この前の記事で

ここっとさんフランス

子供たちに100%日本語で話していたことを

書いたのですが・・・

 

沢山反響もいただき、

アメトピにも取り上げていただきました。

クリック日仏家庭のバイリンガル教育

 

皆さんすごくほめてくださったのですが、

当然あの話には続きがあります。

 

そう、フランス人元夫と別居して日本に帰ってきて

シンママ家庭になった

という続きが・・・!

 

その続きを描く前に・・・

まずはここっとさん自身の体験談から

子供の言語脳の不思議

について

描いてみようと思います。

 

スイス スイス スイス 

 

ここっとさんここっと父の仕事の関係で

7歳から9歳までの2年間を

スイス、ベルン

で過ごしました。

 

スイスにはジュネーブやチューリヒなど

大きな都市がありますが

首都はベルンです。

ベルンドイツ語圏

 

当時

 (まだソ連の上を飛行機が飛べずアラスカ経由でヨーロッパに行くしかなかった時代・・・汗 

ベルンには日本人学校がありませんでした。

 

ベルンに住む数少ない日本人家庭にとって

子供の学校について

選択肢は二つしかありませんでした。

 

アメリカンスクールに入れるか

フランス大使館が運営する

フランス語学校に入れるか

です。

 

スイスドイツ語は、ドイツ人に通じないほどの

独特の語彙と訛りがあるので

現地のドイツ語学校に入るのは

ムリだったんですね。

口語と、教科書(標準ドイツ語)が

あまりに違い、

二か国語を学ぶようなものだからです。

 

ここっと父は、

「どうせ日本で英語は勉強するから」

と、ここっとさんフランス語学校に入れました。

 

今思えばこの決断が

ここっとさんの人生を決めてしまったわけですが。

 

フランス フランス フランス

 

さて、7歳のここっとさん

初めてフランス語フランス学校に行く。

そして恐怖の荒業。

置いて行かれました。笑

 

1学年上に日本人の女の子がいたはいたんですが

それにしても

すげー荒業

 

 

何もわかんね~ゲロー

 

唯一聞き取れたことば。

先生が必死にここっとさん

だっこー?

だっこー?

と聞く。

は?抱っこ?

 

D'accord?=わかった?

の意味だったんですがね。

 

わかるかっつの。チーン

 

面白いことに最初の1年間の記憶が

ほとんどありません。

要するに何もわからず、

のーみそが記録してないんでしょうね。

ここっとさんにとっては空白の1年です。

 

けれど2年目

 

 

ものすごく楽しかった。

ロランスやカトリーヌ、アンナ、パウラ・・・

そして初恋のカリームは美形だった。

(今思えばモロッコ人の大使の息子だから貴族だな)

みんな外資系の会社の子供や、

大使館員の子供でした。

 

普通にフランス語で話して

笑い、喧嘩してた。

 

でも2年が過ぎ、

日本に帰るときがやってきました。

 

ここっとさんは既に日本で

私立の小学校に入っており

1年の一学期だけその学校に通ってから

休学という形でスイスに来ていました。

当時2年しか休学できなくて

祖父母の家から通うことになって

両親より1年早く帰国したのです

(これについてはまた記事にすることもあるかも)

 

 

大好きなスイスを離れるのはとてもつらかったです。

スイスでの思い出は本当に素晴らしく

その後ここっとさん

フランス語のスペシャリストの道を

選ばせたくらいでしたから。

 

6月末までベルンフランス語学校に通い

8月に日本に帰国して

9月から日本の小学校に戻りました。

3年生の2学期から日本で再スタート

フランス語で生活しなくなって・・・

2か月ちょっと?

 

 

 

一言も出てきませんでした。

 

フランス語

3か月で

きれいさっぱり

忘れました。

 

その後・・・

それではもったいないと思った

ここっと母フランス人の家庭教師を

雇ってくれたりしましたが

しゃべれるまでは当然行かず・・・

 

大学でABCから再スタートしたんですよ。

でも

発音、イントネーション

はネーティブ並みの

ものが残りました。

 

大学でもほかの子よりずっと早く

フランス語を習得できました。

 

おそらく

頭の中には

言葉の引き出しがあって

フランス語はそこにしまわれて

引き出しがぴっちり

しまっていたのだと思います。

 

子供の脳って不思議なんです。

 

スゴイスピードで吸収して

スゴイスピードで忘れる

でも引き出しにしまっておける。

 

フランス フランス フランス 

 

 

この経験があったから

ここっとさんには

日本に帰国したら

子供たちのフランス語をキープすることは

非常に難しいことが

よくわかっていました。

 

それでは、次回記事で

シンママ家庭になってしまった

バイリンガル家庭の記事を描きますね。

 

 

ここっとさんが日本に帰る決意をしたころのことを

描いた記事はこちら矢印矢印

クリック幸せの白い鳩①

クリック幸せの白い鳩②

クリック幸せの白い鳩③

クリック幸せの白い鳩④

クリック幸せの白い鳩⑤

クリック庭がくれた贈り物

 

フランス出産秘話はこちら矢印

クリックフランス出産秘話① 無痛分娩

クリックフランス出産秘話② 鉗子分娩

クリックフランス出産秘話③ 無痛(じゃない)分娩

 

妊娠秘話はこちらから矢印

クリック妊娠秘話① 突然のメロン所望!

クリック妊娠秘話② 生肉食の妊婦!?

クリック 妊娠秘話③ 生肉食の結果 

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当時は海外から帰国したってだけで

いじめにあったりして

大変でしたよ。今はいい時代になった。

 

 

 

ハート ハート ハート

 

 

 

 

 

 

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リブログ(2)

  • ”子供の言語脳の不思議”

    本当に子供って、一瞬で忘れてしまうんですよね、その言語を使わなくなると。英会話スクールで働いていた時、帰国子女の5歳ぐらいの生徒さんがいたんですが、お母さんが同じような事言ってました〜!3歳の時には I wish I were ••使えてたのに、もう出てこないと。結局、「続けないと」意味ないんです…

    Satoko

    2018-02-13 09:33:33

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コメント(12)