10月28日 日曜日
 
2017年末に全ての政党の力を合わせて作った「建設職人基本法」の推進を議論する大会に参加しました。
日本の建設現場では1日に一人くらいの割合で事故で命を失われています。建設現場を安全にして、死傷者をゼロにするために法律を作りました。
 
今日はこれからの課題を多くの議員で議論しました。これから、具体的な政策として実現して、明確な成果を出していきます。
引き続き党派を超えて建設現場の安全のため、そして建設で働く方々の生産性向上による収入増のために頑張っていきます。
10月28日 日曜日
 
お米の収穫現場に地元熊本で稲の刈り取りの現場に伺いました。
今年は暑すぎてお米の質はやや落ちているのではないかと聞きました。
やはり若い人たちが働きたくなる農業を応援して欲しいと言われていました。
収入の支援のみならず新しい取り組みへの応援などで食料の安全や安心を国の責任で高めて行きます。

10月30日

今年は明治維新150周年。

明治維新と聞くと思うことはただひとつ「多くの志士の屍の上に維新は成し遂げられた」ということだ。

今でも思い出すのは約20年前、当時の通産省で働いていた時のことだ。

当時、私は課長補佐をしており、自分が考える政策を政治家にインプットしようと若手政治家を訪ねていた。そのような中で、若手政治家の会合に呼ばれて参加させてもらった。

飲んでいる中で話が盛り上がり「明治維新の傑物の中で誰が好きか!」という話題になり、それぞれの政治家が「西郷隆盛」、「坂本龍馬」、「高杉晋作」などの名前が出した。特に西郷隆盛の人気が高かったと記憶している。

ただ、私はその会話を聴きながら「明治の偉勲は偶然生き残っただけであり、国を変えようと多くの志士が死んでいった。まずは、生き残った偉勲を目指すのではなく、死ぬ気で国を変えるという誓いを立てるべきではないか」と一介の公務員ながら思いを馳せたあの時から今、私がその政治家の立場に立っている。

私は己の名誉のためではなく必ず国のため、そして世界のために命を懸けられるようにならなければならないと肝に銘じている。

正直なところ、野党からやっと与党と統一会派を組めたレベルである。

しかしながら、多くのそして大きな批判や罵倒の中で、国をもっとよりよくしたいという一念だけでここまでやってきた自負心がある。やはり与党でなければ自分の理想や政策は実現できない。

これからは与党の一員として、命を懸けて日本を変えていく。

『明治の無名の志士のように屍になろうとも』

10月11日、仙谷由人元官房長官が亡くなられました。
72歳と言う若さでした。
私と仙谷先生との出会いは、忘れもしない2003年の11月末でした。
赤坂で会おうと言われ、待ち合わせ場所の居酒屋に伺うと仙谷先生がおられ、
その場で「2004年の参議院選挙に民主党から出てみないか」とお誘いをいただきました。
これが政治の世界に踏み出す大きなきっかけでした。
当選させていただいてからも仙谷先生が主催する様々な勉強会や研究会に呼んでいただきました。
特に民主党が政権を取る前の野党時代にも、様々な法律案を作るチームや政策の研究会に入れていただきました
 
正直なところ、私は仙谷先生の意に沿った政治活動ができていなかったと思います
特に政権をいただいてからは自分が実現したい政策に夢中になり、政府で重責を担っている仙谷先生に十分にはお役に立てなかったと深く反省をしています。
 
仙谷先生は「政策をきちんと勉強しろ」とよく仰っていました。
そして民主党の若手議員を集め、勉強会などを開き、法案作成なども若手によく仕事を回されていました。
政権交代の基盤は仙谷先生が作られた部分は非常に大きかったと思っています。
 
 
仙谷由人先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

深水温度差発電を行う実証発電機を見てきました。沖縄県が実証試験を行っています。
自然エネルギー推進議員連盟の事務局長としても新しい発電を進めていきます。
 
 
 
発電実証機の次に伺ったのが、超深層水の工場です。
一般見学時間に間に合わなかったので、外から視察させて頂きました。
海底600mから組み上げ、浄化した後に、車海老の養殖やもずくの加工などに使います。
 
 
久米島の産業と台風の被害を視察させてもらいました。米島酒蔵では工場を見学させてもらいました。泡盛はタイ米から作られます。気温が高いので黒子麹を使います。沖縄県内に50数カ所の泡盛の製造社あるそうです。
 
発酵タンクです。

この甕で泡盛を寝かせます。

 

沖縄県は、やはり食品産業のウェイトが高いと感じます。
沖縄の泡盛も世界展開を応援させてもらい、より大きな産業になってもらう可能性があると感じます。
 
また、車エビの養殖所に行きました。久米島では車エビの養殖が盛んです。約1,000,000匹の車海老を養殖してます。その中で商品に出せるのは約半数だそうです。
販路開拓にインターネットを使われています。久米島も流通発達し、ネット販売ができるなったと言うことです。
UNICEFのヘンリッタ-フォア事務局長を迎えての交流会に参加しました。
 
藤末はUNICEFf議員連盟(会長は野田聖子議員)のメンバーとして呼んで頂きました。
議員連盟は、世界の子どもたちに、ワクチンなど薬を、学校を、水や食事を届ける活動を超党派で進めています。
最近ではロヒンギャ難民の支援をUNICEFと進めています。

 

沖縄県知事選挙の挨拶も含め、沖縄県を視察しました。

 

 

これから政策的に大きな議論を呼ぶであろう普天間基地を見てきました。
 
 
他にも、物資の貯蔵基地も見せてもらいました。
 
 
沖縄県の皆様に大きな負担をおかけしている現状をどう変えていくか。これは党派を超えた取り組みで進めなければなりません。
私は経済産業政策を得意としています。
沖縄県の産業の育成に少しでもお役に立っていきます。
今回は会えませんでしたが、沖縄総合事務局のトップは経済産業省の後輩です。連携して取り組みます。
 
那覇空港で対潜哨戒機と迎撃機を見ました。


 

 

9月17日
熊本の祭「藤崎八旛宮秋季例大祭」に参加しました。
 
例大祭への参加は高校の時以来です。ほぼ40年ぶりの参加となります。
昔と比べると音楽も、踊りも、かさやセンスといった小物も、少し変わったと言う気がしました。なんとなく洗練されたような感じです。
今回は熊本高校のOB・OG会である江原会の仲間と参加しました。400人ものメンバーで福岡のみならず東京や関西からの参加者がいました。
 
祭り本番は30度を超えたようです。朝随兵だけでハッピが汗でびっしょりとなりました。
昼にお弁当を食べて、1時間ちかく昼寝をしました。これで体力を回復し、夕随兵も元気に参加できました。
 
夜は高校の同級生が7、8人集まり、昔話に花が咲きました。
 
みんな55歳となりましたが、高校時代と雰囲気が全く変わりません。ある意味若く、ある意味であまり進歩していない(笑)と思いました。
とにかく楽しい1日を過ごさしてもらいました。
藤崎大社の神様ありがとうございます。