• 09 Apr
    • 井上靖 『わが母の記』

      年をとるのはステキなことですわが母の記 (講談社文庫)/井上 靖¥500Amazon.co.jp5年ぶりくらいのご無沙汰です。まあ色々と、それこそ色々とありまして、職も住まいも変わりました。ぐうたらに無責任に生きておりましたが、親父が亡くなりまして、さすがにこたえました。私も今年四回目の年男になります。老けるにはまだ早すぎますが、先がちらほらと見えてまいります。ちなみに結婚には失敗しました。年をとる、というと、私にはすぐと思い浮かぶ歌が三つございます。ひとつは大黒摩季さんの「夏が来る」。冒頭に挙げました「年をとるのは素敵なコトです」という言葉はこの歌からです。もっともこの歌の場合は20~30代位の女性を指してるんでしょうが、なんとも素敵な言葉だと思います。なぜか現代では「年をとる」マイナス面ばかり言わることが多ございますが、そんなこたあない。この『わが母の記』にしたって、私には今の年齢になって読んでよかった、と思いますよ。年とってよかったとね。年をとることによって失うものもあるけど(それは不可抗力だから、若い人は揶揄しちゃあいけませんヨ)、得るものもいっぱいある。プラスマイナスどちらに傾くかはその人次第でしょうし、おんなじ人でも日によって変わってくるんでしょうね。もっとも大黒さんのこの歌では「素敵なコトです」が強がりにも聞こえるかも。どう捉えるかはまた人によるのでしょうけれどね。二つ目は斎藤茂吉のミュンヘンにわれをりし時小夜更けてほとの白毛を切りて棄てにきという短歌。「ほと」というのは、まことにスミマセン、陰毛のことでございます。私はこの歌を、中学生の時に、茂吉の次男である北杜夫さん――北さんも去年お亡くなりになりましたね。年月を感じます――のエッセイだかで知り、ずっと覚えていたのです。小さい頃に頭に入れたデータというのは断片にしろ、意外と残るものですよね。それはともかく北さんが言ったのかは覚えてませんが、頭に白髪ができる以上に「ほと」に白髪ができるのは老いを感じちゃうんだそうで、私の場合は、これまた汚い話かもしれませんが鼻に白い毛を見つけた時におんなじ思いをしました。頭髪なら若白髪ってもんがあるでしょう? だからまだ「年とってない」と理屈つけれるんですが、頭髪以外だとやはりこたえますね。俺も年とったなあ、なんて。(「ほとの白髪」には別の解釈もあるそうで、興味ある人は調べてみてください)三つ目は江戸時代の禅僧、仙厓和尚(1750年~1835年)の「戒老偈」というやつでして――これは歌ではありませんかね――、皺がよる ほくろができる 腰まがる頭ははげる 髪白くなる手は震う 足はよろつく 歯は抜ける耳は聞こえず 目はうとうなる身に添うは 頭巾、襟巻き、杖、眼鏡たんぽ、温石、しびん、孫の手くどくなる 気短になる 愚痴になる心は歪む 欲深くなる聞きたがる 死にともながる 淋しがる出しゃばりたがる 世話やきたがるまたしても同じ話に 子を褒める達者自慢に 人は嫌がる という、身も蓋もないものですが、こういうのがあるのです。先ほど「俺も年をとったなあ」なんて偉そうに書きましたけど、こういうのを読むと、私もまだまだ若造ですね。生意気言っちゃあいけませんね。長々と書きましたけれど、実はこの三つ、これが私がこの本『わが母の記』を読んだ感想および読み取った内容を表しているからなんです。この本は井上先生のお母様、ご家族の実際をを描いたエッセイとも小説ともいえる作品です。井上靖の本を読むのは、恥ずかしながら、実に三十数年ぶりです。最後に読んだは『後白河院』か『蒼き狼』か、いずれにせよ中学生高校生くらい。後白河院 (新潮文庫)/井上 靖¥420Amazon.co.jp蒼き狼 (新潮文庫)/井上 靖¥704Amazon.co.jp私が「俺は文学青年だ」なんて威張ってた時です。三十数年ぶりに井上先生の文章に接しましたが、実に読み易く、またしっかりした文章をおかきになる人だったんだなあと。ちょっと上から目線な感想をもっちゃいましたけど、昨今そうでない文章に多く接したからなんでしょう。母が点訳をやっていて、しょっちゅう文章の意味とか文法とか聞いてくるもんですから、自然と「点訳しやすいか、しにくいか」という観点で呼んじゃってるのかもしれません。ぐいぐいと、というよりすっと引き込まれてしまう。力強く引き付けるよりやさしく誘ってくれる、少なくともこの本ではそうでした。そして冒頭の大黒摩季さんの歌詞の一節になるんです。私はこの歳でこの本に出会えて本当によかったと。少年時代出会っていたら、それはそれでまた貴重な体験でしたろう、けれど私には今、この歳で読めたのが、大げさに言えば運命的なものを感じました。偉そうなことを言えばこの本は私ら以上の世代の人にこそより深く味わえるものなんじゃないかと。いや、もっと乱暴に言えば、私らの世代、40後半~60前半くらいの人にこそ一番ぴったりくるんじゃないかと。本当に乱暴なことを言ってますが、これもあくまで個人的な感想ですよ。最初の部分ではお父様のこと、その死のことが書かれておりまして、これは先年親父を亡くした身には、それを引きずっている自分には、実にこたえました。「私は父によって死から守られていた」という一節がありますが、確かにそうですね。(年齢にもよりますが)親が死ぬということは「死」がはっきりと一歩自分に近づいてきたことを感じさせます。祖父母の時とは違う。そして母親がまだ生きているこの時点では「まだ半分死から守られている」。メインはタイトル通りお母様のお話です。エッセイとも私小説とも言える三つの短編からなってます。近く映画も上映されますが、映画ほどドラマチックな展開はありません。とはいえ、私も予告編を見ただけなんですが。自分の母親が呆けていく様を描いている、その描き方が扇情的でもなく、突き放してもなく、描いている。先に挙げた「戒老偈」ではないけれど同じ話を何度もする、ってとこから始まります。「戒老偈」ほどひどくはないですけれどね。個人的にはお母様が嫁のいる息子たちの家ではなく、夫がいるいないはあるけど娘たちの家で面倒を見てもらいたがった、てとこが興味深かったですね。ウチの父方の祖母もそうでしたから。少しわかる気がします。しかし、やはり寂しくもありますね。自分を産み育ててくれた母親が老いてゆくのは。ウチの母はまだかくしゃくとしておりますが、それでも70代。孫がいるんで、やっぱり私ら子供たちも「おばあちゃん」とよんでます。そう考えると自分も年をとったなあという寂しさが、コレ最初の「ステキなこと」と矛盾するかもしれませんが、寂しさがあります。単純なステキでなく複雑なステキさですよね。母の姿は鼻毛の白髪やほとの白髪以上に自分の年を感じさせてしまうものですね。オマケ私が買った本には巻末に年表と写真が数葉載っています。井上先生はお母様そっくりですよ!

