山下泰裕さん
「人を育てる、人に育てられる」柔道を通して学んだこれからの生き方
と言う題目の講演会があった。
彼に対する率直な感想は、”飾らない人”だ。
いろいろな失敗、人に対して不実なことをするが、それをあえて隠さずに
「反省している」と言うことで話してくれたのは、
とても好感が持てた。
小さかった頃、どんな少年だったかと言えば、とってもやんちゃで
友達をいじめたり、暴力を振るったり、山下さんのせいで登校拒否児童が出たほどだったらしい。
そこで、親御さんが、彼に柔道を習わせる事にしたとか。
今回の講演の内容は、主に彼の人生で心に残っている先生の教え・・・であった。
少し挙げてみると
柔道をやる時の心構えは、文武両道である。人を思いやる・ルールを守る・協力し合うことが大事。
チャンピオンを目指すことだけを目標にしていてもダメで、柔道、はたまたスポーツで学んだことを
社会に出てから活かすことが大切である。(そう言えば、今年の世界バレー選手権のメンバーに中国からの帰化選手・小山修加さんがいる。中学までは走り高跳びの選手だった。17歳から須磨ノ浦女高(兵庫)の小笠原仁監督のもとでバレーをすることになったが、もともと個人プレーをしてきた彼女には、バレーの技を磨くことももちろんだが、それよりも礼儀から人に対する事、協力し合うことを教える事が最優先だったということを聞いた。基盤が同じでは!)
人は、一人では何も出来ないので、人を巻き込みながら行動するのが良い。一人だから出来ないといって何もしないのではなく
誰かが動かなければ、何も事は始まらないのだ。
一流と言われる人は、人の話をよく聞く。素直に聞く。そして自分はどうするのかを考えるのだ。そして自分の強さをひけらかさない。
このように、彼の先生から学んだ話を聞くことが出来た。
そして今の東海大学で指導している話もしてくれた。
学生Cさん、柔道部に所属しているのに、がんばろうと言う気持ちがなく、怠けよう怠けようと言う気持ちで参加しているような気がしていた。いつも彼に対して「やる気がないならやめろ」と指導していたそうだ。そんなある日、白血病の子どもが、A型の血液を探しているという話が飛び込んできた。早速、山下さんは柔道部の学生達に協力するよう要請した。その子どもの手術は、学生達の輸血と父親の骨髄移植等で成功し、退院までこじつけたそうだ。後日親御さんからお礼を言われた際に「学生Cさんが、しょっちゅうお見舞いに来てくれて、うちの子を励ましてくれたんです。」と言う話を初めて聞いたのだった。そこで、山下さんは、柔道部のみんなの前で、Cさんを前に立たせ、褒め称えたそうだ。その後彼は、以前の彼とは違い、練習にも気持ちが入り、卒団までしっかりと部活もやり遂げたそうだ。そこで気づいたのは、Cさんの事を知らないうちに煙たがって、しかってばかりであったこと。Cさんの一面だけを見て、悪いと判断していたこと。ロスオリンピック金メダル取得した山下さんの教え子が、どこそこの大会で優勝したという名声を取りたかった一心に指導していたと言うことだった。その後山下さんは、学生を指導する時にこの経験を活かした指導を心がけているらしい。
また、血液が足りないと言う話が来たとき、学生には協力を促しておいて、自分もA型だったにもかかわらず、「僕は先生だから、学生より偉いんだから、協力する必要は無い」と、見下ろす立場でいた事に後日気づき、とっても反省しているとか。
このように、大勢の人とのかかわりで、自分は良く変わって行ったし、間違えた場合には謙虚に反省しながら
柔道の楽しさを子ども達に教えて生きたいとの事であった。
講演後の質問コーナーで、ロス五輪の時に、①怪我をしていたが、棄権する選択はなかったのか、
②エジプ トのラシュワン選手は、山下選手の怪我している足を攻めたのか?この2つが出た。
まず前者の答えは、NO。なぜなら、オリンピックは、選手生命の中で1度きりのことだったりするから
死んでもいいと言う思いで望んでいたそうだ。後者の答えは、ラシュワン選手は、とってもフェアプレイであったそうである。実際、ラシュワン選手が試合後のインタビューで、「山下選手の足を攻めてれば勝てたのになぜ攻めなかったのだ?」と言う質問に「自分はアラブ人としての誇りがある。だから攻めなかった」と答えたそうだ。
そんなラシュワン選手との交流は、今も山下さんがエジプトで一緒に子ども達に柔道を教えるイベント等を行ったりと
友情は続いているそうだ。
今スポーツをやっている子ども達に、スポーツマンシップの心を教えている指導者はどのくらいいるだろう?試合の勝敗だけを重視し、勝てればどんな手を使っても・・・・ということも多いんじゃないかな~なんて思ったりすることがある。特に、サッカーの試合。ボールを純粋に追っかけるだけではなく明らかに足を引っ掛けたり、洋服をひっぱったり、大げさにころんだり。私の目には、勝てばどんなことをしてもいいのだ・・・・と言う精神が働いている様に見えて仕方ない。
う~~~んでもなア 、私もそれに近いこと、家でやってるし、ほんとはそんなに言える立場じゃないんだけど・・・・。
何って?
実は、疲れている時のことなんだけど
そーんなには疲れてなかったりするんだけど
「疲れた~~~~~~~~~~もうだめだ~~~~~~」なーんてオーバーに演技して
「今日は、ご飯作れないナ~~~」と、あえてリビングのにドッテッと横たわって弱音を吐くのは
やっぱりスポーツマンシップと言うか
マザーシップが欠けている・・・・・かもしれない。
さてそんな余談はさておき、最後に彼が締めくくった言葉は、「子どもに夢を持て!」「今の子は夢が無い」と言う大人は果たして夢を持っているのか?
夢を持てない子どもに対する責任は、大人である。大人のあなたも夢を持って、私と一緒に、人生のチャンピオン、金メダリストになりましょう!だった。
そんな私は、かなわぬ夢を持ち続け、家族からは”夢見る少女”じゃあるまいしと少し冷めた目で見られているのであった。