2006-06-01 07:00:00

日の上からの知恵ー5-

テーマ:~コヘレトの言葉の学び~

旧約聖書中の知恵文学の一つである「コヘレトの言葉」の学びを通して

   「日の上」「太陽の上」におられる「神」からの知恵を

       「日の下」の知恵と比較しながら学んでみたいと思います。

   

            【5】                 

                        キリスト教会牧師 富井 悠夫



【主題の立証1=詩篇1:4~2:26

  『人間生活一般による立証』(1:4~11)

最高の人生、意義ある人生の鍵として、人のはかなさと太陽の忠実さの二つが挙げられましたが

4節から11節でも太陽を中心とする自然現象と人間生活とが対比されています。

そして創造の冠である人間が、自然現象に比べていかに創造者に対して不忠実であり

神の栄光をあらわすべき勤めに怠慢であるかが示されます。


(1)自然現象の忠実さ(4節~7節)

 4節には「大地」の不変性が強調され、5節から7節には太陽と地上の諸現象との関係が密接であることが示されます。

「永遠に耐える」とは「「永遠に立ち続ける」ということで、それは神の前に立ち続けるという意味でしょう。神を礼拝し、賛美し、神の支配を証言するためです。

5節から7節には「日の下」で繰り返される単調な自然現象が述べられていますが、それは天と地が実に神の主権と支配の忠実な証人であるということです。

 旧約聖書のイスラエルの歴史的指導者モーセは繰り返し「天と地」を証人とし、

預言者(-神の言葉を告知する者)イザヤは「天よ聞け、地よ耳を傾けよ」と言い、

預言者ミカは「聞け、山々よ、主の告発を。とこしえの地の基よ」と述べています。

神はご自分の民の罪を告発する法廷で、他国の民を証人とするのではなく、大地を忠実な証人として呼び出されるのです。

 太陽も太陽の下にある自然現象も、単調な繰り返しを通して創造者の知恵の証人となっているのです。人の目にとまることのない季節ごとの花や枯葉の下の虫でさえ、立派な証人なのです。

単調と見え、繰り返しと思われる自然の営みは、むしろ神の忠実な証人としての姿を示している貴重な現象であるということを教えられます。





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2006-05-01 07:00:00

日の上からの知恵ー4-

テーマ:~コヘレトの言葉の学び~

旧約聖書中の知恵文学の一つである「コヘレトの言葉」の学びを通して

   「日の上」「太陽の上」におられる「神」からの知恵を

       「日の下」の知恵と比較しながら学んでみたいと思います。

   

            【4】                 

                        キリスト教会牧師 富井 悠夫



”主題について考えましょう”(続き)

2.太陽の奉仕
  1章3節の「太陽の下」という表現はコヘレト中に29回出てきます。
ヘブライ語で「太陽」は「シェメシ」で、有名なサムソンはヘブライ語で「シムション」と発音し
その意味は「太陽の子」です。
言うまでもなく太陽は地上の生命に不可欠で

「天の果てを出で立ち天の果てを目指して行く。

その熱から隠れうるものはない。」(詩篇19:7)のです。
従って、昔からの信仰の対象とされたのも当然です。
イスラエルにもマナセ王のように「天の万象」を拝む者がいました。
しかし聖書は「太陽」や「日」について何と言っているでしょうか。
創世記1章には

「神は二つの大きな光る物を造り、大きな方に昼を、小さな方に夜を治めさせた」(1:16)とあります。
そして神が造られた物を礼拝の対象にすることを禁じています。(旧約聖書申命記4:19)
聖書は「太陽」の働きを高く評価しますが、しかしそれはあくまでも「神に造られたもの」であり
「神のしもべ」であって、神からゆだねられた業に奉仕しているものであるという評価です。
神は他の創造に先立って「太陽」をお造りになり、その光の「中」で地球を整え、「太陽の下」で万物が神を礼拝するように、時間と季節と年とを区分する役割をゆだねられたのです。
非常に面白いことですが「シェメシ」の動詞形「シメーシ」は「仕える、奉仕する、役目を果たす」という意味です。
「太陽」は神のしもべです。そして日の下のすべてのものに造り主を示しつつ、勇士のようにその道を喜び走っているのです。(詩篇19:6)

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2006-04-01 07:00:00

日の上からの知恵ー3-

テーマ:~コヘレトの言葉の学び~

旧約聖書中の知恵文学の一つである「コヘレトの言葉」の学びを通して

   「日の上」「太陽の上」におられる「神」からの知恵を

       「日の下」の知恵と比較しながら学んでみたいと思います。

   

            【3】                 

                        キリスト教会牧師 富井 悠夫


”主題について考えましょう”(続き)

1、アベルの人生
  前回、2節で「空しい」と訳されている言葉が「アベル」であると紹介しましたが
このような名を与えられたアベルの人生は、無意味で不幸な人生だったのでしょうか。
アベル物語は旧約聖書の創世記4章に記されています。