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  • 27 Jun
    • 秦健日子 『推理小説』

      アンフェアなのは……俺だな 秦 建日子 推理小説 今回はちょっと辛口で。 夏目漱石の作品には強い女性、恐れないヒロインがしばしば登場しました。いや、ほとんどの作品のヒロインがそうであるのかもしれません。『草枕』の那美、『虞美人草』の藤尾や『三四郎』の美禰子など主体的な生き方をする「新しい女性」が有名ですが、『それから』の三千代、『行人』のお直など「家」に取り込まれた主婦も、どうしていざとなるとものおじしません。むしろ男の方がうろたえている。もっともおとなしい(と私が思っている)『門』のお米ですら、過去の過ちに追いつかれようとして怯える夫の横で、静かな寝息を立てている。それは夫から何も知らされていないからなのですが、恐らく知らされたとしても彼女は夫ほど悶々とせず、逃げるなり立ち向かうなりの行動をとったのではないかと思います。それほど漱石が見る女性は現実への適応能力がある。 *実は藤尾はきつい性格ではあるけれど、弱い女性です。実際は社会的に弱い立場にある女性――昔の話ですよ――が、強者の男性よりも強い面を持っている。実はこれ、男性ゆえの恐怖なのかもしれませんね。未知への憧れと恐怖。 戦後靴下と女性は強くなったと言いますが、フィクションの世界においても、漱石が昔描いたような、主体的に人生を切り開く女性が多数登場しました。彼女らはやはり魅力的で人気があります。漫画でも、華奢とはいわないが、どう見ても筋肉のあまりついてない女性がしばしば怪力を発するものがある。「火事場のクソ力」は女性の方が強いと言うけれど、危機一髪でなくても常に強い女性が描かれています。 まあ、男性が強く女性が弱いというのは、あまりにもベタなんでしょうかね。 本作は『推理小説』というタイトルにかかわらず、推理小説ではありません。ミステリを何冊か読んだ方なら簡単に見破られる、過去にも数例ある●●トリックと犯人。作中「フェアかアンフェアか」という問題も語られ、ヴァン・ダインの十戒やロナルド・ノックスの二十則も(名前だけ)出てきますが、さりとてミステリが内包する矛盾を描いたものでもありません。それに、それならすでに東野圭吾さんの優れた作品があります。 東野 圭吾 名探偵の掟  名探偵の呪縛 ミステリとしてはアンフェアでも犯罪者の、あるいは人間の心理として自然だ、との記述も出てきますが、それも付けたしの観が否めない。それにこれもまたドストエスフキイが『罪と罰』で見事に描ききっています。 ドストエフスキー, 工藤 精一郎 罪と罰 (上巻)  罪と罰 (下巻) 無差別殺人が行われ、主人公の関係人物にまで魔の手が伸びるか? という部分もありますが、ドキドキハラハラのサスペンスとも言えません。ドキドキハラハラとはこういうのを言う。 ウイリアム・アイリッシュ, 稲葉 明雄 幻の女 何とも中途半端な作品です。本作は後にドラマ化されたのですが、ドラマの原作というよりも、先に書かれてはいるものの、ドラマのノベライズと言った方がしっくりきます。 つまり内容が薄っぺらいのです。手軽に読めるのはよいのですが、せっかく用意した設定をいかしきっていない。 私は本作を読んでしばしば既視感を覚えました。 ・エキセントリックなヒロインと、それに振り回される常識的な(つまり小物臭をただよわせた)男性 ・読者への配慮が欠ける、お手軽な文章 そうです。最近読んだ『涼宮ハルヒ』シリーズです。 つまりこれはラノベ(ライトノベル)とは言わないまでも、キャラクタ小説なのです。 冒頭申し上げた漱石が描いた女性の強さとは異なる、パワフルかつエキセントリックなヒロイン、雪平夏見(ゆきひら・なつみ)――この凝ったネーミングもラノベっぽいと言える――は確かに魅力的です。篠原涼子さんが演じてみたいとおっしゃったのもうなずける。役者ならこういう矛盾を抱えたキャラクタは演じてみたいと思うでしょうね。ロバート・デ・ニーロは『レナードの朝』の主演を熱望し、ジャック・ニコルソンをはじめ多くの名優が『カッコーの巣の上で』で見事な演技を披露しました。 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント レナードの朝 ワーナー・ホーム・ビデオ カッコーの巣の上で *雪平夏見がサイコであるという意味ではありません。個性的なキャラクタは多くの名優を惹きつけるということです。念のため。 日常生活ではだらしなく、事件に対しては精力的というのも初期のホームズを思わせます。 つまり「名探偵」の条件にバッチリ。 しかし、ここでも難を言えば、彼女を「無駄に美人」とか、すばらしいプロポーションと書いたのは、まさに「無駄なこと」だったと思います。「美人」というのは一番陳腐な形容ですよね。篠原さんも、読者も、彼女のアクティブさに惹かれるのであって、それを通じて美しいと思う。彼女の強さも弱さも、そしてその生き様も、すべてひっくるめてかっこいい、美しいと感じる。その点ではすごいと思う。主人公の存在感はすごいと思います。 「美人」と書かなくても美しいと思うのですから、「美人」というのは余計な表現。 きついことを言えば安っぽい。 また、作中人物が発した 「読者が本を選ぶのではなく、本が読者を選ぶ」という旨の言葉がありますが、実はこの作品こそが、表現の至らなさで読者層を狭めている。 例えば大物芸能人として浜崎あゆみさんの名前が出てくる。浜崎あゆみと誰々が結婚しないかぎり話題独占云々という文章があるのですけれど、これもまた先の「美人」と同じく、安易な例えですよね。秦さんはテレビ界のお人だし、出版社もそちら側の人間だからスルーしたのでしょうが、失礼ながら浜崎さんは全世代に知られているわけでもないし、その人気の寿命も読めない。単に「大物芸能人」とすればすむ。他にも同じような例は数箇所あります。 星新一さんは風俗描写を避けた。それはショートショートという特殊なジャンルゆえの配慮かもしれません。それでも星さんのおっしゃるように「風速描写は腐りやすい」。今をときめく芸能人や人気のテレビ番組も、五年十年もすれば注釈抜きではわからなくなる。もちろん浜崎さんがそうだと言っているのではありません。そうでないとも言えませんが。だから少し気を利いた人なら、このような描写は避けるはずです。 風俗描写が必要ならばともかく、文脈から見ても必要がない。単に配慮が足りないだけなのです。 まあ、こんな具合に『ハルヒ』シリーズと同じく限られた読み手に放った文章をつづっているんですよ。 要するに書かなくてもいいことを書き、書かなければならないことが書いていない。それに正直な話、「強い女性」と「おとなしい男性」には食傷気味です。今後も出てくるでしょうが、恐らく漱石の描いた女性のような魅力は感じないでしょう。 ドラマは未見ですけれど、恐らくかなり面白いでしょう。秦さんが文章で書くことができなかったあれやこれやを見事に表現するでしょうから。 アンフェアなのは安全なところからアレコレ言っている私かもしれませんね。

