こんばんはプレジです。


今日は悲しいお通夜に行ってきました。

プレジがどん底で喘いでいた若い時代、支えていただいた恩人との別れでした。

ボウリングは昭和43年頃から47年まで、大ブームでした。

しかし、昭和48年の後半から急落し、厳しい時代を迎えました。

全国に3000件あったボウリング場も昭和50年には800件ほどに激減した頃、

恩人はいつも明るく、若い頼りないプレジを、励まし続けていただきました。


「ボウリングは心がスカッとするねえ~。」

「ボウリング仲間には悪いやつはおらんど。」

「ボウリングのあとのビールがたまらんがあ~。」

「プレジ飯食いに来んね。」

「プレジ三種審判員の試験にいくど。」

恩人との会話が次々に頭に浮かんできます。


ずいぶん甘えさせてもらいました。

たくさん飯食べさせてもらいました。

いつも叱ってくれました。

ずいぶんおのろけ話も聞きました。

猪以上に猪突猛進でしたね。

演歌や芸事が大好きでしたね。

プレジがJBCのリーグ戦に初参加した頃は、1勝もできませんでした。

たしか2年間ぐらいは負けっ放しでしたね。

堅実なボウリングでしたね。


最期は癌細胞に犯されてのご臨終だったそうです。

奥様や娘さんの悲しみは如何ばかりか計りしれません。

次女の死からわずか2ヶ月、言葉が見つかりません。

ご恩は決して忘れません。

プレジは残された奥様をしっかり見守ってあげねばと思っています。


林幸夫さん、これまでのご指導、ご鞭撻ありがとうございました。

心から感謝申し上げます。

やすらかにお眠り下さい。           合掌