昨日は呼吸器内科の外来日。


昨日から送り迎えだけじゃなく、院内も全部ヘルパーさんが付いて下さるようになりました。


今まではお忙しい看護職さんが順番に私の車椅子を押してくれたり、お会計に出しに行ってくれたりと大変お世話をおかけしてたけれど、
これからは看護師さんの手を煩わす事なく、検査や診察に回れます。


昨日も私は一歩も歩く事なく、外来終わりました!
でも、処置室の酸素で待ち時間を過ごすのは今後もお世話になりますよ。


因みに、一歩も歩く事なく車椅子で処置室に行った時に計った血中酸素濃度は~
連続4リットル流して95でした。


さて、昨日の検査結果は
・KL値→3654(先月3396)
主治医さんに『右肩上がりですよね~』と言ったら
『これが成績やったら良いけどな』

・クレアチニン→1.0
こちら先月から1.0を維持して頑張ってます。
一時期1.4まで上がってたんだけど、毎日の水分摂取の成果が表れてきたのでしょうか。

・リンパ球→4.0(先月6.3)
こちらも低い記録を作りました。


・レントゲン→右の肺のほとんどが使い物にはなってない状態



診察の時も、オフェブやセルセプトが効いてないし、それ以外のお薬もMAXでこれ以上何も追加できないので、やはり何をするって事もなく。


主治医さん曰く『私が診てきた患者の中では最強レベル(のお薬のキツさ)やねんけどな』
すみません。
それなのに言うこと聞かない体で💦💦💦


主治医さんからは『とにかく風邪も引いたらダメ』と。
今の状態で風邪引いたら目も当てられへん(アウトって事)
大人しくしとくようにって。


主治医さん、大丈夫。
もう何がなんでも行きたい所も、
苦しくても会いに行きたい人も、
もうないから。


大人しくするよ



ヘルパーさんに来て頂くようになって、そろそろ1ヶ月になります。



ヘルパーさん初日。
私は早起きして、きちんと着替えて、髪も整えて、
部屋干ししていたお洗濯物を取り込んで、たたんで………
ヘルパーさんが来る頃にはクタクタでした。


お家に身内以外の誰かが入る。
今まではお客様とかお寺さんのお参りとか、
ちゃんとお家の中を片付けて綺麗にして、
身なりもきちんとして。
お茶の用意したり。


ヘルパーさんが来て頂くのも、他人が家に上がるという事では今までのお客様と同じ感覚になって、
倒れそうになりながら準備?していた。


今思えば、何してるんだと思うんだけどね。
苦しくて出来ないから来て頂くのに。
でも、初日はお部屋に洗濯物がぶら下がってたら恥ずかしいとか、パジャマのまんまでは恥ずかしいとか、
そんな気持ちもありました。


でも、早くも2回目だったか、3回目だったか。
朝からいつもより調子悪くて、着替えすら苦しくて動きたくない。
ご飯の準備に台所にすら行きたくない。
立ち上がるのも、もう嫌って日があった。