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  • 29 May
    • 澤口たまみさん

      ここ一ヶ月、朝一時間早起きして、天気のよい日は出勤途上近所の公園に立ち寄ることにしています。ベンチに座って、朝の空気と光に触れ、時には本を読んだりします。こんな柄にもないことを始めたのは、先日紹介いたしました澤口たまみさんの本を読んだためです。 澤口さんは岩手県にお住まいの、生き物のお好きな作家さんであり、お母さんであります。そして私たちと同じブロガーさんであります。本書は澤口さんがご自身のブログ『たまむし日記』から60編を採択し、若干の修正を加え、一冊にまとめたものです(本書「プロローグ」より)。『たまむし日記』のURL→http://moon.ap.teacup.com/tamamushi/ 以前ご紹介しましたように、澤口さんは生き物に対してとても優しいまなざしをもっていらっしゃいます。これは本書のタイトル『虫のすむ家 雑草の庭』からもうかがえます。虫や雑草は、とるに足らない存在として扱われることが多い。虫が入ってきたら排除し、雑草が生えてくれば引き抜いてしまう方もいることでしょう。そんな彼らを文字通り住まわていせる澤口さんの目はどんな小さな生命もとらえ、その心は彼らのメッセージを受け取り、そして私たちに伝えてくれます。もちろん虫や雑草ばかりでなく、そのまなざしは犬や猫、鳥、園芸植物といった私たちに近しい生物、そしてご自身のお子さんをはじめとする子供さんたち、そしてお母さん方にも及んでいます。「虫が好き」というと「変わり者」あるいは「人間嫌い」というイメージを抱く方がいらっしゃるかもしれません。中には『コレクター』という映画を想起される方も。確かに私は多少虫好きで傲慢な人間は嫌いですが、世の中、虫も嫌いで人間も嫌いな方もいれば、両方とも好きな方、人間好きで虫嫌いな方などさまざまで、そこは他の事物が好きな方と変わらないと思います。ただ、失礼ながらえらそうな事を申しますが、虫も生き物である以上、虫好きな方は生き物が好きな方となるわけです。そして世間の評価として「生き物が好き」=「優しい」というのもある。ということは虫好き=生き物好き=優しいという評価が下せるであろうことを付け加えさせていただきたい。ちょっと強引だけど。*ここでいう虫は昆虫ばかりでなく、やまと言葉の虫、「ミミズだってオケラだって」の虫と解釈願いたいさてさて虫好きにこだわりすぎてしまいました。本書は先述しましたように虫や草の話ばかりでなく、お子さんのお話やご自身の子供の頃や若き日の話、旅行記、そして郷里岩手県の偉人である宮澤賢治のことなど多岐にわたっています。ご自身の「ずぼら」も包み隠さず書いていらっしゃる。犬や猫を飼ったことがある方、飼ったことがなくてもお好きな方はきっと本書を読んで心温まる、また胸つまされる場面が多かろうと思います。またお母さん方は子育てや家事の描写にうなずかれることでしょう。私が冒頭柄にもない話をしましたのは、本書に収められた賢治の話に影響されたからです。本書4話目「光の子ども」では朝の光をあびるお庭の話から賢治の話へとつながり、そして賢治の言葉を受けて人間の場合、光や風をエネルギー源にして、養分を作り出すことができるとすれば、それは心の栄養にほかなりません。(18ページ)と述べていらっしゃいます。私はこの言葉に非常に感銘を受けました。いわば「賢治流光合成」あるいは「澤口さん流光合成」と呼べるこの考えに触れたときに、陳腐な表現ですが、雪が日の光に当たったように、私の中の何かかたくななものが溶けてゆくのを感じました。それ以来雨の降らない日には早朝近所の公園に行き、朝の空気と光に触れています。南北を大通りに区切られたこの公園は「ビジネス街のオアシス」として近所の人々にも親しまれているとか。早朝のことゆえ車も人の通りもほとんどありませんが。私はこの公園で朝の光を浴びながら、多量の排気ガスの中辛抱して立っている木々たちに感謝し、時折通りかかる人々と挨拶を交わし――「おはようございます」という挨拶は、他のどんな言葉よりも交わしやすいものですね――時にはお気に入りの本を読みます。『たまむし日記』もそうしたお気に入りの一つであることは言うまでもありません。

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  • 26 May
    • 美川圭 『院政―もうひとつの天皇制』

