━━━━━━━━━━━━━━━━
初めての方は注意事項に目を通してからお読みください
━━━━━━━━━━━━━━━━



最近、特にこの記事へ「発達障害は迷惑なので直すべきだ」というコメントをもらうことがあります。

間違っているのは発達障害の方なのだから変わるべきはアスペルガー自身で、
人に迷惑をかけないようアスペルガーが努力すべきだという主張です。

こういうコメントをもらうということは、当時、僕にも似たような思いがあったからだと思います。


でも、この主張は間違いです。

アスペルガーが間違っているわけでも、定型が正しいわけでもありません。
アスペルガーが変わるべきでも、それを誰かが強要していいわけでもありません。

なぜなら、迷惑してるのは定型の側であって発達障害の側ではないからです。
コミュニケーションを取りたいのも定型だけであって、アスペルガーは必要としていないからです。


押さえておかなければいけないのは、『誰が』今を変えたいのかということです。

今の状態に困っているのは自分で、相手は特に何も思っていないのなら、それは自分が工夫したらいい問題で、相手にさせるものではないでしょう。
というより、不可能です。
相手に断られたら、それで終わりですよね。


それなのに、相手を変えようとするのはどうしてか。

「アスペルガーが間違っている」と思っているからではないでしょうか。
「自分(定型)は間違っていない」と思っているからではないでしょうか。
相手が間違っているのだから、相手が変わるべきだと思っているのだと思います。

確かにその通りかもしれません。

悪気がないとは言え、一部のアスペルガーはそばにいる人間の気分を害し、ルールを無視し、迷惑をかけ続けてますから。

でも、アスペルガー本人がやる気を出して変わろうとしなければ、絶対に変わりません。
ということは、定型からするとずっと他力なんです。

相手が変わらなければ自分の生活も変わりません。
相手が変わらなければ、自分の人生もずっとこのままです。

これでいいのかということです。


よくはないけれど……という人が、沢山いると思います。
だって、少なくとも迷惑をかけているのは向こうで、私は迷惑をかけられている方だから。
そんな自分がなぜ変わらなければいけないのか。
なぜ、自分の方がこれ以上努力しなければいけないのか。
あまりに理不尽だと感じている人も多いと思います。



僕もずっとそうでした。

だから、アスペルガーは努力すべきで、努力出来ないアスペルガーから定型は離れるべきだと言ってきました。
アスペルガー自身が努力して最低限の適応力を身につけなければ、周囲から見捨てられるのも当然だと。
定型にも能力の限界があり、彼らを助けるのは義務ではないと言い続けてきました。

当時、このように思ったのが間違いだったとは思っていません。
なぜなら、この時の僕はこの感情を認めることが必要だったからです。


おそらく、同じ段階の人がいると思います。
夫が憎ければアスペ全てが憎い、アスペが憎ければ障害全てが憎いくらいに思ってしまう時もあるでしょう。

その感情に良いも悪いもないです。
まずは自分だけでもその感情を認めて、どこかで吐き出して、出来れば誰かに受け止めてもらって、少しずつ処理していくしかないのだと思います。


そこで、少し処理できた僕が言えるのは、親にはどれだけ思いをぶつけても期待している半分も返ってこないということでした。
それがうちの親の限界、アスペルガーの限界だと感じました。

何もかも壊れる覚悟で怒りをぶつけても、親が僕の長年の憎悪を感じ取ることはありませんでした。
親の反応に怯え泣きながら訴えても、僕の恐怖心は汲み取れないようでした。

愛されなかったこと以上に、愛されなくて辛かったということがわからない親が、虚しくて仕方ありませんでした。
これだけの仕打ちをしておいて、何も感じない親が許せませんでした。


だから知らしめたかったんです。

僕をどれだけ傷つけてきたか、その重大さに気づいて打ち震えてほしかった。
酷いことをしたと後悔の念に押しつぶされて欲しかった。

僕が辛かったということを少しでも感じてくれたら、ここまで恨むこともなかったと思います。
僕には深刻で、親には些細な出来事だったというような温度差ではありませんでした。
悲しい出来事でさえ、親は僕が好き好んでやっている楽しいことだと思っていました。
マグマと永久凍土くらいの差がありました。

そしてこれが、アスペルガーと定型の住む世界の違いなんだと思います。


続き

『誰が』今を変えたいのか② 僕が親と共有したかったもの
『誰が』今を変えたいのか③ 目的は私が正しいと証明することではない