誰も来ない日なら、本当にずっと寝てるパターンです。
でも、その日はヘルパーさんの日。
動けないまま時間になり、ヘルパーさん到着。


何とか玄関の鍵は開けに行けたけど
パジャマに髪ボサボサ
部屋干しそのまま
とても人様にお見せするような格好ではなかった。


でも、ヘルパーさんは『シンドイから私達が来てるんだからね、ほっといてくれたら私しますからね』
やっとそこで、このままで良いんだと変に気が張ってたのが緩んだ。


グッチャグチャな髪の毛も
お洗濯物も
ヘルパーさんの前ではいいんだ。


そうなのよ。
もうあんなに苦しくて、立ち上がるのも怖いくらい苦しくて
何をするにも大変だからヘルパーさんに助けて貰ってるんだから。


シンドイままの
そのままの私の状態で良い


おかげで、今は無理して着替えません
部屋干しもそのままです。
ヘルパーさんには何見られても
恥ずかしいと思わなくなりました。


ヘルパーさんに来て頂くようになって
1ヶ月目の私の成長?です。
http://mine-2.ciao.jp/sp/schedule.html


明後日の夕刊に峰ちゃんの追悼記事が出るって……
すぐに読みたいけど、私買いに行けないから
デジタル版待とう……


ヘルパーさんが午後からだったら、買いに行って貰えるのになぁ。


1年前はどんなに苦しくても
峰ちゃんに会いに行けてたのになぁ
峰ちゃんも居てくれてたのになぁ……


2月からヘルパーさんに来て頂いて、本当に助かってます。


こんなに楽になるんだったら、なぜ去年7月に入院した時にヘルパーさんを勧められた時にすぐ動かなかったのかと思うくらい。


あの時は、家の中に誰か入るっ事にまだ何か抵抗というか、まだ大丈夫というか、何かあったんだね。


でも、退院した後も一時期は楽になったように感じたけど、
やっぱり病気が進行してるのは検査からも明らかだったし
体感的にも苦しさが増していく一方だから分かってたよ。


それでも、峰ちゃんに会いに行くためには自力で歩けないとダメだからと、苦しくても自分で歩くのは頑張ってた。
酸素ボンベ3本、15キロほどの重量を引っ張って歩いてた。
今年、コロナが落ち着いた頃には、数歩歩いただけで苦しくて立ち止まるようになってるから、車椅子を押してもらって、峰ちゃんの所まで車で送り迎えしてくれる人を個人的に雇ってでも会いに行く計画を立てていた。
それだけ苦しい。


でも、今までは苦しくなっても、酸素量を上げたらすぐ楽になってた。
苦しい苦しいと耐えるのも先が見えてた。


それが、去年~今年と日が経つにつれて、
苦しい時に酸素量を上げても、なかなか楽にならない。
私、このまま……って頭を過るくらい苦しい時間が長くなってる。


苦しくなった時に苦しいと思うだけでは余計に苦しくなるから、無理やり楽しい事を考えたり、苦しい中で思いっきり口角上げて脳に今は苦しくないと暗示かけたり、なんて事もしてるよ。


でも、苦しい時間が長くなってからは『苦しい』とともに『助けて』って思うようになってる自分がいる事に気付いた。


助けてって思ってても、今までは峰ちゃんに会いに行くためには頑張らないと!と思って頑張ってた。
苦しくても自力で歩けないと峰ちゃんに会いにいけないもん。


でも、もう峰ちゃん いない



今はもう立ち上がるだけで苦しい
1歩歩き出すのも苦しい


苦しいのを耐えてる時に気が付いたら涙出てるんだけど
今の苦しさにも泣いてるし
なんでこんなに苦しいのを1日中耐えないとアカンのよ!って半ば苦しくなる自分の体に怒りような感情で泣いてるし……
これを耐えても峰ちゃんにはもう会えないやんって思って泣いてるし……


今までも苦しかったけど、峰ちゃんに会いたい一心で頑張れた。
15キロの酸素ボンベだって引っ張れた。
我ながら自分の気力あっぱれだった。



今、苦しい時にしてるのは
峰ちゃんが私に言ってくれた数々の言葉、峰ちゃんが何通も送ってくれたお手紙に書いてくれた言葉を思い出す事。
そして、峰ちゃんもあんなにシンドイのを頑張ったんだから、私も頑張るよ!って自分に言い聞かせる事。



苦しいのがマシになってソロリ~と動き出せるまで
毎日ひたすらこれらを繰り返してる











峰さを理様がいなくなってから
もう何度も心が折れそうになりながら
今日まで……


そんな峰ちゃんとの想い出…
峰ちゃんから貰った優しさ…
少しずつ(書ける範囲で)書いていきたいと思っています。


最初に峰ちゃんが初めて私の病気の事を聞いてくれな時。
峰ちゃんは他の人達からは見えない所で
『アンタの体どうなってるの』


一通り私が病気の事を説明し終わると、峰ちゃんは何も言わず私を暫くの間ギューっと抱きしめてくれた…
何も言わず、ただただギューっと力強く抱き締めてくれた。
峰ちゃん あったかかった……
伝わる体温だけでなく、峰ちゃんのお気持ちがあったかかった。


どんなにたくさんの言葉を並べたよりも、峰ちゃんの優しさが伝わってきた。
私頑張ろうと思った。


そして改めて、峰ちゃんにどこまでも付いていくと思った。
峰ちゃんは本当に愛に溢れる優しい人でした……


今までの私は
峰ちゃんがいたから頑張れた

これからの私は
峰ちゃんがいるから怖くない