      私のミッシングリンクがまた一つ埋められた 美川 圭 院政―もうひとつの天皇制 私はヘンリー5世を中心に英仏百年戦争からばら戦争、テューダー朝あたりまでのイングランドの歴史を追い、機会があれば紹介しているのですが、現在ばら戦争で足踏み状態です。われわれ日本人になじみがないものをどうやって紹介すればよいかを悩んでいます。百年戦争ならジャンヌ・ダルク、テューダー朝なら「青ひげ」やトランプのキングのモデルであるヘンリー8世、『王子と乞食』のエドワード6世、カクテル「ブラッディマリー」にその名を残すメアリ1世やかのエリザベス1世と有名人があまたいるのですが、その谷間であるばら戦争は。リチャード3世がもっとも有名になるのでしょうか。彼は日本で言えば吉良上野介のように、芝居のイメージが実在を上回り、ずい分損をしている人です。 一つ考え付いたのがキングメーカー(国王製造人)という言葉をとっかかりにできないかな、ということ。キングメーカーは歴史用語であるとともに、現在でも政界や財界の実力者に使われる普通名詞でもあります。ゲームの好きな人なら『プリンセスメーカー』という作品をご存知でしょうか。このタイトルも、製作者が意図しているかどうかはともかく、キングメーカーを想起しますね。 院政。この言葉もキングメーカー同様、歴史用語であるとともに、現代でも長老政治の代名詞として使われています。 歴史上では白河天皇が譲位し、上皇となって政治を始めた1086年に始まり、以後鳥羽、後白河、後鳥羽4代の専制期(正確に言えば平清盛の傀儡であった高倉院政があって、後白河院政を中断している)、鎌倉後期の制度化された院政が続き、後醍醐天皇の親政の後は形骸化し、断続的に江戸時代まで続きました。最後の院政は尊号事件で松平定信とやりあった光格天皇の1817年~1840年です。彼は明治天皇のひいおじいさんにあたります。そう思えば、ずい分最近まであったわけです。 中学では白河が上皇となってから、高校ではその前の三条天皇の親政から、それまでの摂関政治から院政へ移行したと学びます。しかし、考えてみれば白河以前にも上皇となった人はたくさんいたわけです。上皇となれば院庁と呼ばれる、上皇をお世話する役所が作られ、何名かのお役人がそこで働きます。この院庁と「院政」の院庁とどう違うのか。また摂関家が衰退した原因が、天皇に就ける外孫を設けることができなくなったからだ、というのが一般的な説明ですが、その後も摂関は続き、大きな権力を振るっているわけです。歴史というのは人の営みの積み重ねですから、よほどのことがない限りそれは継続であり、断続ではない。教科書のような線引きは、問題をある程度明瞭に捉えることはできますが、深く考えようとすると疑問がどんどんわいてくる。本書は、そんな疑問にほぼ完全に答えた傑作でしょう。特に白河院政を詳しく分析し、その成立過程をわかりやすく説明しています。50年近くも院政をしき、「天下の三不如意」賀茂川の水・双六の賽(さい)・山法師はどうしようもならぬ、つまりそれ以外は意のままであると豪語したと伝えられる白河上皇。望月の歌をよんだ藤原道長や「朕は国家なり」のルイ14世を彷彿させますが、果たして彼らのような権勢を誇ったのか、どうか。結論を言えば、院政とは王家(中世日本の院政を行う上皇を家長とした天皇家を、それまでの、そして近世以後の皇室と区別して王家と呼ぶ)と摂関家の妥協の産物であり、妥協したがゆえに摂関家は勢力を減退させ、王家へと権勢が移っていったのです。院政期の話題で避けて通れないのは荘園と武家ですが、これらも史料を丹念に追い、一般に流布したイメージとは異なる像を映し出してくれます。摂関家への荘園の集中、普通これは摂関の全盛期、道長・頼通父子の時代がもっとも盛んであったと語られますが、実はそうではなく、院政期に王家に対抗するために荘園の集中が始まり、王家、摂関家による荘園争奪戦みたいなものが行われていたそうです。鳥羽以降の記述は、残念ながら事件を追うばかりといった観がいなめませんが、それでも保元・平治から平家の政権には、一般に流布した軍記物のイメージを覆す解釈が施され、非常に興味深いものです。土地制度、王家、公家から見た武家政権の成り立ちが語られ、自分が今までいかに軍記物やそれを題材にした解説書、小説、ドラマなどに影響されていたかがわかり、正直恥ずかしかったです。特に私の印象に残ったのは清盛の福原遷都です。通常平家政権の失敗は平家の公家化、摂関家の猿真似で語られることが多く、頼朝は在地武士の利益を代表する存在に徹したから「新しく」、清盛はそれらを考慮しなかったから「古い」とされています。実はこの見解には長年疑問を抱いていました。いつか詳しく語りたいのですが、簡単に言えば、結果からのやや強引な見解ではないかなと思っていたのです。本書はそのような私の長年の疑問に答えてくれた本であり、また、私にとって長年不明であった摂関から院政へのミッシングリンクを埋めてくれた本であります。そして物事は常にいろいろな角度から見なければいけないという大切なことを痛感させてくれた本でもあります。

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  • 24 May
    • 小林多喜二 『蟹工船』

