ご主人もお入りください
独立行政法人国立病院機構弘前総合医療センター診察室に
付き添いできた私も呼ばれました
すい臓がん ステージ4です
6ヶ月 そうしか言えないです
(こうなるまで)今までどうされていたんですか
治療しますか
どうしますか
物語ではよくある
そうして
苦しいながら
逆転
ありませんでした
始まりは
家内が例年受けている健康診断の書評でした。
血糖値が高いです 糖尿病の疑いがあります
検診を受けてくださいと書かれていたのです。
インターネットで評判の良い病院をチェックして
弘前市城東地区にある Hとうにょう病クリニックへ検診に行きました。
とにかくすごい患者さん数で
車での私の待ち時間2~3時間はざらでした
ここに1年半通いました。
先生はいつもPC画面をみながら話すそうです。
言われた通り食べものも制限し、できるだけ歩き、身体を動かす。
それでも数字が悪い時が何度もあります。
「何やってるんですか、こんな生活してると、点滴ですよ」
家内はいつも思っていたそうです
こんな生活というのは、どんな生活のことなんだろうと
患者の生活を聞くのではなく、言う事を守っていないだろう決めつける診断
PC画面の数字しか見てない、診察してもらってるはずの私は目の前にここにいるのに
そうなんです
ガリガリに痩せてしまっている糖尿病はおかしいでしょう
家内の体重は40㎏まで落ちていたのです。
家内は
弘前大学病院の ある受付を一人で18年続けてきて
ある程度の医療知識はありました が
先端医療にかかわっていたからなのか
医師に対して異常なくらい信頼をもって、
この先生に対しても柔順でした。
でも
あまりにおかしいので違う病院へ受診に行きました。
大学病院か国立病院機構に紹介状書きます
どちらにしますか
その場で言われたそうです
これはよくないなと思ったそうです。
国立病院機構お願いします
いくら何でも 自分の職場には行けない。
死ぬのが
わかっているのなら
自宅で家族子供たちと最後を迎えたいのが希望でした。
衰えて、段々と
歩けなくなって
うごけなっていく
目の前で始まりました
最初は頑張って歩いてトイレに行ったりもしました
二人で支え合って歩いていきました
足が上がらなく、歩けなくなりました
おむつになって
綺麗で自尊心が強くバラの花が好きでバリバリやってた人が
食べることも、身の回りのことも
一人では何もできなくなってゆきました
どんなに辛かったでしょう
声がかわってきます
トーンが
なんといってるのか わからない時が来ます
必死で それこそ 命も搾るような伝達
字
震えて
漢字で書けない カタカナで伝える
、、メモ用紙
悲しいです
自宅療養
きれいごとではありませんでした
哀しいくらい
カラダジュウ痛い
イキテきてコンナニ痛いのは初めて
痛みで眠れない
痛み止めが効かなくなり
食べることもできず
薬だけでも飲んでもらう
それでもなお
私が眠っている2~4時間、どんなに辛く痛くても
私をおこさないよう耐えている
うめき声で
目が覚め、声をかける
「我慢するなよ」「痛かったら俺をおこして」
本当は
わかっているんです
こんな状態が何時までも続けてはいけない事を
【カラダジュウ痛い
イキテきてコンナニ痛いのは初めて】
私に何ができるでしょうか?
入院を勧めると鬼のような形相
私は申し訳ないけど祈ります
「神様 治してくれとは言いません」
「痛みのない世界で暮らせますように」