アベルは兄のカインによって殺されるのですが、それは神がアベルとその供え物は受け入れたけれども、カインの供え物を受け入れなかったからでした。

 ところで聖書では一貫して神とアベルとの関係が強調されています。

アベルは神への供え物として『羊の群れの中から肥えた初子を持ってきた』とあります。

羊飼いアベルの生涯が何年だったのか、彼の性格や体格、生活の状況も推測の域を出ませんが、はっきりしているのは彼の人生が兄によって殺されるという悲惨な最期で閉じられたことです。

人間的に見るならばなんと悲しい人生でしょうか。

まさに「空しい」人生です。

しかし聖書は『アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています。』

(新約聖書ヘブライ人への手紙11章4節)と明言しています。

 神は敬虔な者の命を軽んじられません。たとい短い人生であり、人間的には不幸と思われる人生であっても『主の慈しみに生きる人の死は主の目に価高い』(旧約聖書 詩篇116編15節)のです。

 実にアベルの地上生活は悲惨な最期で閉じられましたが、それにもかかわらず、彼の人生は真に価値あるものであり、私たちに人生をどのようにして意義あるものとすることが出来るのかを語っているのです。

 

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2006-03-01 07:00:00

日の上からの知恵ー2ー

テーマ:~コヘレトの言葉の学び~

旧約聖書中の知恵文学の一つである「コヘレトの言葉」の学びを通して

   「日の上」「太陽の上」におられる「神」からの知恵を

       「日の下」の知恵と比較しながら学んでみたいと思います。

   

            【2】                 

                        キリスト教会牧師 富井 悠夫

”キーワードはなんでしょう”

 コヘレトの言葉の内容を分析してみますと

 「神から与えられた人生を楽しめ」という思想が繰り返されています。

 (2章24~26節、3章12~15節、3章22節、5章18~20節、8章15節、9章7~10節)

 そして、「空しさの満ちた人生」(1章2節)という書き出しは

 「神を畏れ、その戒めを守れ」(12章13節)で締めくくられます。

 神から与えられ、神から委ねられた私たち一人一人の人生を、

 本当の意味で楽しむとはどういうことでしょうか。

 複雑怪奇な人生の営みの中で、

聖書が示す「人生の意味」を具体的に学んでいきましょう。


”主題について考えましょう”

 1章でまずはじめに注目すべき言葉は『空しさ』と『太陽の下』です。(1章2節3節)

 この2つについて順番に考えていきましょう。

 『空しさ』と訳されている言葉は「コヘレトの言葉」中に38回出てきます。

 これは旧約聖書中に73回出てくる言葉ですので、

その半数以上がコヘレトの言葉で用いられていることになります。

 特に興味深いのが「空しい」という言葉が、

 最初の人間アダムとエバから生まれた2番目の息子「アベル」と同じだという点です。

 ”アベルの意味は「はかなさ」「息」「空虚」です。

 なぜそのような名前がつけられたのでしょうか。

 それはアベルには「はかない人生にあって、真に価値ある信仰の人生を送った人物」

という象徴的 な意味があったからです。

    注:アベル・・・・兄の「カイン」は牧畜をし、アベルは農耕をしていたが

              カインの供え物は神に喜ばれず、アベルの供え物は喜び受けられた為

               その憎しみによってカインに殺された。

             

             

                                  -つづくー

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2006-02-01 07:00:00

日の上からの知恵

テーマ:~コヘレトの言葉の学び~

旧約聖書中の知恵文学の一つである「コヘレトの言葉」の学びを通して

   「日の上」「太陽の上」におられる「神」からの知恵を

       「日の下」の知恵と比較しながら学んでみたいと思います。

   

            【1】                 

                          キリスト教会牧師 富井 悠夫



”著者は誰でしょう”

 1章1節にある「ダビデの子」という表現から、著者は伝統的には

 「ソロモン王」とされています。

 1章12節に『わたし、コヘレトはイスラエルの王としてエルサレムにいた』

 (紀元前970?~930?)とあります。

 ソロモン王は若いときに「雅歌」を、中年のときに「箴言」を

 そして老年になって「コヘレトの言葉」を残したといわれています。


”主題はなんでしょう”

 コヘレトの言葉の主題は「人生の最高の幸福は何か」

 「意義ある人生とは何か」の探求です。

 人間の知恵の鍛錬によっては「最高の幸福」(スンムム・ポーヌム)は

 得られないということ、人間の既成の知恵の限界を示し

 「神の至上権・神秘性・自由性」を提示します。

 そして「人生は意味がない」とか「人生は空しい」ということではなく

 「与えられている」「委ねられている」人生を積極的に生きるようにと勧めるのです。


”人生の最高の幸福の秘訣はなんでしょう”

その秘訣は「太陽の下の知恵」からではなく

「太陽の上」「日の上」におられ「時を支配しておられる」お方を認める事にあります。

「日の上」からの知恵を待ちつつ、「日の下」での現実を強く生きるようにと勧めるのです。


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