      プロ文の傑作小林 多喜二 蟹工船・党生活者 小林多喜二と『蟹工船』は、プロレタリア文学の代表として国文学および日本史の教科書に必ずと言ってよいほど載っています。恐らくほとんど全国の中学生・高校生の目に触れ、耳に入っている名前です。 そしてその際作品よりも多喜二の生涯が、正確に言えば多喜二の思想と死がいつも語られています。 こばやしたきじ 【小林多喜二】(1903-1933) 小説家。秋田県生まれ。「1928 年 3 月十五日」でプロレタリア文学の旗手として登場。「蟹工船」「党生活者」など労働運動・革命運動の現実を書いた。地下活動のさなか、官憲の手で虐殺された。 [ 大辞林 提供:三省堂 ]作家の生涯が作品と絡めて語られることはよくあります。太宰治や三島由紀夫など、その生涯や思想が好んで語られる作家ですね。それでも彼らはたくさんの著作があり、作家=作品というとらえ方はされない。それが多喜二の場合、若くして死んだことから著作がすくなく、また共産党活動をしていたこと、そしてセンセーショナルな死とあって、作品を独立して語られることが少ない。かく言う私も色眼鏡で見、相当敷居の高い作品だと思っておりました。 高校時代にはとてもじゃないが読む気にならず、初めて読んだのは大学を出てからです。「プロ文(プロレタリア文学)のプロはプロパガンダのプロだ」なんてうそぶく友人もおりました。かの太宰治も、プロレタリア文学を評して「無理な、ひどい文章だ」と語ったことがあります。(太宰の指摘はまことにごもっともなのですが、彼自身党活動を支援し、転向してしまった。彼にとっては活動支援というのはファッションのようなもので、このせりふの背景にはそういった自分を恥じる意識があるのだと、勝手に思ってます。)確かに主義主張を押し出すあまりに、人物描写、場面描写が形骸化することはよくあります。現在でもそのような書籍が多く見られます。しかし作品を読まずにあれやこれや言うことのなんとむなしいことか。太宰は作品を読んでの発言ですが、太宰ファンだった高校生の私は、太宰の文学評を聞いて、食わず嫌いになっていたのです。一度でも本作を読めばそれがいかに愚かなことであるか、はっきりとわかります。本書はプロ文の本来の特質である現実主義に徹した文学です。実際にあった事件をもとに、新聞社に勤めているという立場を活かして十分に取材し、ただ単に事実を羅列することなく、劣悪な労働環境にいる人々を見事に描いています。これは共産主義をうたった作品でもなければ、資本家や当時の支配層を告発した作品でもありません。人間を描いた作品です。タイトル通り蟹工船「博光丸」――オホーツク海に蟹漁に出向き、水揚げし、船内の工場で缶詰に加工する船が舞台であり、登場人物の全天地となっています。さまざまな事情から期間労働者として集められた人々は「糞壷」と呼ばれる狭い空間に住居し、会社の代表である淺川監督から文字通りこき使われ、リンチされ、生きながら殺されつつあります。主人公といえる中心的なキャラクタはおらず、時折名前が出てくるものの、それで識別できるような人物は監督である淺川意外は皆無といってよく、糞壷に住居する群集全員が主人公といってよいでしょう。資本家の手先(なんて書くとプロパガンダ文学めいてますが)である淺川たちは船の上層で清潔かつ豊かに過ごし、労働者達は船の下層で不潔に暮らしています。その不潔さや、彼らの無学さも無骨な文体でリアルに描かれています。また彼らの交わす会話を通じて、当時の工場や鉱山での様子も語られます。私は本作以前に夏目漱石の『坑夫』――これは漱石には珍しくドキュメンタリータッチの作品なのですが――を読んだのですが、それが牧歌的に思えるほど、悲惨な状況が語られています。夏目 漱石坑夫*とはいえ、決して『坑夫』は牧歌的な作品ではなく、これはこれでシビアな内容です。また朝日新聞に移る前の漱石はしばしば社会問題を取り扱った作品を書いております。正直申しまして彼らの不潔さと無学、そして無知には時折軽い嫌悪を感じます。何の楽しみもない彼の性欲というのも大変であって、雑夫として乗り込んでいた少年達を、お菓子などでつってその捌け口にするなど、読んでいてやるせない場面もいくつかあります。淺川を恐れ憎みつつも、アメとムチを使い分ける(といってもムチが圧倒的なのですが)手法に簡単に乗せられる。護衛として付き従う海軍の駆逐艦、そこに掲げられる日の丸。それらを見て頼もしさを感じたりする純朴さも持ち合わせている。つまり彼らは私達と変わらぬ人間なのです。私が彼らに軽い嫌悪を覚えるのは、私が清潔かつ健康的な環境に充足しているからであって、現在でも劣悪な環境で働いている人は少なくないでしょうし、そのような人々の有様は本書の彼らとそう変わりはないでしょう。私達は本書に何を見るか。プロ文とか、共産主義とか、各種お題目を取り払って何を見るか。そのような意味で本書は文学を読むとはどういうことかをも私達に教えてくれる作品です。

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  • 23 May
    • 谷川流 涼宮ハルヒシリーズ

