予備選で蔡総統続投阻止へ 台湾与党基盤の福音派 | 中国情報ジャーナル ディープな香港・中国・台湾

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予備選で蔡総統続投阻止へ 台湾
与党支える福音派、同性婚成立で反発
新政党準備も視野、民進党に見切り


台湾行政院(内閣)が提出した同性婚を法制化する関連法が5月17日の立法院(国会)で可決、成立したことを受け、同性婚に反対していた与党・民進党の支持基盤の一つ、キリスト教長老派(福音派)が猛反発し、総統候補を決める党内予備選で蔡英文総統に投じず、続投阻止を鮮明にしている。独立派が二分し、新政党準備の動きもあり、同性婚合法化は蔡政権の足元を揺るがしている。(香港・深川耕治)

 

健全な家庭重視、超党派の動き
独立派の思惑、家庭観で隔たり

 

 

台湾の同性婚合法化はアジアで初。男女間の結婚について定めた民法の規定に準じ、同性カップルにも異性カップルと同等の権利を保障している。タイでも同性婚合法化が時間の問題となっており、アジアの「同志楽園(中国語表現=同性愛パラダイス)」は「双T(台湾とタイ)」と呼ばれるほどだ。


同性婚法では、18歳以上の同性カップルは配偶者として結婚登録ができるようになり、片方が死亡した場合の財産相続、税金の控除が認めら、扶養義務も定めている。ただ、同性婚反対派に配慮し、異性カップルに認められている血縁関係のない子供との養子縁組を認めないなど、一機に権利拡大を狙うLGBTのグループには強い不満を残した決着だった。

 


同性婚法が施行された5月24日、台湾各地ではLGBT(性的少数者)や支持者らが狂喜乱舞。台湾全土の同性カップル500組以上が婚姻届を提出した。翌25日には台北市内の総統府前広場で大規模な同性婚祝賀パーティーが行われ、同性婚20組が婚礼式典を挙げ、1600人が参席。


台湾北東部の宜蘭県では、同日、LGBTのシンボルであるレインボー旗を掲げて600人がさらなるLGBT差別撤廃と権利拡大を求めたデモ行進を展開した。今回の合法化だけでは不十分だと訴え、さらなる権利拡充を求めている。

 


同性婚合法化は既婚者の不倫への刑事罰にも大きな波紋を投げかけている。台湾では男女間の不倫は家庭妨害罪の名義で警察など公権力が不倫現場まで踏み込むなどして姦通罪(刑法239条)として取り締まってきた。

 


配偶者のいる者が配偶者以外の者と性的行為に及んだ場合、姦通罪として当事者双方とも1年以下の有期懲役が科される。台湾の一部の急進的な知識人の間では長年、姦通罪の適用除外(不倫の免罪化)を求める動きが続いており、既婚者の不倫を摘発した場合、「姦夫」「淫婦」として刑罰化されることへの反発は根強く残る。台湾人の性に対する大らかさは姦通罪への反発から同性婚容認、ジェンダーフリー思想の浸透、家庭崩壊を誘発しやすい風土だ。

 


しかし、異性間の不倫が刑罰化されているのに比べ、同性婚が合法化されたことで同性間の不倫に関する厳罰化は真空状態のまま法整備されておらず、同性愛者のフリーセックスが黙認される悪夢のような状態に陥っている。香港週刊誌「亜洲週刊」は台湾の同性婚合法化による未熟な法体系の致命的な抜け穴があるとして「台湾の婚姻、色恋沙汰に対する最新法律への挑戦状だ」と指摘している。


蔡政権が同性婚を合法化させた代価は、党内の同性婚反対派の支持を失い、総統候補になれないばかりか、総統選で民進党への支持が伸びず、国民党に奪われる最悪のシナリオが待っている。

 


台湾長老教会は1973年、米国で台湾キリスト教徒自決運動が開始した時から民進党支持者たちの間で発足し、台湾独立を支持し、民進党の堅い支持基盤の一つ。台湾全土で20万人以上の信徒、支持者を集めており、一夫一婦での結婚を求めるキリスト教の教えに反逆する同性婚には一貫して反対していた。


