― 風林堂 ―

 

 フニが言い放った事をジェルミは否定こそしなかったが、一つだけ確信している事があった。

 ミニョが斐水門に戻る選択をしたのは閉じ込められる事を受け入れていたからだ。

 

 (模諜枢教から逃がしたのだって、同じ閉じ込められるなら斐水に帰りたいとミニョが言ったからだ。)

 

 だからミナムが嫌がるのは当然だと思う。

 

 (ミナムは男だって言うんだからさ、当然そうなるに決まってる。

 僕も前は我慢してたけど、こうして外の世界を知った以上もう二度と、絶対にごめんだ。)

 

 ジェルミ自身がそうなのだから、ミナムもきっとそうだと思う。

 ミナムの恩返しは、自由になる為の言い訳で、そう考えればミナムがテギョンを慕うのにも納得がいく。

 

 (斐水門を出て風林堂も模諜枢教もダメとなれば、行ける先は縹炎くらいだ。

 うん、縹炎宗なら自由でいられるよな、面倒な掟とかなさそうだもん。) 

 

 こうしてジェルミは、テギョンを気にする必要はないという結論に至ったのだが、これはジェルミにとって嬉しい事実だった。

 それよりも今はもう一人の要注意人物がいる。

 ジェルミはシヌを見据えるが、その顔からは実に不満げな心情が伝わって来る。

 

 一方ミナムの方はというと、軽く肩をすくめてフニの話に乗っかってでも、この話を終わらせようとしていたが、シヌの方はまったくその気はないようで、まっすぐに立つ姿からも、見据えるような目からも、それこそ全身でまだ話は終わってないと言ってるのが感じられる。

 

 ミナムはシヌを見たまま大きなため息をついた。

 

 「シヌヒョンには分からないよ。

 ヒョンはさ、両親に愛されて育っただろう。

 だから僕が何を考えてるか、分からないんだよ。」

 「・・・・・・ファン宗主には分かるのか。」

 「さぁ・・・・・・僕はヒョンニムじゃないからね」

 

 分からないよという代わりに、ミナムは肩をすくめる。

 

 「だけど、ミニョの悪夢はヒョンニムには分かると思うよ。」

 

 悪夢と聞いてテギョンの目が僅かに揺らぐ。

 (ミナムはあの夢を知ってるのか。)

 

 「ミニョの悪夢が僕を目覚めさせたんだからね。」

 

 (知らないのか。)

 さらに眉がひそめられる。

 

 「僕はミニョの希望だから、ヒョンニムと行く事にしたんだよ。」

 

 (知らない。)

 テギョンはこのわずかな言葉に確信を得たが、シヌの方は理解できずに首を傾ける。

 ジェルミは、ミナムがここに残らない事だけを喜び、逆にドンジュンは不安顔だ。

 さっきは見事な解釈を見せたフニも、シヌ同様ミナムの言ってる事が全く分からず、最初の『ミニョの悪夢』で躓(つまづ)いていた。 が、そこはフニだ。

 強引に、それも無理くじ独自の解釈を発展させて、ミニョの悪夢を継承者だと導き出した。

 

 「私には分かります。」

 

 ポンと手を打ってフニが言う。

 

 「つまりこういう事です。

 模諜枢教に対抗する為、亡くなったミナムさんに代わってミニョさんをミナムさんとした。」

 

 合ってますよねとフニは、チラリとドンジュンを見る。

 

 「ですが男として育てられても身体は違う訳ですからね、ミニョさんにとっては悪夢でしかないですよ。 ええ、ええ分かりますとも、ミニョさんがミナムさんになる、これって一種の自己暗示ですよね。」

 

 これはフニが捻り出した、ミニョからミナムが生まれた考えだ。 そしてそれは多少の相違はあっても、概ね間違ってはいない事が驚くべきフニの才能と言える。

 だがフニにはそんなミナムの問題よりも、他に大事な事がある。 

 

 「それよりもですね、ここには牢屋はないんでしょうか。

 風林で起こった犯罪者はどちらに行くんですか。」

 

 フニの疑問は縹炎宗の疑問だ。

 本来なら宗主であるテギョンが、他宗家の仕組みを学び、模範とできる点を取り入れるべきなのだが、そう言う面倒を嫌うテギョンに代わって、フニはこうして控え書きをしているのだ。

 

 「それからですね、風林堂にはどのような刑罰があるんでしょうか。

 まさか縹炎宗のように、刑が一つ、なんて事はないですよね。

 盗人、殺人、放火・・・・・・これだけの都ですから犯罪も多様ですよね。」

 

 フニは言いながら辺りを見回す。

 

 「ああここが山だから近くにないんですね。

 牢屋ですよ牢屋。

 きっと洞窟とか断崖の上とか、薄暗かったり危険な所にあるんでしょう、だから案内から外された、そういう事ですね。」

 

