見た人の心をどれほどうったことか
百済観音像 拝観時いただけるパンフレットより
百済観音像は思ってたのよりずっと大きかった!
ルーブル美術館でサマトラケのニケが
思っていたのよりずっと大きくて
ミロのビーナスに集中できなかったのを思い出した!
そして実物は曲線があまりにも美しかった
本物を見ると好きにならずにはいられません
夢殿
秘仏の救世(くぜ)観音さまは
時々公開されて拝観が許されます
残念ながら今回は見られませんでした
救世観音さまは
幾重もの布に包まれて何百年も封印されていました
救世観音像 ウィキペディアより
日本の芸術を理解してくれていた
米国の美術家&哲学者フェノロサが
明治政府の後押しもあったとはいえ
懸命に僧侶を説き伏せ
観音様を解き放ってくれました
拝観できるのは
フェノロサのおかげです
サンキューベリーマッチョ
夢殿の横
中宮寺は別のお寺になります
弥勒菩薩半跏思惟像 ウィキペディアより
弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)
最初は金箔だったらしいです
今は薬師寺の薬師如来さまみたいな
深い深い黒
横にさらっと天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)が~
残念ながらレプリカ
本物は痛みが激しくて博物館で保管されています
天寿国繍帳 ウィキペディアより
刺繍大好きだから
レプリカでも嬉しかったよ~
亡くなった夫のための刺繍よ
しかもめっちゃカワ(・∀・)イイ!!
雑賀さんは
「斑鳩の里観光ボランティアの会」の方です
http://www4.kcn.ne.jp/~ikaru-i/cgi-bin/guide/guide.cgi
私たちはたまたまお時間のあった
雑賀さんにガイドしてもらえましたが
本当は予約制のようです
とても素晴らしいガイドですので
これから行かれる方はぜひぜひ (o^-')b
お世話になったのに
栞までいただいちゃった (^∇^)
ナラ新生に続く~
お昼も食べた平宗で、柿氷~












