故任天堂の社長岩田聡氏についての本が出版されたと知人から知らされ、早速、「岩田さん」(ほぼ日刊イトイ新聞編)を購入しました。

 

岩田社長は、私と同じ、東京工業大学情報工学科出身です。

10年くらい前に東京工業大学で学生向けのシンポジウムがありその時に岩田社長とともに講演をさせてもらいました。

この本を読んでいると岩田社長のご講演の内容を思い出します。
HAL研究所の社長に就任したこと、

任天堂の社長となり全く新しいゲームを創出したこと、

完全に生活の一部に完全に溶け込んだゲーム機をつくること、

などを話されていました。

 

講演後のレセプションで二人で話していると、主催者の教授から

「学生にとって興味深い講演をありがとうございました。」と言っていただけました。

私の講演は大したことないので、岩田さんの講演に対する賛辞だったと思います。

 

そして今でも忘れないのは、その教授は続けて

「・・ただ、学校にほとんど行かなかったとの話をお二人ともしていたのはいただけなかった。」

と仰ったのでした。

岩田さんはプログラミングというか仕事で、私はボート部の練習で、ほとんど大学に行かなかったけれどなんとかなった、という話を講演でしていたのでした。

 

本を読み返し、すごく印象深かったところをご紹介します。

企業経営に関する岩田さんの考えです。

「自分たちは、なにが得意なのか。
自分たちは、なにが苦手なのか。
それをちゃんとわかって、
自分たちの得意なことが活きるように、
苦手なことが表面化しないような方向へ

組織を導くのが経営だと思います」

私も小さな政治団体の経営者でもあります。やはり得意不得意があります。

得意なところが活き、苦手なところを表面化しない。

なかなか難しいですが、意識していきます。

 

また、「ボトルネックを見つける」との話は秀逸です。

「全体をどうにかしたかったら、ボトルネックがどこなのかを見つけてそこを直しにいかないといけません。ボトルネックより太いところをいくら直したとしても、全体はちっとも変わらないんです。」

問題を解決するときに、全体を見て、どこが目詰まりを起こしているかを見るかは大事だとわかっていても、なかなかできません。やはり、パッチワーク的な対応になってしまいます。

動く前に十分に考える。当たり前ですが、できるようになります。

 

天才の定義
人がいやがるかもしれないことや、
人が疲れて続けられないようなことを、
延々と続けられる人、
それが「天才」だとわたしは思うんです。

これは私も同感です。天才は「1%の才能と99%の努力」と言いますが、普通はこの99%の努力ができません。

私の経験だと

「延々と続けることは誰でもできる。それが、本心からやりたいこと、やるべきことであれば。」

と思います。

私も限りなく仕事をしていると思われていますが、それは政治という世の中を変えられる仕事が楽しいからですし、また、私にしかできない役割があると感じているからです。

でも、天才といわれる域までには達していません。

これから達します。

 

日常に溶け込むゲーム機

わたしたちが目指すものは、もっと日常的に触れてもらえるテレビゲーム機です。ゲームで毎日遊ぶ、というよりも、日常にゲーム機が溶け込んでいるような姿が理想です。

科学的な根拠もなくゲームを悪者にして、規制するような動きがあります。私もゲーム機はもっと日常に溶け込んでいくと思います。今でも岩田さんがおられたら「もっと日常生活で使うゲーム機」が生まれてきたのではないかと考えたりました。

きっと、岩田さんが残された仲間が作ってくれると確信しています。