民進党内には台湾独立派でありながら「民主化=性差別撤廃=同性婚推進」を支持する勢力と「民主化=台湾の宗教的伝統維持=同性婚反対」を求める勢力があり、前者の勢力が強い。一夫一婦による伝統的な家庭観維持派よりも、性差別撤廃、同性婚推進派が幅を効かせている。

 


同性婚合法化で長老教会は統独(台湾統一か独立か)問題よりも同性婚賛否がより重要と判断し、党派を超えて同性婚反対の総統候補を支持する姿勢を見せている。同性婚に消極的な国民党でも許容するスタンスに変わってきており、伝統的な民進党支持基盤がもろくも崩れ去る致命傷になりそうだ。

 


昨年11月、台湾の統一地方選で住民投票も行われ、同性婚に反対する票は約765万票、賛成票は約290万票で、住民全体の約7割が同性婚反対であることへの民意が無視されたことは大きい。とくに民進党を長年支持してきた台湾中南部が基盤のキリスト教長老派は蔡政権に失望。「来年の総統選で蔡英文総統を支持しない」(台南中央教会の機嘉勝牧師)、「民進党予備選で蔡英文総統に投票しない運動を展開する」(岡山教会の蔡維恩牧師)と“蔡英文下ろし”へ転じる意志を明確にした。党内で支持率が高い頼清徳前行政院長支持が加速し、蔡氏は窮地に陥ることになる。

 

ただ、党内予備選では蔡氏有利の条件が整いつつあり、頼氏が蔡氏より支持率が高くても頼氏の中途辞退もあり得る流れとなりつつある。

 


 

 

 

同性婚に反対してきた「下一代幸福連盟」の曽献瑩理事長は「(同性婚合法化は)民主主義にとって最悪の時だ。台湾の民主はすでに死んだ」と批評した上で「住民投票で同性婚反対票を投じた民意を反映させる総統候補を選ぶため、政治団体『安定力量』を近日中に政党として結党し、同性婚について、さらに住民投票を呼びかける」と表明している。


前回の総統選と立法委員選でミニ政党「時代力量」が躍進し、民進党と共闘して同性婚合法化にも積極支持だったが、今度は超党派で台湾の伝統的な家庭観を守る立場でミニ政党「安定力量」を誕生させ、台湾の混乱した政局に風穴を開けたい憂国の義憤がにじんでいる。

 


同性婚合法化には基本的に民進党は賛成、国民党は反対のスタンスだが、立法委員(国会議員=113人)の採決では蒋介石の曾孫の蒋万安氏ら国民党の立法委員7人が同性婚に賛成、民進党の柯建銘立法委員が反対票を投じるなど、一部で党内方針に反する議員も出た。

 

何懐碩元台湾師範大学教授は「古来、同性愛は奨励されず、表舞台に出ることを忌み嫌ってきた。同性婚容認が台湾の最大多数ではない。欧米化、グローバル化の潮流で中国文化の伝統的価値観が削除され、破壊されている」と歎く。


一方、黄栄村元教育部長(文科大臣に相当)は「同性婚法が施行され、社会全体の同性婚への差別が大幅に減った。台湾の伝統的家庭観、宗教的な主張とは違うので短期的な和解は困難だが、総統選などで賛否がさらに論議されることになる」と分析している。


民進党の総統候補を選ぶ予備選は大幅に延期され、6月10日~14日の世論調査(携帯電話を含む)、テレビ政権放送で評定することが決定した。国民党の韓国瑜高雄市長や柯文哲台北市長との比較の形で行われ、6月15日までには総統候補が決まる見通しだ。

 

【2020年台湾総統選の立候補動向】

《民進党(与党)》
蔡英文(総統、前党主席) 頼清徳(前行政院長)
※頼清徳氏の出馬動向次第
3月に第一次の立候補予定者を決め、4月に候補者確定


《国民党(最大野党)》
朱立倫(前新北市長) 呉敦義(党主席) 王金平(元立法院長)
※カギを握るのは韓国瑜(高雄市長)
6月に第一次候補を選抜し、7月に候補者確定


《無党派》
柯文哲(台北市長)
6月に出馬是非を説明

 

2020年1月、台湾総統選挙の投開票


 