      角川に望むこと (各画像がアマゾンへのリンクです)シリーズとして現在出ている9巻までを読みました。受賞作である1作目『涼宮ハルヒの憂鬱』に比しうるのは、4作目の『涼宮ハルヒの消失』くらいでしょうか。ただこれもSFでは定番のネタ、人気の仕掛けを用いているのですから、個性あふれる1作目には及びません。正直に申しましてシリーズ化は無理があったと思います。量産できる作家さんではないと思います。これは私の想像ですが、谷川さんには初め続編の構想はなかったのではないでしょうか。1作目の終わり方からも、主要人物の一人である古泉一樹(こいずみ・いつき)の設定からもそれがうかがえます。かわいそうに彼は2作目以降はいてもいなくても同じ扱いとなりました。かつて(現在も?)少年漫画の格闘もので、敵の強さのインフレという風潮がありました。主人公の成長にしたがって、敵がどんどん強大化してゆくのです。そしてかつての敵は仲間となり、強くなった主人公の前座に落ちぶれるというパタンもよく見られました。古泉に与えられたポジションがまさにそれで、2作目以降は単なる解説役に落ちぶれてしまいます。9作目まで見ても彼の活躍の場はほとんどありません。無理なシリーズ化の最大の犠牲者が古泉でしょう。また漫画との比較になってしまいますが、人気作がその人気ゆえに連載を終了できず、ずるずると長引く例が過去現在たくさんあります。このハルヒシリーズもそんな印象を受けます。受賞作である1作目、これは秀作でなかなか面白いのですけれど、それを大々的に売り出し、かつ長期的な売り上げを確保するためにシリーズ化をする。そのためにどんどん内容が薄くなってゆく。私は、谷川さんは短編向きの作家さんだと思います。ファンの間で評価の高い4作目『涼宮ハルヒの消失』にしても、分量的には1作目よりも短く、この作者の欠点である冗長な表現を削れば中篇となるボリュームです。短編は秀作と駄作が入り混じっています。これも無理な量産のためでしょう。ネタがなくただキャラクタのどたばたを描いているものも少なくありません。シリーズの後半になればなるほどだれた表現が目立ち、読むのがつらくなってきます。1作目のキャラクタ設定が破天荒なゆえにキャラクタに人気が出、それゆえに同じキャラクタを使わざるを得なくなった。これは不幸なことではないでしょうか。角川に望むことは、無理な量産を強いて才能をすり減らすのではなく、じっくりと育てること。安易なキャラクタ人気に頼ることなくストーリーで勝負してほしいことです。今回かなりえらそうなことを書きました。不快に感じる方がおありかと思いますが、私なりの愛着の表れということご了承を。

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  • 16 May
    • 谷川流 『涼宮ハルヒの憂鬱』

