アジアご飯、とくにマレーシアご飯、時々つぶやき

2005年から2009年までの4年間、常夏のマレーシアで暮らしていました。2年過ぎた今でも、日本食は「ハレ」の料理でちょっぴりよそよそしく、アジア飯のほうが「ケ=日常」のご飯で、ホッとします。私にとっての食とは、味わいながら、みんなとつながることです。


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中国語の先生から「Ni的衣服票亮」(“あなたの洋服きれいね”)と言われたので、「ほんとっ!サンキュー!」と答えたら、「中国語に日本語に英語!なんてミックスなの~!」と笑われた。

 

そのあと友人と会って、すっかり頭の中が中国語だったので、「不錯(ブーツオ)」(“悪くない!”)とか、「現代我去KLCC」(“今からKLCCに行く”)とか連発しつつ、それはよかった!という意味で「バグース」(マレー語で“素晴らしい”)と言いながら、「マレーシア人って、英語にマレー語、中国語と色んな言葉が話せるよねー」と話したら、「あなたもだ!」とつっこまれた。ほんまや!

 

そして和食屋で働いた経験のある友人が、

にっこりしながらこう言った。


「マレーシアの言語環境は、『盛・り・合・わ・せ』、でーす」

 

座布団10枚持ってきて!
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よしもとばななのブログをまとめた本を読んでいる。すごくいい。癒される。あったかい気持ちになる。日常のありふれた出来事や、ばななちゃんでなければ見逃してしまうであろう出来事を大切に、大切に、描いていて、とっても優しい。嫌なことも、嫌な人も、かなりあるだろうけど、そんなことはほとんど書かず、大切な人に感謝して、好きな人を大好きと褒めて、きれいな人に見とれて…ということを中心に日々を見ている。

 

それってやっぱりいいな、って思う。

 

というのも最近、「分かってもらうためには愚痴も必要なんだ」「良かれと思ってやっていることも、人によっては感じ方はそれぞれ」ということについて、考えているから。

 

つまり、ときに愚痴が必要なんだなって。分かってもらうためには、いつも元気で前向き、というより、不満があって、疲れていて、嫌なこともいっぱいあって、という自分を出す(ときに演じる)ことも必要なんだなって。

 

そうしないと、色んなしんどいことや、ふんばっていることが実際はあるのに、楽しく毎日をのびのび過ごしている、単にまったく嫌なことのない人、って見られちゃうんだなぁって感じているから。

 

これもひとつの真実だ。物事のひとつの側面だと思う。

 

でもでも。


やっぱりばななちゃんの日記が好きと思うのは、彼女が毎日、感謝の気持ちを描いているからで、たとえネット上の外向けの言葉だったとしても、そういうフレーズを見て、読んで、感じることはすごく心地いい。だったらわたしも、そういう言葉をつむいでいきたいのです。

 

ポジティブなことか言わない、という意味をつらつら考えている。


もっと深く自分をみてみれば、ポジティブンことしか言わないというのは、かっこ悪いところを見せたくない、という単なるかっこつけなだけかもしれないからなぁ。自分の弱さを出せない、見栄っ張りなだけかもしれないからなぁ。

 

結論出ず。

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昨夜、政略結婚のために中国からチベットに渡ったプリンセスを描いたミュージカルを見に行った。朝、北京語の授業を朝受けていたこともあり、ところどころ北京語が耳に入ってきておもしろかった。余談だけど、私が言語っておもしろいと実感するのは、その言葉が生で使われているのを聞いた時だ。通訳を通さず、翻訳を通さず、その人が話している言葉がそのまま通じたとき、話している人との距離がぐっと目に見えて近づく。その瞬間がたまらなく好き。

 

さて国立劇場での公演のせいか、今回もまた公演前に国歌斉唱(国歌だと思う。“スラマー”とマレー語が聞こえたので)。みんな起立して歌うので、私も一緒に立つ。

 

舞台の上側に、北京語と英語の字幕が出てくるので分かりやすかった。事前にパンフで物語を予習していたこともあり、内容は完ぺきにわかった。やっぱりミュージカルはいい。言葉がなくても音楽はすーっと胸にしみるし、人の体で表現された踊りは本当に美しい。

 

そして、へーっと驚いたことが2つ。昨日が最終公演だったので、公演後、舞台あいさつが行われたのだけど、そのなかで「このミュージカルは全員マレーシア人の手で作られたのです!」と大きな声で自慢していたこと。たとえば劇団四季などで「このミュージカルは日本人だけで作られたものです!」なんて主張することはないよね。マレーシアという国は、海外文化がよく入ってくる国際色豊かな国ということか、それとも地元文化の発展が遅れているということかな。次に驚いたのは、脚本、制作、舞台設定、美術、ダンス講師…などなど、公演の舞台の裏方さんが紹介されたのだけど、全員すべて、みごとに、女性だった!役者以外ひとっこひとり、男性がいませんでした。すごいなぁ。

 

最後に愚痴を少々。相変わらずマレーシアの演劇は8時半からのスタートで、家に帰ったのが12時過ぎ。なので途中、眠くなっちゃっいまして…。手をつねりながら、耐え忍んだ。そして彼が風邪っぴきで、またもや1人で鑑賞。けっこういい席を買ってたのになー。しょうがないけど、もったいなかったっす。でも見てよかった!ライブの良さは、絶対に本や映画では味わえません!だから、全部まるでした。

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わたしは基本的におしゃべりです。友達や彼と一緒にいるときは、たいていずーっとしゃべっているし、1人でいるときも、頭の中でずーっと言葉が廻っている。フードコートでマレー飯を手で食べている美女を見れば、彼女をつぶさに描写したり、タイマッサージのスタッフが税関でチェックを受けていると聞けば、彼らの行動を予想して自分の感想を述べたり。その言葉は、ブログに書くような文体になっていて、ときにいい言葉が浮かんだりすると、書き留めたりしておくんだけど、それを実際のブログに書くことは意外と少ない。

 

言葉は、わたしのなかで、浮かんでは消える、浮かんでは消える、しゃぼん玉みたいだ、と思う。その瞬間、形になって目の前に現れ、そして次の瞬間には跡形もなく消え去る。そしてほとんどの場合、言葉が消えた瞬間、わたしのなかの思いも一緒に消えてしまう。

 

聞いた話なのだけど、「言葉にすること」は、ときに“注意したほうがいいこと”らしい。言葉にすることで、自分の中の思いが限定され、定義化され、自由意思をなくした、しょぼいものになってしまう可能性があるんだって。そして何よりも、わたしの経験からいえば、言葉にしたとたん、誰かに伝えたとたん、その気持ちは軽くなって、溶けて無くなってしまうのだ。

 

よくあるでしょう、言ったほうは忘れているのに、言われたほうはずっと覚えていることって。悩みを口に出したとたん、心が軽くなることって。これって、こういうことなんじゃないかと思う。

 

「大切なことは言葉に出して伝えよう」とよく世間で言われているけど、本当に本当に、大切なことは、言葉にしちゃいけないような気がする。言葉にしたら消えちゃうから。言葉にしたら忘れちゃうから。本当に大切にしたいことって、ちょっと手荒く扱ったら壊れちゃうほど、もろいもろいものなんです。

 

だから、大切なことは言わないようにしよう、と思っています。おしゃべりだから、すぐに言ってしまいそうだけど、叶うまで、その思いが消えてしまわないように、大切に扱うようにします。

 

ちなみに。愛してるーとか、好きだよーとか、そういうことはガンガン言いますね。それはもちろん、大切なことじゃない訳じゃなくて、言葉にしても、あとからあとから湧いてくるものだって知っているからです。

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