子どものときから
「ドラえもん」が好きではありませんでした。
なぜならば
なんでもドラえもんに頼んで解決してもらう
のび太の姿勢にムカついたからです。
「それぐらい自分でなんとかしいや」
と思っていました。
小学生のとき
もう見なくていいやと思って
それ以来ドラえもんとは疎遠になりました。
その頃夢中になって読んでいた漫画といえば
「ベルサイユのばら」
オスカル様にぞっこんでした。
心惹かれる男性が現れても王妃をお守りする近衛隊長として
自分の気持ちを伝えることなくじっと側で二人の恋を見守るのです。
そして革命の最中、愛するアンドレが殺されても
民衆の先頭に立って戦い、自らも銃弾に倒れるのです。
このころの私の心の中では
オスカル様:神
のび太 :クズ
自分の中にのび太は
あってはならない存在になっていました。
それ以来、意識していたわけではありませんが
その気持ちを持ったまま大人になり
基本、頑張り教信者で生きてきたような気がします。
もちろん先にオスカル様ありきでそうなったわけじゃなくて
その頃には母子家庭だったので
お母さんにあまり迷惑かけないよう
自分が頑張らないと、我慢しないと
お母さんを泣かしちゃいけないと
子どもながらに思っていたからだと思います。
超お父さん子だったがために
お母さんへの甘え方が
そもそもよくわからなかったというのもあります。
こういうことを考えることになったきっかけは
去年東京へ行った時に丁度やっていた
ドラえもん展です。
ドラえもんには興味がなかったのですが
敬愛するしりあがり寿先生のアニメーションが
素晴らしいという評判だったので
どうしてもそれが見たかったのです。
しりあがり寿ファンになったのは大学生の時だったかな。
その時点で頑張り教一点張りは自分には無理、と
薄々感じていたのかもしれません。
アニメーションは期待をはるかに超えて
破壊的なまでのゆるさが表現されていて
爆笑しましたし
「やっぱこれやで」と
自分の「好き」を再確認しました。
その他にも有名&新鋭のたくさんのアーティストがそれぞれに
ドラえもんをテーマにした作品を出品されていました。
なぜこんなに愛されているの、ドラえもん
私の心の中には、のび太もドラえもんもいないのに
「甘えちゃいけないのに」
( しりあがり寿クリアファイル)
ババーーーーン!!!
そうか!!!
気づきました。
どれだけ甘えたかったんやろう
どれだけ我慢してたんやろう
子どもの頃の私![]()
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のび太はいないことにしないといけなかったんだね。
甘えちゃいけないから。
そりゃなんでも頼んじゃうのび太を見たらムカつくよね。
いたいけ過ぎる子ども時代の私を発見![]()
この子がもっと元気になるようにしていこう。
自分の中ののび太成分をちゃんと認めていこう。
生身の人間が
しかも元来ゆるゆるな人間が
オスカル様をめざしちゃ、そりゃしんどい。
のび太がいたっていいじゃない
だって、人間だもの(みつを)
どうやったらいいかよくわかりませんが
とりあえずはドラえもんならぬフラペもんが
ポケットからひみつ道具を出し
高く掲げて
「全ゆる〜〜〜![]()
」
し続けてみます![]()
