藤衣です。

 

唐突ですが

「その人のおかげで周りに人たちもすっかり明るい気分にさせてもらっちゃう人

っていますよね。

 

すごく元気で明るい人。パワーみなぎる!みたいなイメージの人。

 

しかしそういう方に限って「実は数日間とても気分が落ちていた」というようなことをおっしゃるのです。

 


「え!あなたが落ちることなんてあるんだ!」と最初はびっくりしたけど、

こういうことを言う方、または体験する方というのは人前では人一倍元気で気遣いがある方なんじゃないかと思うのです。

 

または別に思い切り元気ではなくても、内側の落ちている自分を決して悟られないようにいられる人。

 

すごく大人だなあ、強いなあと思う反面、なんだか切ない気持ちになる。

 

ヨガを始めてからいろいろな講師の方が言われるのですが、「気分のアップダウンのある人がとても多いのだ」とか。

 

おそらくアップダウンというのはアップがあるからダウンもあるのよね、当たり前だけど。

 

弱った自分を鼓舞しなければいけなかった環境がいっときでもあった、

またはいつも人前では元気で明るくいなくてはいけないと自分に課しているのかもしれません。

 

もしそれを課しているとしたら一体どうしてでしょう?

 

 


一つ考えられる原因として責任感が強いのではないかと思うのです。

 

同じ場に同席する人を一人残らず楽しませなくては!!と周囲の人の気分まで

背負ってしまうのかもしれませんね。

 

私たちは一人で気ままに生きていられるわけではなく、いろいろな方と交わって

生きていかなくてはいけなくて、それがいい場合もたくさんあるけど、

ストレスになることもあります。

 

例えば5人でご飯を食べていたとして、その中で一人でもつまらなそうにしていたら

気になって仕方ない。

 

私も昔はそうでした。

 

どうして過去形かというと、つまらなそうに見えた人が実はとても楽しんでいて

元々の顔の作りがつまらなそうな顔なんだと知ったからだし(笑)、

大勢の中で発言するほど言いたいこともないし、人の話を聞いている方が楽だという人も

いると知ったから。

 

そして何よりもあらゆる「場」で楽しむも腐るも全て自己責任だと思った瞬間があったからです。

 

それが腑に落ちて以降、他人の機嫌はあまり気にならなくなりました。

 

もちろんランチ会やイベントで場を作ることが多いので、最低限楽しんでもらいたいという

思いで努力はしますが、身を削ってまではもう出来ない。

 

「身を削ってまで人を楽しませたい」と思っていた頃の私はやっぱり気分の

アップダウンがあったように思うのです。

 

「身を削ってまで」というところがミソで、「人を楽しませたい!」という思いだけならそんなに面倒なことにはならないのですよ。

 

そもそも自分の機嫌をとるということを本当に世の中の全員ができていたと仮定すると、

サービス精神が旺盛な人が摩耗することもないのです。

 

サービス精神旺盛でいると甘えて機嫌をとって欲しがる人が必ずでてくる。


これは意識的ではなく無意識に、です。だから怖いよね。

 

褒めて欲しい、笑わせて欲しい、楽しませて欲しい、もっと構って欲しい・・・と自分自身の

穴を無意識に埋めようとする。

 

誰にだって穴があると思うんだけど、そもそもその穴を埋めるのは他人でもないし、

夫でも子供でも親でもない。

 

大好きな歌の一つにB’zのLove me I love youという歌があるんだけどその一節がさすが。

 

音符モヤモヤしてるのがイヤならフトンを噛んで考えて
なんかあいつに期待過剰なんじゃないの

人の心はどうしても何か足りないけれど
そこんとこ埋めるべきなのは
恋人じゃない 親でもない ねえ、そうでしょう

Love me けちってないで
ボクはきっと愛をもっと出せる
I love you おごらせてるだけじゃ
そのうち誰もいなくなるよ
おんぷ

 

欲しい欲しいと求めると永遠に飢餓状態が続く。

永遠に満たされないし、どこかアンハッピーな部分があって。

 

欲しいものが手に入らなかった時(この場合は物ではない)の落胆もあるでしょうし、

さらにもっともっと、とあくなき追求が始まる。

 

自分の機嫌が自分以外のだれかに左右されるなんて、そんなの本当につまんない。

 

誰にも求めずに自分で完結しようと決めたときから本当の意味でその人の人生の歯車が

回り出す気がする。もちろんいい方向にね。

 

だから人の機嫌まで取ってあげようとする優しい責任感の強いあなたも

もうそこは投げ出していいと思うのです。

 

自分自身の機嫌さえ取っていれば結構うまくいく。

 

そのうち気分のアップダウンもなくなるし、最終的に自分の機嫌をきちんと取れている人たちに

囲まれるようになるから摩耗もしなくなる。

 

パワーバランスって面白くて、過剰なところには不足がやってくるものだし、

その逆もあるわけだから、フラットでいることって実はとても大切なことなんですよね。

 

ここ数日「頑張りすぎてゼンマイが切れてしまった」という類の話をいくつか耳にしました。

 

大切な人のために頑張るのって素敵だし尊いと思う。

でもその大前提として自分をケアしてあげないと大切な人も守れなくなってしまうかもしれません。

 

だから「自分の機嫌だけとっていれば良い」というのは決して身勝手でワガママなのではなくて

自分の屋台骨をがっしりとしておけば、いざという時に力が発揮できるよというお話なのです。

 

全ての人に好かれなくても、全ての人を楽しませられなくても、

自分を好きでいて自分を楽しませられたらそれでオッケーだなあと思うのです。