こんにちは、東京都世田谷の変圧器・トランスの設計・製造・販売の「富士見電機製作所」スタッフです。

 

最近、再開発が進む渋谷駅周辺。

9月25日にはJR渋谷駅の「玉川改札」が閉鎖されました。

 

ところでなぜ渋谷駅に世田谷区の地名の改札が使われていたんでしょうか?

 

ふと気になり調べてみたところ、

玉川改札の「玉川」は二子玉川駅周辺の地名ではなく、かつて存在した路面電車の東急玉川線の「玉川」からきているそうです。

 

1907年(明治40年)に開業し、「玉電」などの愛称で親しまれた玉川線は、かつて東急が運行していた3つの路面電車路線の総称。

このうち、現在の国道246号線「玉川通り」を経由して渋谷~二子玉川園(当時)などを結んでいた路線が、玉川改札の由来となった狭義の玉川線です。

 

渋谷駅の玉川改札は、この玉川線の乗り場と直結していたことが改札名の由来です。玉川改札が設置されている東急百貨店東横西館は、玉電ビルとして1938年に竣工し、翌1939年に玉川線乗り場が2階に開設されました。同年から廃止までの30年間、玉川改札の目の前に玉川線乗り場が設置されていたそうです。

 

かつての玉川線は渋谷駅を出ると銀座線の車両基地や京王井の頭線に挟まれながら道玄坂交番前へ。そこから南下し玉川通りへと合流していました。道路上を走る併用軌道が一般的だった玉川線ですが、一部では専用敷地内を走る専用軌道となっていました。用賀駅周辺もその一つ。かつての専用軌道敷地は、現在は都道に転用されていますが、その道路脇には「玉電用賀駅跡」の石碑が残されています。

 

そんな玉川線も併用軌道空間で軌道敷地内に進入する自動車による遅延の発生が深刻となっていたほか、玉川通り上に新たに首都高速を建設することになり、地下新線に役目を譲って廃止されることになりました。

 

その地下新線は1977年に渋谷~二子玉川間の新玉川線として開業し、2000年の二子玉川以西の田園都市線に吸収され消滅しました。

 

時代とともに玉川線の思い出は「玉川改札」閉鎖でより薄まってしまいますが、新しい時代へのいいきっかけとしていただければと思ってます。

 

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