【転記】+ポパーの科学定義+ | 矯正知力〇.六

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メモ的ブログ

以下、mixiの猫王さんの日記より転記。

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『ポパーの科学定義』

◆はじめに

ポパーの科学定義について
とりわけ、巷でよく語られる反証主義について批判する

反証主義を、ひらたくいうと
実験の場で、繰り返すことが出来なければ
科学じゃないっていうもので
そのポパーの反証主義が間違っていることを
解説するのが、この日記の目的

これは前から書きたかったんだけど
どう頑張っても、万人に分かるようにブログで書くことは不可能
どうしても、多大な字数を要するから

だけど、私がこのテーマを扱った日記を読みたいと思っている方もおられるようだし
でも私はもうすぐ死んじゃうし
いつものように「猫にでも分かる」というのは置いて
とりあえず書いてみる

本当に分かる人にしか分からないと思う

未だにそれを後生大事にしているのって日本くらいなもんだと
経済学や物理学者や、様々な分野の科学者の対談本で
書いてあったけど、まあそれは置いといて。。。


◆どうして反証主義が生まれたのか

全ての科学は、帰納を利用して物事の説明をするんだけど
帰納では、完璧な証明とならないから
それに代わるものとして、ポパーさんが反証主義を唱えた

でも反証主義も、しょせんは帰納じゃん!
私は最初、反証主義を耳にしたとき
何いってんだコイツ?と思ったよw


◆繰り返すってことは、本質じゃない

私がいくら腹筋を何回しようとも
一万回しようとも
それが、筋肉をはじめ人間の動きの本質を示しはしないよね

腹筋運動を観察して
そこから、動きの本質を解析していかないといけないよね
だから繰り返すことが本質じゃないんだよ

(実験)繰り返さなければ、科学じゃないといえば
繰り返すことが本質規定するみたいじゃん

本質的なことがまずあるから、繰り返すという現象が起こるんであって
繰り返すから、正しいんだという主張は逆立ちしている
事は分かるかにゃん?

ここは難しいと思うので、スルーしてもらっていいです


◆科学の対象には、研究室での実験に適した物とそうでない物がある

厳密にいえば、多くの現象は
全く同じように繰り返している訳じゃないよね

物を動かす実験、弾道実験とか
毎回、必ず同じ軌道を描くわけじゃないよね

もちろん、そこには様々な外的な力が作用するからなんだけど
風とか湿度とかね

でも、あくまでも机上の理論として
そういう外的な要因も同じにすれば
同じ軌道は描くけどね
だけど実際にはそれは無理な、対象もあるわけだ

再現実験なんかもそうだよね
生物進化もそうだよね
歴史もそう

結局、繰り返し実験というのは
そこにどういう法則性があるのかを
明らかにするためであって
手段であって、本質じゃないよね


◆ただやっぱり、繰り返すことには意味がある

ポパーの反証主義が、科学定義として問題はあるけど
一つの指標として重要であることは、誰も、私も否定しないんだけど

本質を知るために、帰納の方法(反証主義の方法、要は実験も帰納にすぎない)
によって、繰り返すことで
法則性を発見していくというやり方は、正しい

ここで一瞬、分からなくなった人もいると思うので整理しようね


◆私とポパーの違い

巷に流布されているポパーの反証主義は
実験において、繰り返さないといけないと言っているわけだ

私の場合は、研究室で実験の場に限らず
帰納的観察において、繰り返しを確認することで
法則性を知ることが出来るということ


◆例えば歴史という科学

十年前の今日という日に
私が何かを食べたかということは
真実としてあるわけだ
しかし、んなもん実験において証明できないよね
反証主義では、これは科学じゃないってなっちゃうw

進化論も同じ
地球温暖化など、気候変動もそう
恐慌や景気動向など、経済学分野もそう

進化論でも歴史でも
前者は化石、後者は史料
これをたくさん集めることで
どうやらこれが正しいってことが見えてくる

例えば、南京事件では
正確に何人が犠牲になったか、その数は永遠にわからないけど
事件があったことは確かなことは分かる

生き物が進化してきたことだって
疑い様がないが
正確にビデオを再生するように
どうやって進化したのかまでは分からない


【転記】科学の方法
この私の過去日記も、合わせて読んでもらうと
ここら辺りのことがよく分かる
この日記では、経済学におけるの科学の方法論を解説している


◆巷におけるポパーの反証主義を持ち出す人の間違い

最近のアメリカの極右的勢力が
進化論を否定しようと一生懸命なんだが
日本もそれに倣って、極右的なネトウヨがそういう主張をするが

ビデオで再生するように、進化の過程が分からないからといって
進化論を全否定する

南京事件の、最後の一人までの性格な犠牲者数が分からないからといって
事件そのものをなかったことにする

もっと一般的なところでいうと
研究室で実験できないものは、全て科学じゃないという

科学の役割の一つとして、真実を明らかにするというものがあるが
じゃ~、一週間前に私がお餅を食べたとして
それを研究室で実験できないからといって
お餅を食べたことは、真実じゃないというのか?w

それを証明できなくとも
一週間前に、お餅、少なくとも何かを食べたという真実がある

そういう絶対に存在する真実さえも、否定しようとするのが
ポパーの反証主義を持ち出す人のやり方

そこまでは思ってませんよというけれど
社会問題なんかでそれを持ち出してくる人の言ってることは
中身において、全く同じなんだよね


◆おまけ なんでポパーがもてはやされたのか?

