星の輝き、月の光 -36ページ目

星の輝き、月の光

「イケメンですね」(韓国版)の二次小説です。
ドラマの直後からのお話になります。


俺は恋の駆け引きなんてしたことないし、そもそもそういうことを意識したこともない。だからミニョを取り戻そうと思っても何をどうしたらいいのか皆目見当もつかなかった。ただ会いたいという勢いだけで店へ行き、ミニョを観察しながらコーヒーを飲んでるだけではいたずらに曲が増えるだけ。

恋愛相談なんてできる相手のいない俺は、考えた末、悩みの答えをネットで求めてみることにした。



”彼女にフラれてしまいました。でもどうしても諦められないし、彼女に相応しいのは俺しかいない。どうしたら彼女の心を取り戻せるでしょうか?”



ネットは今一つ信用してないが、参考程度にはなるだろう。まさかファン・テギョンがこんな質問をするとは誰も思わないだろうな。

俺はパソコンの前で腕組みすると、いいアイデアだなと口の端を上げた。

しかし画面上の文字だけで遣り取りされる世界は、結構言いたい放題なヤツが多い。

さっそくきた質問の回答は・・・



”フラれたんならさっさと諦めろ。ストーカーで捕まる前にな”


”ご愁傷様・・・”


”あなたに魅力がないのでは?彼女の心を取り戻す事よりも、まずは自分に魅力をつけましょう”



「ストーカーとは何だ、勝手に人を犯罪者扱いするな」


「俺に魅力がないだと?この魅力の塊のような俺に対して、とんでもない暴言だ」


ある程度予想はしていたが、ムカつくのやら役に立たないものばかりが目立ち、俺はパソコン相手に声を荒らげる。しかしそんな中でもこれは、という回答もあった。



”追いかけてばかりだと女は逃げて行きます。がつがつしてはダメです。気のないフリをしつつ、時々さり気ない優しさを見せると、相手は気になって向こうから近寄ってきます。俺はコレで彼女とヨリを戻しました”



「体験談か・・・」


これは使えるかもと、俺はさっそく実行に移すことにした。






ミニョのいるカフェへ行き、この間と同じ席に座ると俺はコーヒーを注文した。ミニョに対して何か言葉をかけるでもなく、コーヒーをひと口飲み窓の外を眺める。あくまで俺はただコーヒーを飲みに来ただけだぞという感じで。外を見ながら、さてこの後はどうしようかと考えていると、いつの間に来たのか、カウンターから若い男の声が聞こえてきた。


「ミニョちゃん、今度一緒にテニスやろうよ」


「私、運動はあまり得意じゃないんで・・・」


「大丈夫、俺が教えてあげるよ」


やけに話し方が馴れ馴れしい。

しつこい客にも丁寧に応対しているミニョだが俺には判る。にこやかに笑ってはいるが、あの顔は迷惑だと言っているということが。


「ペペロンチーノください」


俺とその男以外客はおらず、暇だからそんなヤツに誘われるんだと俺はその男との会話を阻止するべく、さり気なく注文をした。俺の思惑通りミニョはその男との会話を中断し料理を運んできたが、テーブルへ置くとそそくさとカウンターへ戻りまた話しかけられている。


チッ。


俺は急いでパスタを平らげると今度はホットサンドを注文した。そしてそれを食べ終わる前にツナサラダを注文し、サラダを半分ほど食べた頃パンケーキを頼み、バニラアイスを頼み・・・と、とにかく注文しまくり、食べ過ぎで気分が悪くなりながらもオレンジジュースを胃に流し込んでいると、ようやくその男は席を立った。

俺が何度も注文し、その度に話の邪魔をされた男は不機嫌そうな顔で店を出て行く。俺はその男の背中をフフンと鼻で笑いながら見送ってやった。

ミニョは・・・とカウンターの方を見てみると、何か言いたげな顔つきで俺の方を見ていた。

俺はただ注文しているだけのフリをしながらチラチラとミニョの様子を窺っていた。ミニョは男と話しながら時折意味あり気な視線を俺に投げかけていて、それを俺はミニョからのSOSだと受け取っていた。

客がしつこいが邪険にもできず困っている、助けてくれ、と。

きっとミニョはすぐにこっちへ来るだろう。この後の展開はこうだ。


『テギョンさん、助けてくださってありがとうございます』


『何のことだ?』


『あのお客さんいつもしつこくて。でも無視できないし・・・さり気なく私を助けてくれたんですよね。この前はあんなこと言ったけど・・・私やっぱり、テギョンさんのことが好きです!』


よしっ!