 フニは一見いい加減に見えるし、口ばっかりの所も日和見な所もあるが、テギョンの横にいるだけあって現実的に考える癖も身についている。

 荒涼とした地で木の一本もない縹炎でも、最初は牢屋をどこに建てるかと考えた時があり、フニはそれはそれは頭を悩ませたのだ。

 結局、牢屋に入れてただ飯食わせる事が惜しくて、刑罰を一つにしたほどだ。

 この緑豊かな山中の牢屋で、鳥の鳴き声を聞きながら三食付きでのんびり昼寝となれば、罰ではなくて褒美になってしまう。

 

 しかし風林堂ほどの宗家なら、軽罰の者なら養う事も容易なのかもしれないと思い、心の中で舌打ちをする。

 そしてシヌは、フニの意図など気にすることなくその疑問に答える。

 

 「風林の都では、犯罪は配下の宗家が取り締まる事になっている。 

 それゆえ牢も都にあって、一つの牢を配下の幾つかの宗家で分担管理している。 そうすれば互いに監視の目があり、独断専行を行う心配が少なくなる。」

 「配下ですか・・・・・・」

 

 書く手を止めてフニが呟く。

 その声に落胆が滲んでいるのは、こればかりは真似できないと思ったからだ。

 縹炎には縹炎宗しかなく、この先も配下の宗家は望めないのだからため息も出るというものだ。

 フニは代々続く宗家の層の厚さというか、重みに肩を落としたのだ。

 しかしフニは、望みは高く野望は大きくが信条だ。

 ダメだからと沈んでしまうという事はない、すぐに沈んだ気を立て直して顔を上げると、ジトーっとした目でこっちを見ているテギョンと目が合った。

 宗主の一番の理解者を自負するフニは、テギョンのその何か言いたそうな目に何だろうかと考える。

 考える時は十分にあるはずだった。

 これまでのテギョンは、目で訴えるばかりで自分から言い出す事など滅多になかったからだが、今回ばかりは違っていた。

 

 「そんなことを知ってどうする?」

 

 冷ややかな声が返って来る。

 (いや、そんな、まさか・・・・・・)

 フニがアタフタしてしまったのは、言われた事に対してではなく口にした事だ。

 口にする事は指示と決まっている。

 (疑問など、たとえ思っても言わないのに・・・・・・)

 

 「縹炎宗を開くときに言っただろう。

 宗家は名乗っても、他の宗家と同じにはいかないと。」

 「宗主それは分かっていますが、現在(いま)でなく未来(さき)の事も考えませんと、参考になる情報はいくらあっても困りはしません。」

 

 フニはたとえ宗主であっても言う事は言う。

 縹炎宗を大きくしたい、フニの野望をテギョンも知っているから、大抵こういう時は口を突き出して終わるはずなのにと、少しばかり不思議に思いながら言ったのだ。

 

 (この旅で宗主の口数は思いのほか増えたし、表情も多彩になられた。

 これは縹炎宗にとっても喜ぶべき事?・・・・・・ですよね。)

 

 「フニが言った事は気にしなくていい。

 それより静かな所でミナムに気を整えさせたい。」

 

 隣でミナムががっくりと頭を垂れる。

 

 「力を使い過ぎた後の大酒で、気を乱した為に起きられなくなった。

 くわえて縹炎宗からこっち、修行らしい修行をしてない、斐水門に行く前に座禅で気の巡りを整え、身体を動かす事でひと汗かけば体調も元に戻る。」

 「戻った、戻ったよヒョンニ~ム。

 もう完全復活したよ、ほら。」

 

 ミナムは笑顔で手足を動かして、元気な振りをして見せたが、テギョンはそれを一瞥しただけでシヌに至っては座禅に適した場所に案内すると言い出す始末だ。

 ミナムは持ち上げていた両手を力なく落とした。

 この二人が決めた事は他の誰にも変えられない事は、ここまでの旅で十分に分かっている。

 そこで一人だけなんてと、修行は特別好きという訳ではないジェルミも、ドンジュンやジフンそしてフニも一緒に座禅を組む事になり、シヌの案内で更に山道を上がっていくと、見晴らしの良い平地に出た。

 平地と言っても僅かな広さで、すぐ先は断崖だ。

 さわさわと風が抜けていく気持ちの良い場所だが、高い所が苦手な者にはかなり居づらい場所でもある。

 だがそんな事を気にするテギョンではない。

 すぐさま風の方向を読んで、ここに座れとミナムに指さした場所は、よろけでもすれば谷底に真っ逆さまとでもいうような場所だ。

 渋々といった顔でミナムは座り、ジェルミにドンジュン、ジフンが続き、最後にシヌが座る。

 

 そうして暫くは普通に過ぎた。

 だが一刻(二時間)も過ぎようとする頃には雑念が生まれ始める。

 

 (いつまでやるんだ。)

 (これってこんなに長くやるものなのか。)

 

