ここ数日、食べてさよならしてを繰り返す日々でした。
さよならしたものも、

カロリー計算には含めることにするルールがあるから、

一日の摂取カロリーがえげつないことになってます。

 

きっかけは、雑誌に載っていたCoccoさんのインタビュー記事。
引退ではないようですが、でもたぶん、

大きなLiveはやらないんだろうな、

表舞台からちょっとずつ姿を消していくんだろうな

と思わされました。
まるでCoccoという歌い手の遺書のようでした。
 

たぶん、彼女は私の手が届かないような遠く遠くまで進んでて、

素直に受け入れられない。

「頑張って」って、手をきちんとふれない。
読んでからしばらく回復できそうにないです。
せめて、彼女にどうか幸あれ。

 

それにしても、ほんの数日前には、

吐き残しで生きていた頃を懐かしく思い出したりしていたのにね。

こんな会話を耳にしたのです。

 

「酔って吐いたら苦くってさ」
「えー、胃液じゃないの?」
「胆液だったんだよー」
「うわっ」

 

あの、徹底的に吐いたときに出てくる苦いものは

胆液なのだそうで。

普通は味わう機会のないものらしい。


でも、あの頃の私にとっては、もはや安心できる基準だった。
吐き残しで生きるのは、是非もあるけども、

あの頃は比較的早いペースで痩せられた気がする。

完璧を目指したこと、一連の行為で

たぶん疲れ果てるくらいには体力を使ってたから。
 

だから、何も食べてないのに体重が変わんないと、

もう発狂しそうになる。

なんで減らないんだろう、なんでなんでって。
 

そして、これは今、

吐くのが怖くて食べられない私の僻みなのかもしれない、

なんてことを思いました。
いつだって、隣りの芝は青いから。

たぶん、また吐けるようになったら、

こっちのほうが苦しいってジタバタするんだろうな、って。

 

ごめんなさい。

こんなことを言ったら、不快に思われる方もいますよね。

 

その数日後、予想は的中。
こっちのほうが、食べてさよならするほうが苦しいって、

ジタバタしてます。
だって、体重は変わらないのに、

胃にものを入れてその一部を吸収してしまったせいで、

どんどんお腹にぽっこりが出ていくことが苦しい。

食べたものにさよならするために、

体力も時間も、ゴリゴリ削られることが苦しい。
 

やっぱり食べないことがいちばん楽だなぁ、ってしみじみしました。

 

一度、下剤を入れて全部リセットして、気分を一新して。

ぺったんこなお腹で、明日から気合入れて頑張らなきゃなって。
 

汚いもの、余分なものにはバイバイして、

自分をできる限り綺麗な状態にしておきたいの。
神聖な儀式でも行うかのように。