愛国教育を強化し、中国共産党の正統性浸透 香港
公民科で中国本土への修学旅行義務化
香港脱出する移民増で教職員減、生徒減、混乱も
7月1日に中国返還25周年を迎えた香港では、記念式典で習近平中国国家主席が「中央による全面的な統治権を堅持し、愛国者による香港統治を実現しなければならない」と述べ、中国共産党の指導による優位性を前提に一国二制度を長期にわたって変えない方針が明確化した。とくに愛国教育は「公民科」教育で中国本土への修学旅行が積極的に推進され、中国共産党の正統性を浸透させる実地見学を重視している。(深川耕治)
▲6月30日、習近平国家主席と記念撮影する香港政府高官や各界代表者たち(香港政府新聞處)
2020年の香港国家安全維持法(国安法)の施行後、国の安全を大義名分化し、選挙から民主派が排除され、民主派メディアも廃刊や閉鎖に追い込まれた。さらには学校教育では愛国教育が本格的に導入され、社会や政治の仕組みが根底から変更されている。
▲2018年5月、香港教育専業人員協会(教協)の創立45周年の祝賀大会で小学生たちの説明を受ける林鄭月娥行政長官。わずか3年余で香港政府と同協会の関係断絶を公表。民主派と密接だった教協は中国政府の強い圧力で解散となった
民主派の教職員団体「香港教育専業人員協会(教協)」が昨年8月、解散を宣言。教協は1973年に創設され、約9万5000人の会員が加入する香港最大の教職員労働組合だった。長年、香港の民主化運動に積極的な役割を果たし、2019年の大規模デモでは中高生を含む学生たちは教協に賛同。中央政府の逆鱗に触れ、解散を余儀なくされた。
▲6月30日、香港の発展状況を説明する林鄭月娥香港行政長官と習近平中国国家主席(右端)=香港政府新聞處
香港教育局は昨年2月、国安法に基づく「国家安全 学校の具体的措置」との通達文を各学校に送り、教師や臨時教師に対して校内活動時、個人の政治的な立場を発表したり、宣伝したりすることはできないとする誓約を確約させる内容となっている。違反すれば刑事訴追され、学校に通告すると明示される極めて厳しい職務規程だ。
▲通学する香港の小学生たち
9月に新学期がスタートする香港の幼稚園、小中学校(日本での高校も含む)では生徒の欠員が目立ち、国安法の施行による反動で空前の香港脱出による移民ブーム(海外移住や海外留学)が学校運営を悩ませている。
教育局が発表した学生数最新統計によると、香港の小中高校での生徒数は20年10月~21年9月で年間約2万5000人が減少(3.6%減)。香港は少子高齢化が進み、香港統計處の予測統計によると、2022年から2029年の6歳(小学1年生)と12歳(中学1年生)の人口動向は減少傾向。国安法の施行で香港から海外移民をする動きが加速すれば、小中学校の現場での教師や運営に、しわ寄せが来ることになる。
▲香港の公立大学である香港公開大学は香港都会大学に名称変更した
▲香港都会大学の林群馨総長
公立の大学でも同じ現象が起きている。香港都会大学(旧香港公開大学)では、20年の国安法の施行以来、教職員の流出問題が深刻化。全教職員の2割が離職し、香港を脱出して移民する「移民潮」で打撃を受けた。補充が必要な教職員は教授6人を含む92人に達し、「ようやく補充を埋め合わせた」(林群馨総長)と話している。
▲香港都会大学で記念講演する香港の林鄭月娥行政長官(当時)
香港で義務教育となる中学、高校では、公民科、社会科の授業の一環として中国本土との交流が必須となり、9月の新学期で中学5年生(高校2年生)が公民科として中国本土の交流を開始。新型コロナウイルスの終息次第で早ければ2023年9月の新年度から毎年5万人の香港学生が中国各地へ修学旅行に行くことになる。