 誰かは薄目で周りを伺い、また誰かは堂々と目を開いて、様子を伺い始める。

 そうして二刻目が半分も過ぎれば伺うだけでは済まない、足は痺れるし背中は張って来るしで、同じ姿勢を取り続ける事に苦痛が生じてきて、ミナムは足を組み替えようとする。

 

 「集中しろ!」

 

 その気配にテギョンが声を上げる。

 

 「気を乱すな、雑念を払え。」

 

 身動き一つせずにテギョンは言うが、これはミナムにだけではない。

 だがそうは言っても既に限界にきている、まず最初に音を上げたのはジフンだ。

 頭を回し肩を上げ下げしてこめかみを抑える。

 ガチガチになった身体では、集中したくても続かないのだ。

 ジェルミやドンジュン、ミナムもなんとか我慢してはいたが、状態は大差ない。

 かろうじてシヌだけは耐えていたが、座禅は耐えるものではないし、一度切れた集中は簡単に戻るものでもない。

 テギョンは仕方なくここまでにしようと打ち切った。

 ドンジュンは痺れる足で立ち上がり、よろめきつつも恐る恐るテギョンに訊く。

 

 「これってファン宗主はいつもどのくらいやるの?」

 

 これには何故そんな質問をといった目でテギョンは見返したが、「決まってない。」と答えるにとどめる。

 

 テギョンが座禅を覚えたのは、あの丘の家に閉じ込められる日々の中でだ。

 おじさんを真似て始めたが、長い間何も考えないという事ができなかった。

 むしろ考える為に座るのだと思っていたくらいだ。

 何も考えないこそが重要なのだと気づくまでには、随分と時がかかったし、出来るようになってもそれは短い間だ。

 そんな事もあって他の者は分からないが、ミナムはきっと座ってすぐには無我の境地には達せられない。

 だからこそ二刻もの間、向き合わさせたのだが、その様な事を言っても仕方のないと思ったのだ。

 一方継承者の誰もが、これほど長く座禅をさせられた事はなかったから、終わったと同時に膝を曲げたり伸ばしたりと誰もが足を労わるのに余念がない。

 訊ねたドンジュンにしても、だからどうという話ではなくただこれが縹炎宗の毎日なのかと思ったくらいだった。

 

 座禅を始めた時はまだ青々としていた空は、既に色を変え始めていた。

 シヌも立ち上がった後で二度三度と屈伸をしたが、すぐに次の目的である汗を掻くための場所に移動しようとする。

 さすがにここでは身体は動かせないからだが、シヌはこの話が出た時から、これで堂々とテギョンと腕比べができると思っていたから、少しばかり気が逸(はや)っていた。

 そもそも宗家の鍛錬は兵の鍛錬とは違う。 

 兵は戦闘を目的として鍛えるが、宗家は身を守る事を主として鍛える。

 犯罪者を捕らえるというのもあるが、災害時の対応などが目的でもあり、対決や決闘ではなく自分を高める事に重点が置かれている。

 が、鍛えていけば腕を試したいとの心理は誰もが持つ。

 同じ年、宗主と継承者、対峙してみたいと思うのは当然の事だといえる。

 と同時に、テギョンに対して敵対心はなくても、ミニョを挟んで微妙な思いがないとは言えないからこそ、いつか向き合えないかと考えていたのだ。

 だがシヌの思いはどうであれ、対決や決闘のない宗家で、テギョンと対峙するのは難しい事でもあった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

みなさま、GWいかがお過ごしでしょうか。

5月に入ったのになんだか肌寒いと思っていたら一変、

昨日はじんわり熱く、

買い物に行っても半袖の方が多くいらして、

季節が進んだと感じました。

まぁ私の場合、

このじんわりの汗の中には冷汗も混じってましたが・・・滝汗

季節は進んでも私の話は進まない、

書いても書いても進まないのよね。チーン

 

と言うか今回はこの先を見越したミナムの座禅なので、

進まないのは分かってたんですがね。汗うさぎ 

今回若干短めに仕上がったので、

思わずテギョンとシヌの対立まで入れられないかと思った程です。 が、さすがに諦めました。笑い泣き

(次回、テギョンとシヌの思いが交差する・・するかな~あせる

 するよう頑張りますあせる

 

このメンバー、一応同じ旅の仲間ではあるんですが、

個々でもある訳です。

それぞれに背負ってるものもあって、

目的地は同じでも、そこに行く目的は違う。

シヌは、行きは縹炎宗で帰りはミニョを守る事で、

今はミナムを風林堂に留めたい。

でもミナムを尊重したいとも思っているんですよ。

テギョン同様、いやテギョンよりも複雑な男です。真顔

(ジェルミは単純な分、書きやすいのよね爆笑

 口数が多いのも助かってるわ爆笑

シヌとテギョンだとどっちも喋ってくれなくて、

ままじ様とこのテギョンのように、

頭に吹き出し付けてくれないかしらと思う程よ。

 

シヌにとってはこの風林堂が最終予定地点でしたから、

ここに居る間に思いのたけを、

ぶつけさせたいと思っているんです。(注:意訳です)

 

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