現在私は社会福祉法人の役員をしており、そこの特別養護老人ホームの入居者様は要介護3以上の方が大半です。認知症で何を言っても分からない状態の人や、排泄、入浴、着替えなどに全介助が必要な人にはなりたくないと一般の人は思うものですが、介護施設のケアマネジャーや生活相談員のみなさんと話していると、全く違った見方をしているのに驚かされます。利用者様の子どもの頃、20代の血気盛んな頃、恋愛、結婚、子育ての頃、仕事に打ち込んだ頃、60代・70代を過ぎ、年老いて今がある。この歴史が分からないと、認知症になった後の異常行動が理解できず、愛情が湧いてこず、心のこもった介護・お世話が出来ないと言います。私は20年近く前に福祉の研修でデンマークを訪問しましたが、その時も文化、歴史、風土について同じことを感じたので少し話をさせてください。

 デンマーク人の多くは、出生時に両親によって地元の教会に登録され、成人後も最高で給与の1.5%の教会税(税率は居住地により異なる)を支払うことをキリスト教以外の宗教を信じていても当たり前の義務と考えています。両親が強い信仰心を持っていないと、子どもが宗教を信仰するようになる確率はたったの3%ほどだといいますが、日本の次世代の信仰心はその位なのでしょうね。日本のように安定し、安全で温暖、生活保護等セーフティーネットの確立した場所に住んでいれば、神に助けを求め、守られたいと思うのは病気か死を意識した時位なのでしょうね(だから「葬式仏教」というのですね)。

 日本では、税金は「取られる」と表現しますね。しかし、税率は圧倒的にデンマークの方が高い。付加価値税(日本でいう消費税)は25%、所得税はおよそ40~50%の税率になります。しかし、デンマーク人は「取られる」と言わず、世界一の安心が享受できるなら喜んで払うと言います。医療費や大学までの教育費は無料、労働時間は週34時間、有給休暇も多く、国民は自分たちのお金の行先も理解しています。税金が高いので、収入の格差が世界でもっとも少ないと言われています。

 収入の格差が少ないほど近所同士の人間関係は良くなるとの調査結果も出ています。収入の満足度は一定の分岐点があるようで、デンマークの調査によると、日本円で約320万円以上のお金を得ると裕福にはなるが、人生の満足度は下がっていくといいます。心の機微に合わせ制度が設計されており、社会制度を信頼していれば自分の人生が窮地に追い込まれることはない。だから幸せな人生を約束してくれるこの国に喜んで税金を払うという気持ちになるのでしょう。

 心理学者マズローが提唱した「欲求5段階説」を思い出します。人の欲求は5段階あり、一つひとつの階段がある程度満たされないと次の段階へは行けないと言います。1段階目は「生理的欲求」で、食欲、排泄欲、睡眠欲など生きていくために必要な基本的・本能的な欲求です。2段階目は「安全欲求」で、身体の安全、健康、働くなど安心・安全な暮らしへの欲求です。3段階目は「社会的欲求」で、家族、友人、地域、会社などから受け入れられたいという欲求です。この3段階目までがデンマークではほぼクリアされているのです。本当にすごいですね。4段階目の「承認欲求」および5段階目の「自己実現欲求」は、がんばりたい人ががんばれば良い、みんなにそれを強いることはないよというのが、デンマークの制度設計なのですね。

 「少欲知足」(欲を少なく、満足する事を知るという意味)── これは仏教から出てきた言葉ですが、死んだら少しの物もお金も持っていけないのに、どうしてがつがつ取り合い戦うのか、お釈迦様が執着を捨てないと幸せになれないと言ったのは、どうもここにありそうですね。

 ある時、私がホームレスの人たちのために炊き出しをしていると、ある母親が子どもを連れ、足早に通り過ぎました。その時子どもに「あんたがんばらんとあんな風になるよ」と脅していました。私たちは、子どもが大人になり失敗することがあっても、誰かが助けてくれる「共助の心」を育てたいと炊き出しをしているのです。安心社会の中で「がんばれ」と、恐怖感満載で「がんばれ」と言われるのは、子どもの心に与える影響は天と地ほどの開きがあります。本来の福祉が日本に根付くのはまだまだ先の話になりそうですね。