【台湾の同性婚に関する動き】

1986年 男性の同性愛者・祁家威さんが男性との正式な結婚請求を求め、同性婚の法制化を請願したが、台湾政府は拒絶


2000年 祁家威さんが同性婚を認める憲法解釈を求めたが、司法当局は最終的に不受理


2006年 民進党の蕭美琴立法委員(国会議員)が「同性婚姻法」草案を提出したが通過せず

2011年 男性の同性愛者・陳敬学さんが高治瑋さんとの同性婚を台北高等行政法院に行政訴訟したが、2013年に敗訴


2013年 台湾伴侶権益推動連盟が同性婚を含む多元成家立法草案を準備し、婚姻平権法が議会を通過


2014年 台湾立法院(国会)の委員会で婚姻平権法案が初めて審議される。東アジア諸国で初

2016年10月 同性愛者の台湾大学法学部講師・畢安生さんが飛び降り自殺、関心集める


2016年11月 民進党の尤美女立法委員らが婚姻平権の民法修正案を提出


2016年12月26日 台湾立法院で4つの婚姻平権法案を審査。尤美女立法委員が提出した民法修正案が台湾史上、初めて同性婚法案として通過


2017年3月24日 同性婚に関する憲法解釈が法廷で討論され、生放送される


2017年5月24日 司法院大法官会議(憲法裁判所に相当)は「同性婚を認めない現行民法は違憲」との憲法解釈を発表。2年以内での結論を出すことを政府各機関に要求


2018年11月25日 住民投票で同性婚の合法化について結婚を「男女間」と定める民法の規定への賛否が問われ、賛成が有権者数の4割弱に達し、成立。民法改正による同性婚容認はできなくなる

2018年11月29日 台湾行政院(内閣)は住民投票結果を尊重し、同性婚の権益保障を特別法による最終解決へ


2019年2月21日 台湾行政院(内閣)で同性婚を容認する「司法院釋字第748号解釋施行法」草案を閣議決定。

 

5月17日、アジア初の同性婚を認める法案が通過し、同性婚が合法化。5月24日から施行。

 

 

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同性婚を認める米国最高裁判決をきっかけに中華圏では同性婚の合法化をめぐり、賛否が先鋭化しつつある。とくに2016年5月に発足した台湾の蔡英文政権は総統選で蔡氏が同性婚容認を掲げたため、与党・民進党の立法委員(国会議員)らが性的少数者(LGBT)による同性婚推進派の意向を反映する形で合法化に向けた法案準備を本格化させている。香港でも同性愛差別撤廃条例案の制定の動きが強まり、中国でも性の乱れを抑止できず、欧米型の同性婚推進や性交避妊教育の推進が市民権を得始めている。(香港・深川耕治)

 

同性婚を認めている国は22カ国、同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は29カ国・地域。アジアでは台湾以外にタイ、ベトナムも国会での法案審議が準備されつつある。

同性婚が認められる国・地域は以下の通り。

オランダ、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、南アフリカ、アルゼンチン、カナダ、ニュージーランド、ウルグアイ、イギリス、ブラジル、米国、メキシコ、ルクセンブルク、アイルランド、グリーンランド(デンマーク自治領)、エストニア、コロンビア、フィンランド(2017年より)、台湾

 

登録パートナーシップなどを持つ国・地域は以下の通り。


フィンランド、グリーンランド、ドイツ、ルクセンブルク、イタリア、サンマリノ、アンドラ、スロベニア、スイス、リヒテンシュタイン、チェコ、アイルランド、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、オーストラリア、イスラエル、ハンガリー、オーストリア、クロアチア、ギリシャ、マン諸島(英王室属領)、ジャージー諸島(英王室属領)、ジブラルタル(英国領)、マルタ、エストニア


※デンマーク、スウェーデン、ノルウェーにおいては登録パートナーシップ制度にあるカップルが同制度にとどまることは可能だが、新規にパートナーシップを登録することは不可。


アジアではこれまで同性婚が認められた国ないが、タイ、台湾あるいはベトナムにおいて法案が可決されればアジア初となる。

写真は香港での同性愛差別撤廃条例を通過させるための民主派デモ。



中国共産党一党独裁に反対し、民主化を求めるデモのはずが、2014年7月1日の民主化要求デモでは、先頭に同性愛差別撤廃を求める巨大なレインボー旗が広がり、民主化デモを完全に乗っ取る形になったため、同デモに毎年参加していた、同性愛に反対するカトリック香港教区の陳日君枢機卿らは2016年のデモに参加することを取りやめた。

 

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