悩んでるときの本音って大体、

「わかってもらえない」
という
悲しみ。


怒りとか、
嫉妬とか、
不安とか、
いろいろあるけれど、

底にあるのは、
「誰かにわかってほしい」
「わかってもらえない」
という悲しみ。


がんばってるのにわかってもらえない。
しんどいのにわかってもらえない。

誰かに「大変だね」「大丈夫だよ」「わかるよ」と言ってもらいたいのに、言ってもらえない悲しみ。


昔、

「どうにもならない現実に苦しむ人たちに、少しでも光を」

と思って、必死に仏像を作った人がいたとして、

その思いは今の僕らには伝わらないこともある。


でも、
1000年後に誰かに伝わるかもしれない。

明日、誰かに伝わるかもしれない。

そして、伝わらないかもしれない。


誰かに伝わるかどうかは、わからない。



けれど、

まずは自分で自分自身の悲しみに気づいてあげたい。


あぁ、自分はわかってもらえなくて悲しいんだな、と。

気づいてあげた上で、

だよね、しんどかったよね。
つらかったよね。
みんなにわかってもらいたかったよね。

と、自分に言ってあげたい。


初詣でみんながお願いすることは、大体自分自身の「わかってもらえない悲しみ」に気づけば叶ってしまう。


病気が治りますように。
・・・イヤなことずっとやってきて疲れた身体の「もう無理。休んで!」のサインに気づいてあげれば治る。

家内安全。
・・・家族の心配事を消すためにがんばってきた自分。その自分自身に「がんばってきたよなぁ。えらいよなぁ。」と言ってあげれば、家内は安全。

厄除け。
・・・厄が来るかも、と怯えていた自分自分に「だよなぁ。こわいよなぁ。イヤなこと起きたらイヤだよなぁ。わかるわかる。」と言ってあげれば、厄が来ても大丈夫。

受験合格。
・・・落ちるかも、と不安な自分自身に、「だよねぇ。みんなが合格して自分だけ落ちたらイヤだよね。怖いよね。」と言ってあげれば、落ちても大丈夫。


神仏にお願いするとき、

自分の、自分自身を癒やす力にまず気づいてあげたい。


望む未来を想像する力を思い出してあげたい。


誰にでも、自分自身が望む現実を想像する力はある。

その自分の力を信じられず、
誰かに願い叶えてもらおうと思ってお願いしても、
なかなか願いはかなわない。


まず、自分自身の悲しみに気づいて、

ただ、想像しよう。望む今を。

お金もかからない。
時間もそんなにかからない。

想像して、考えよう。
どんな自分なら、自分は本当に安心できるのか。

今の現実をどんな風に見られたら自分はハッピーなのか。

どんな未来がやってきたら、自分はワクワクするのか。


想像するだけ。
願いを叶えるためじゃなく、
自分自身を癒やすため。


想像しよう。


神さま仏さまは、
自分自身の想像する力を信じる人に
力をかしてくれます。