子供を突然亡くした母親は生きる価値ありますか。 -7ページ目

子供を突然亡くした母親は生きる価値ありますか。

ある日突然長男を亡くした。交通事故みたいな病死もあるんだって。そんなの納得いくわけない。子供を亡くして4年。今私は笑っている。笑っているけど、ココロがない。あってはいけないと思ってる。

さんちゃんが、どんどんと親離れが始まり、
今日が手をつないでくれる最後の日かも...とか、
今日が隣で寝てくれる最後の日かも...と思うようになってきて。
親と一緒に楽しんでくれるうちにと、
ディズニーランドへ行った。
コロナ禍を幸いにと言ってよいとは思わないけど、
少なくともディズニーランドにおいては、
「幸いに」と言いたくなるほど、
どこもほとんど並ばずに入れて、
さんちゃんと手をつなぎ、
いつもさんちゃんの隣に座り、
パパはほぼ荷物もち状態で。
ちゃんと楽しんで来られた。

帰りのバスのなか、さんちゃんと話した。

前に来たとき、お兄ちゃんがいなくなってしばらくしてからで、苦しくて寂しくて、帰りのバスでは、
汗だくで寝ているさんちゃんを抱っこして、
声を殺して泣きじゃくったんだよね。
今もそういうのは全然変わらないのに、泣くことはなくなったよ。
さんちゃんも、膝の上じゃなくて、
しっかり一席使って座ってるしね。
「時間が経つ」って不思議だね。

そうかあ。


さんちゃんは、
お兄ちゃんのことで、泣いたこと1度もないね。


泣かないけど、なにも思わない訳じゃないよ。
夜寝るときとか、
もやもやしたり、きゅってなってりするよ。
でも、それを話すのはなんか違うんだよ。


そうなんだね。
いつか、さんちゃんが、
そういう心の話をたくさんできる人と出会って、
ここに来られるといいね。

うん。



どっちが大人かわからないような会話。

さんちゃんはさんちゃんでがんばってて、
なんかほんと、すごいなって
思った。

さんちゃんの親離れに
ママの心もちゃんとついていけるように、
がんばるよ。
ね、えいちゃん。
今日もよいお天気にしてくれてありがとう。

愛してるよ。
大好き。
もうすぐお彼岸だな。
お彼岸の集いはもう四回中止。
ご本尊の前で手を合わせると、
えいちゃんへつづく道の前にいるような気がして、
お墓参りよりずっとずっとえいちゃんに近くなるように思えるのに。

お墓も。
もう2年も10時-15時でしか開いてない。
なんのための時短なのか。
時短にしないと、どこでどれほど密が発生するのか
謎のまま。
お墓にいくと、今すぐ連れ出したい衝動と、
後悔と自己嫌悪で、
どうにもならないくらいいろんな感情で、
辛くてたまらなくなる。

えいちゃんにあいたい。
会いたくて会いたくて会いたくて。
苦しくてたまらない。
ずっとずっとずっとおもいつづけている。
さんちゃんが大きくなるほどに強く思う。

えいちゃんの成長も見たかった。
えいちゃんはどんな姿になってたんだろう。
あの、きれいにととのった唇や
筋のとおった鼻や
透き通るような細目の二重の目や
かわいらしい声や
少し癖のある髪の毛。
成長とともにどんなふうにかわっていったんだろう。

会いたい。
会いたい会いたい。
えいちゃんのいない世界なんてもういやだ。