陰と陽、表と裏、
それは一体。



大いなる陽に転じる際、
陰があぶり出されてあぶり出されて
両極のバランスが調和されていく。



自己のポジティブが覚醒する際、
ネガティブがあぶり出されてあぶり出されて
両極のバランスが調和されていく。









たとえば
「人気者になりたい」と願うとしたら
「注目される怖さ」みたいなものが
同時進行であぶり出されて


その怖さを覗いてみると
「失敗を見せてはならない」とか
「批判されたら傷つきそう」とか


「なぜ見せてはならない?」
「なぜ傷つくの?」というような
深層の思い込みにまで直面することとなる。





どんな人気者でも
誰でも失敗することはあって
失敗談さえもパフォーマンスの一部になるし、

どんなヒーローでも
批判するやな奴と遭遇することはあって
ファンに転身してくれる可能性ともいえるし、

陰を深く見つめるうちに、陽を見出す。





「陰」
怖れの観念があぶり出されて
ようやく “中庸に考察する目” が覚めて

「陽」
愛ある観念を見る目が養われて
ようやく “陰陽一極” に調和されていく。
 


その時に
なぜ、こうありたいなどと願うのか
もとの真意を知ることとなる。









自己統合、
「わたしがわたし」に調和していく過程で

とんでもなく
ネガティブなわたしとも出会うとき、

とんでもないネガティブさえも
丸っと包み込めるポジティブなわたしとも
同時に出会う。







両者統合、
「わたしとキミ」が調和していく過程で

とんでもなく
ネガティブなキミまで芽生えるとき、

とんでもないネガティブさえも
丸っと笑い飛ばせるポジティブな愛情も
同時に育まれる。







それがあるから、これに気づく。
これがあるから、それも愛しい。









  

 
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