俺はテーブルの下で小さく拳を握った。そして俺の予想通りミニョが近づいて来た。

ネットに書いてあった通りだなと、俺はミニョに気づかないフリをして窓の外を見ながら秘かにほくそ笑む。

俺のすぐ横まで来たミニョ。

その口から感謝の言葉と俺への愛の言葉が発せられるのを待っていると、コトンとテーブルが小さな音を立てた。


「あの・・・いくらお腹がすいてるからって、食べ過ぎだと思います。はい、胃腸薬」


テーブルの上に置かれていたのは白い錠剤の入った瓶。ミニョはくるりと踵を返すと、カウンターへと戻って行く。

俺は瓶を冷たく見つめると口の片端をわずかに上げた。


やっぱりネットは信用できない。



 

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勝ちとか負けとか、そんなものはどうでもいい。相手がシヌだからとかそういうことじゃない。問題なのは、ミニョの隣にいる男が俺じゃないということ。


しばらくミニョと”元恋人”という過去形の関係でいて、はっきり判ったことがある。それはその現状に俺が耐えられないということだ。

酒で満たしても女で紛らわせても俺の虚無感はなくならず、心は痛みを増していくばかり。胸に空いた大きな穴を埋めるのはやっぱりミニョじゃないとダメだ。

俺が心の底から欲しているのはミニョだけ。

やっと本心に辿り着いたのか、簡単なことなのにずいぶん時間がかかったなと、俺は鏡に映る自分の姿を見て自嘲気味に笑った。


フラれたのに未練がましいかも知れない。だがこのままでは終われない。ミニョが俺の前から去ったなら俺はそれを追いかければいい。俺の見えないところへ行ってしまったなら、俺が見えるところまで近づけばいい。他の男の方を見ているならもう1度振り向かせてやる。

邪魔なプライドを捨てさえすれば、何だってできる。

そう気づいた俺は、何をどうしたらいいのかと考えた結果、まず仕事の量を減らすことにした。音楽に専念したいからと、歌以外の仕事を極力断って。そうして空いた時間で、俺は田舎にある小さなカフェへ通うことにした。






街の喧騒から抜け出した車は徐々に緑の深くなる景色の中へと突き進んで行く。すれ違う車の数は減り、俺は窓を少しだけ開けた。心地いい風が頬を撫で、車内に新鮮な空気が流れ込む。ハンドルを握る手が汗ばんでいる事に気がつくと、俺は苦笑いし、手のひらに風を当てながら目的の場所へと向かった。


カランコロン・・・

色鮮やかなステンドグラスのドアを開けると、来客を告げるベルの音がした。


「いらっしゃいませ」


軽やかな音に反応して明るい声が出迎える。しかしその声の主は、客が俺だと判ると驚きを顔に浮かべ、歩き出した足をピタリと止めた。そして戸惑った表情を見せる。どうしてここに・・・というのがありありと見てとれる顔。

きっとこの間は今のミニョと同じ顔を俺がしてたんだろうなと思うと、逆転した状況に、俺の方が優位に立ったような気がしてフッと笑みが漏れる。

俺はミニョの疑問の顔に答えることなく、注文だけをした。


店の1番奥の角の席。

1番奥といっても小さな店だからカウンターからそれほど遠くない。この店の主らしい年をとった男がコーヒーを淹れているのがよく見えた。そしてその隣でそわそわうろうろしているミニョも。

俺がミニョに動揺を与えていると思うと何だか楽しかった。

ここは車の通りと同様、店に来る客も少ないようだ。俺の他には常連らしい中年の男が1人だけ。

カウンターの向こうから時折ミニョが気まずそうに俺の方をチラチラと見ているが、俺はそれに気づかないフリをし、夕陽に照らされた山が少しずつ色を変えていくのを眺めながら、熱いコーヒーを飲んだ。