具体的には、教育局が提供する1泊2日から4泊5日の修学旅行スケジュール(21種類のルート)があり、中国共産党の革命、抗日による党史を学ぶことになる。行き先は香港に隣接する広東省(広州、中山、珠海、深圳、肇慶など)、マカオ、福建省、貴州省など。貴州省では毛沢東の指導権が確立された遵義会議跡を巡って中国共産党の正統性を学び、深圳の大鵬所城ではアヘン戦争が立ち上がる歴史を学ぶ。広東省虎門にある広東東江縦隊記念館では抗日戦争の歴史から反日史観、愛国精神を学ぶ。
▲香港の親中系の創知中学(旺角労工子弟中学)では生徒の7割が中国本土の視察教育を受けている
とくに中国本土への修学旅行に熱心なのは、親中派系の学校。親中派の人材を輩出してきた創知中学(日本の中高一貫校に相当)では全校生徒の約7割が現状でも中国本土との交流を活発に行っており、5泊6日の中国本土への修学旅行を継続している。2018年の修学旅行は貴州省貴陽に赴き、現地の学校と交流。革命記念館、愛国主義教育模範基地などを巡りながら毛沢東時代から一党独裁となった中国共産党の正統性を学習している。
香港国家安全維持法をめぐる主な動き
【2019年】
6月9日 「逃亡犯条例」改正案をめぐり大規模な反政府デモ
8月30日 デモ参加者を扇動したなどの容疑で黄之鋒氏や周庭さんを逮捕(同日中に釈放)
11月24日 区議会選挙が行われ、民主派が圧勝。議席は8割超
【2020年】
6月30日 香港国家安全維持法施行
7月1日 デモの際に香港独立の旗などを所持した10人を国安法違反容疑で逮捕。同法施行後、初の逮捕
7月21日 抗議活動でデモのスローガン「光復香港 時代革命」を主張した区議会議員を国安法違反容疑で逮捕
7月29日 香港の独立を訴えた政治団体「学生動源」香港本部の元代表ら4人を国安法違反容疑で逮捕
8月1日 米国籍の民主活動家ら香港出身で外国在住の6人を国安法違反容疑で指名手配したことが明らかに
8月10日 民主派重鎮でリンゴ日報創業者の黎智英氏、周庭さんを国安法違反容疑で逮捕(12日までに釈放)
10月27日 米総領事館に亡命を求めようとした活動家を国安法違反容疑で逮捕
11月11日 中国全国人民代表大会の決定を受け、香港政府が民主派議員4人の資格?奪(はくだつ)。ほかの民主派議員15人も抗議の一斉辞職を表明
12月2日 無許可のデモを組織し参加者を扇動した罪で、周庭さん、黄之鋒氏らに実刑判決
12月11日 黎氏を国安法違反の罪で起訴
【2021年】
1月6日 元議員ら民主派53人を国安法違反の疑いで逮捕
2月28日 立法会選挙に向けた予備選に参加した民主派元議員ら47人を国安法違反の罪で起訴
3月30日 中国の全国人民代表大会常務委員会が民主派を排除する選挙制度改変案を可決。「愛国者」と認められなければ立候補できない仕組みに
4月16日 未許可デモの組織などの公安条例違反罪で黎氏に実刑判決
5月27日 香港の立法会が選挙制度改変の条例案を可決
6月4日 コーズウェイベイで例年行われてきた天安門事件の犠牲者を追悼するキャンドル集会がコロナ対策を理由に2年連続の中止
6月9日 大規模デモから2年が過ぎ、海外の香港人らは世界22の国・地域で抗議活動を展開
6月11日 国安法に基づき、映画に対する新たな検閲基準の導入を発表
6月12日 7ヶ月間服役していた民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏が出所
9月19日 行政長官の選出などを担う選挙委員会の選挙
12月19日 香港立法会選挙
【2022年】
3月27日 香港行政長官選挙で警察出身の李家超氏が当選、新行政長官に
6月30日 習近平中国国家主席夫婦が香港入り
7月1日 中国返還25周年の記念行事で習近平中国国家主席が講演
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