近頃、あるプロジェクトのため(詳細は別の機会にて)群馬県に行く回数が増えています。


 群馬県の上毛地区は、愛知県の三河地区ほど製造業に従事する外国人は多くいませんが、三河地区の派遣会社と比べ経営者のモラルが低い傾向にあります。例えば、某重工メーカー(X社)を定年退職した社員が派遣会社を立ち上げ、元いた会社の後輩と関係性を築き、利権のように食い込んでいく。彼らは外国人を集めて管理するのは得意ではないから、少し気の利いたブラジル人に派遣会社を設立させ(設立もX社の元社員が行う)、下請で使う。二重派遣になるが気にしない。日本のルールを知らないブラジル人下請は、「200円抜き」と称し、人を集め管理するお駄賃として1時間当たり200円もらう。このシステムがつい5~6年前まで当たり前に成り立っていました。

 

 

 X社のOBは2~3次下請けに人脈があり、人材派遣の仕事を受注することは難しくない。日系人は仲間を集めることや管理は得意。コンプライアンスは頭のどこにもなく、今流行りのSDGsなどどこ吹く風というビジネスモデルですが、曲がりなりにもものづくりの世界は何とか成り立っていました。しかし、労働者として来日した日系人のみなさんも、時とともに歳をとります。寄る年波には勝てず、自動車部品会社のきつい仕事についていけなくなり失業、余生を過ごすことになりますが、そこで年金や雇用保険をかけていないことに気が付きます。ブラジルであればベーシックインカムのようなものがあり、最低保障や家族・親族のセーフティネットで老後は過ごせますが、日本ではそうはいきません。上毛地区の多くの日系ブラジル人やペルー人が、リーマンショック後の5~10年しか厚生年金を掛けていないのはそこに原因があるのです。メーカーも行政も人権団体までも、その問題について発言しようとはしません。出入国管理法改正後30年を経て、初期の入国者は50~60代になっており、自己責任というにはあまりに惨い現実がすぐそこまできています。

 

 図2の人口は外国人登録者数のみで、一世や二重国籍の人々は含まれていません。この人たちの内80%ほどが、最低限の生活保障の25年をかけていない現実。国を越えて出稼ぎに来て幸せになりたい一心で今までがんばってきた日系人のみなさん。これからの不幸を考えると、私は何もせずにはいられません。冒頭で述べた「プロジェクト」は、そんな彼らを孤立させない、新たな連帯を模索するものなのです。改めて私たちは人として生きて行く上で、いかに雇用のセーフティネットとコンプライアンスが大切か、身をもって知った歴史の現実でした。