陽が暮れ辺りが暗くなると、山の向こうから三日月が顔を覗かせているのが見えた。何だか久しぶりに月を見たような気がする。

撮影では無理な要求をされ、いい曲は書けず、最近また喉の調子が思わしくなかった俺は、月を眺める暇も精神的余裕もなかった。

夜の訪れに光を増していく細い月は、まるで闇に包まれた世界の中で輝きを放つ勇者の剣のようにも見えた。

ふいに頭の中にメロディーが浮かび、俺はそれを書きとめようと鞄から五線紙と鉛筆を取り出した。

ミニョに会いたくてここへ来て、でも結局声もかけられず外を眺め。

まさかこの状況で曲が書きたくなるとは思わなかった。

最近いいメロディーが思い浮かばず悩んでいたのがまるで嘘のように、指がスラスラと音符を並べていった。




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寂れた街の目立たないバーで、いつもの席に座った俺はゆっくりとグラスを傾けた。濁った俺の心とは正反対に、透き通った丸い氷。覗き込めばその中に答えが見つかるような気がして、溶けていく様子をじっと眺めていた。


結局、俺は何がしたかったんだろう。


あの夜、途中でミニョのことが頭に浮かび、あいつもこんな風にシヌに抱かれているのかと思うと、胸をえぐられるような気持ちがした。やり場のない思いをぶつけるようにアヨンの身体にひと時の快楽を求めたが、後に残ったのは虚しさだけ。


俺はただ憂さ晴らしをしたかっただけなのか・・・



「後悔してる?」


そこへタイミングよく俺の心を言い当てるアヨンの声。

今日は呼ばなくていいとマスターには言ったのに。


「初めてよね、女が原因で抱くなんて。で、我に返ってどうしてあんなことを・・・って?」


心の内を見透かされた言葉に俺は何も言い返せない。


「そんなに好きだったの?ミニョっていう娘のことが。ちょっと妬けちゃうな」


どうしてそんなに俺の心が判るんだろうと不思議に思・・・って、ちょっと待て。


「どうして名前まで・・・」


俺はアヨンの前でミニョの名前を口にした憶えはないのに。


「前に会った時、酔っぱらって言ってたじゃない。ミニョを傷つけたのは俺だーとか、どうしてシヌなんだーとか」


俺は酔ってそんなことを口走ってたのか。他にもいろいろしゃべったかも・・・

テーブルに片肘をつくと、俺は手のひらで頭を抱えた。


「みっともないな」


「そう?愚痴ならもっと前に、いーっぱい聞かされたけど」


何でもないことのように言い、アヨンはオレンジ色のグラスに口をつけた。

何を話してもやんわり受け止め、さらっと流してくれる。決して深入りせず、それでいていつも俺の心を軽くする言葉をくれるアヨン。

いくら酔っていたからとはいえ、そんな彼女だからこそ俺はミニョの話をしたんだろう。




「シヌはメンバーの中じゃ何考えてるか1番判らないヤツだし、今まであいつがつき合ったのはもっと派手な女ばかりだったから、まさか同じ女を好きになるとは思いもしなかった」


「そうね、それにタイプじゃなかったとしても何がきっかけで好きになるかなんて、誰にも判んないし」


確かにそうだ、それは俺が1番驚いている。

面倒なことは御免だとかかわりたくなかったのに、いつの間にか気になるようになり、視界の端にいないと落ち着かなくなり。他の男と楽しそうにしていれば苛立ち、気がつけばあいつのことで頭の中がいっぱいになっていた。


「テギョンのことだからどうせ外じゃ無理して平気な顔してるんだろうけど・・・こんなにダメージ受けてるって知ったら、シヌは喜ぶでしょうね」


「どういう意味だ」


ミニョを手に入れたことが嬉しいというなら判るが、俺がダメージを受けてることが嬉しいというのは・・・


「シヌってテギョンに対してすごいライバル意識持ってたの。ていうか嫉妬かな。音楽の才能とか人気とかいろいろ。表には出さないけどね、いつか絶対テギョンに勝つって言ってたってチヒョンから聞いたことがある。あ、チヒョンって憶えてる?シヌの相手してた娘。ずいぶん前に聞いた話だから今は判んないけど、もしあの時のままだったら・・・その娘を手に入れたことで、テギョンに勝ったって思ってるんじゃないかなって」


「俺に勝つ・・・か」


アヨンの話に耳を傾けていた俺は、沖縄の教会でミニョを腕の中に収め、静かに俺を見ていたシヌの姿を思い出した。




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