一つはもちろん、反証主義がひとつの指標として
科学全体の中の、一部分では有効だということ

もうひとつは、この人はマルクスが嫌いで
一生懸命に否定しとようとしたからw

マルクスが資本論を書いて以降
とにかく彼の理論を否定しようとするものは
大絶賛され、もてはやされた

でも科学はやっぱり科学だからね
ポパーの反証主義を、科学の定義とすることは
やっぱり拙いよねってなっているのが
日本を除く世界の科学的潮流なんだと思う


◆さいごに

書かないままで死んじゃうと、どうも気持ちが悪いので
あんまり満足いってないけど、取り合えず書いてみた


・『科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる』 NHKブックス 戸田山和久

科学哲学をやってる、戸田山和久先生が
高校生向けに、科学とはなんぞや?というテーマで書いた本だ

物凄く良い本なので、お勧めです!


私は最初、これを読んだときに
唯物論的弁証法じゃん!
この人、マルクスとかやってる人なんだ
と思ったけど
どうやらそうじゃないみたいだ
本人に訊ねると、全否定するだろうw

でも、唯物論的弁証法も科学哲学も
やってることは同じなので
どちらも科学の方法論、科学的なものの観方について説いてるので
ちゃんとやれば、結論は同じなるよねw

そもそもが、科学の方法論というのは
分野ごとの特殊性という枝葉を取り除いた本質は
同じになるので
科学性を失わなければ、結論は同じになっちゃうよね


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もちろん同じ現象が繰り返すというのは
本質が存在しており、その現れとして
繰り返すという現象が起きるのだから

実験で繰り返しを確認するということは
誰も文句のつけようがない
正しい科学の指標の一つなのですが

ポパーの反証主義を持ち出す人の誤謬は
実験室で再現できないものは
科学じゃないという点です
研究者にもいるので本当に驚くのですけど

実験室で再現できないけど
繰り返す現象というのあります
恐慌もそうですし、商品の価格もそうですし
進化論もそうですし

史料に現れるということを通じて
繰り返す歴史学もそうです
歴史は繰り返すという、陳腐な話とは違いますよ
念のため。

そういうものまで一切否定する
反証主義を、唯一無二の
絶対的な科学の指標とする人たちの主張が
おかしいんですよね
そこを私は、間違ってますよと指摘しているのです



実験って、手段ですからね
手段が本質規定するってのも
もう考えるまでもなくおかしいですよね(笑)


自然科学の研究者が、社会科学なんて科学じゃねえよ!
だって、実験して確かめること出来ないじゃん
実験できないものは全て科学じゃない
なんて言ってるのを聞いて
きっちり論破して、納得させましたが(笑)

そういう人、科学者としての素質・素養がないです
研究者として、本当に意味のあることを
成し遂げることは難しいでしょう

科学の素質がある人は
「手段が本質規定する」
という主張が、おかしいことは
なに一つ専門的に学ばなくても
科学定義に本を読まなくても
一瞬で看破できますね

私の弟子筋に当たる人間や猫たちにも
やっぱり一目で看破できない者が大半ですが
私から指摘されて、そこから学んで
資質を育てていくことも可能なんですけどね

より一人でも多くの方に
社会科学の原理的理解の部分
そして、社会変革運動の点で
私を越えてもらって
「猫王なんて、えらっそうにしてたけど大したことなかったなwww」
なんて言う人がたくさん出てくることを
心から願っております
じゃないと、社会は変わらないもんね


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日記に貼り付けた図があるよね





GDPにおける社会保障費の割合とか
企業の内部留保は増え続けているけど、お給料は下がり続けているというやつ

こういうのを、マルクスを学んでいる人、共にゃん党の人たちが
暴くよね

こうやって本当のことが知られると
財界とその丁稚である政府は困るから
原発村が分かりやすい例だけど
学問の世界も、金で縛る
司法も縛る
メディアも広告料を通じて縛る

そうやって、反マルクス的なもの、反共にゃん党的なものを
社会全体で賞賛し、褒め称え、宣伝を続けるわけだ

ポパーの科学が、良い部分以上に
拡大解釈され、もてはやされるのも
そういう理由


実験するというのは、「抽象化」するという意味でもあるので
抽象化できれば、わざわざ研究室的な実験でなくてもいいんだよね


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