      キョンと言っても鹿の仲間のキョンではありません 谷川 流, いとう のいぢ 涼宮ハルヒの憂鬱 諸書によれば「おたく」という言葉はコラムニストの中森明夫さんが1983年に使ったのが最初だそうです。その定義は人によってかなりの幅がありますが、最大公約数的なものを述べれば俗に、特定の分野・物事を好み、関連品または関連情報の収集を積極的に行う人。狭義には、アニメーション・ビデオ-ゲーム・アイドルなどのような、やや虚構性の高い世界観を好む人をさす。 ・ 漫画― 〔補説〕 多く「オタク」と書く。二人称の「おたく(御宅)」を語源としエッセイストの中森明夫が言い始めたとする説が有力。1980 年代中ごろから用いられるようになった →マニア [ 大辞林 提供:三省堂 ](下線引用者) ということになりましょうか。異論は多々あると思いますが、普通の辞書に載っている解釈ですので、ご年配の方々を含めた一般的な見方ではないかと思います。そして事象は言葉に先行するものであります。ならば、ガンダムの第一作を題材にした漫画を読めば当時の声優さんの声が脳内で自動再生される私は、オタク第一世代といってもよいでしょう。私の周囲の人間も同じ解釈のようです。ところがいつの間にか私は時代に取り残されておりました。「萌え」という言葉に拒絶反応をし、アニメ絵を見れば避けて通るようになりました。簡単に言えば若いオタクさんたちと話が合わないのです。アメーバーヴィジョンなどに投稿されているその手の動画も苦手です。これではいかん。なんとか社会復帰せねば。なんてことを思いましてね。「社会復帰」という言葉がふさわしいのかどうかは怪しいのですけれども、本当にそう思ったのだからしょうがありません。アニメ絵に拒絶反応があるというのは損なことです。表紙やイラストが漫画チックなものが多くなって久しいのですから。見た目で判断してしまうと、名作傑作を逃してしまうことに。とうことで今話題の(と書いてる時点で私は遅れているのか?)『涼宮ハルカの憂鬱』を入手。初めてライトノベルというものを読みました。ライトノベルがオタク文化に属するかどうか、これまた多々意見がありましょうが、imidas等でそのように分類されているので世間一般にはそうなのでしょうし、私もそう感じます。ライトノベルラノベと略される。漫画・アニメ調のキャラクターをカバーイラストや挿画に用い、その魅力が商品力の少なからぬ部分を担っている小説のこと。漫画・アニメ・ゲーム分野の潮流をくみ、そのような人物設定や世界観を用いているところに内容的な特徴がある。(中略)ラノベは一般の文芸に対して低く見られているが、ラノベ出身の直木賞作家も数人出ている。〔imidas2007より 下線引用者〕実にわかりやすい説明であります。欲を言えば「ラノベ出身の直木賞作家」を挙げていればもっとわかりやすかったでしょう。そして下線部の観点からすれば、本作はまさしくライトノベルの王道を行っていると言えるでしょう。漫画・アニメ・ゲーム。その中でも特にゲーム、それもいわゆる美少女ゲームをやったことがない方、あるいは苦手な方には本書は読みづらいかもしれません。ええと、私はそれらに抵抗がないので十分楽しめましたよ。ヒロイン涼宮(すずみや)ハルヒと語り手であるキョン(これはあだ名で、本名は最後まで不明です)のキャラクタになじめるかどうかが大きな分かれ目です。ハルヒは本文でも書かれているようにはなはだエキセントリックな性格で、幼稚かつ自己中心的であります。加えて美人(本作の女性キャラは全員美少女なのですが)。実はこの手のキャラクタは決して特殊ではなく美少女ゲーム定番です。対するキョンは受動的。周囲の状況に心中突っ込みは入れます――それもかなり饒舌な突込みを入れますが、ハルヒの行動に振り回されてばかりで、主体的に行動することは滅多にありません。実はこれもゲーム世界では普遍的なのです。ほとんどすべての美少女ゲームに共通しているといってもよいのですが、プレイヤの分身である主人公はゲーム世界の中で女性キャラクタの言動を受けて自分の言動を選択してゆきます。女性キャラの行動を待たねば物語が進まないからであります。(これまた異論はありましょうけれども)キョンはまさにゲームの主人公的なニュートラルなのです。その無個性さゆえに語り手となりうるのです。地の文における彼の饒舌さもゲーム世界そのままで、ゲームでは主人公の一人称視点で語られることが多く、周囲の状況に一人で突っ込み(時には一人でボケとツッコミの両方をやることも)ます。本名が不明だというのもゲームの主人公と同じ無個性さを象徴しています。キョンの、ひいては物語のゲーム的性格がもっとも顕著にあらわれているのはその会話においてでしょう。彼の台詞はしばしばカギ括弧でくくられずに書かれています。しかしそれが心の中のつぶやきかと思えばそうではなく、他の人物がちゃんと言葉を返しています。作者が意識的にしたことなのか、はたまた無意識なのかはわかりませんが、この仕掛けはすぐれてゲーム的であり、ゆえにゲーム世代の読者は物語に引き込まれてゆくのです。本書の評価が二つに分かれるのもこういった物語の性格にあります。私は他のライトノベルを読んだことがないのでわかりませんが、実は上記の事柄はライトノベルには多く見られるものなのかもしれません。たとえそうであるにせよ、すぐれた仕掛けであることには変わりはありません。物語の前半はお約束なキャラクタがお約束なドタバタを演じて過ぎてゆきます。ハルヒとキョン以外のキャラクタも美少女ゲームに出てくるものばかりなので、作中でハルヒ自身がそのようなキャラクタを集めた(あるいは集まった)と言っており、ここでも自己突っ込みが見受けられます。正直私には前半はつらいものでした。このままダラダラで終わるのならば、私のオタク社会復帰は無理だろうと感じましたね。ところが後半で物語りは変貌を遂げます。そのゲーム的な性格は相変わらずなのですが、主役、つまり主体的なキャラクタであるハルヒの立ち居地がまったく反対になってしまうのです。彼女の性格は相変わらずのままなのに、です。クライマックスでは彼女が狂言回しであったこと、ゲームでいうところのプレイヤの位置であったことがわかり、逆にキョンが登場人物物語を引っ張るのです。この逆転が本作のスニーカー大賞(角川主催のライトノベルを対象とした文学賞)を受賞した理由であり、人気の理由でしょう。そして見事なことに世界観が逆転してもそのゲーム的性格は変わらず、むしろ強まっているのです。これはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』あたりから描かれてきたのですが、観察者のいない世界は存在が不確か(かもしれない)であり、観察者の中心である自己が認識しうる世界が現実であるというもの。世界の中心は自分であり、自己の変革により世界が変わるというもの。ゲームはまさにそうですね。ゲーム世界に存在するすべてのキャラクタ、すべての施設はプレイやの分身である主人公のために準備され、主人公次第で変わってゆく。このように申しますと先述した受動的な主人公キャラクタと矛盾していると思うかもしれませんが、主人公は世界を観察し、それを受けて行動し、その主人公の言動で世界も変わってゆくということです。私はネットゲームをやったことがないのでわかりませんが、一人でやるロールプレイングやアドヴェンチャー、シミュレーションゲームではそうです。本書がアニメ化され深夜枠で放送、そこで大きな人気を得たのは、上記imidas定義での優れたライトノベルの証明でしょう。

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  • 10 May
    • 金城模 『マンガ 嫌日流』

      *お断り 今回の記事に関しては複数の方に内容が適切かどうか判断をお願いしております。それゆえ内容の変更または記事全体を削除する場合もあります内容をあれこれ言う前に、出版社に問いたいことがたくさんある 金 城模 マンガ嫌日流 今回はレビューではありません。本書の内容はアマゾンや他のブログ等で多くの方がレビューを書いておられる。しかし、私には内容よりもなんで本書を出版したのかが問題だと思うのです。 扱うのはマンガ。マンガは別ブログで語っているのですが、本書は以前扱った『マンガ 嫌韓流』に関連したものなので、こちらにも載せました。本書の出版元は『マンガ嫌韓流』と同じ晋遊舎。てっきり『嫌韓流』のブームに便乗した他社からの出版だと思っていましたので、びっくりしました。 本書の最後に「出版社からのお知らせ」として、出版理由が書かれています。少し長くなりますが、以下に全文引用いたします。 出版社からのお知らせ最後まで本書にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。読者の皆様はどのような感想を持たれたでしょうか? いろいろなご意見があると存じますが、まずは「事実誤認が多すぎる」と思われたのではないでしょうか? 事実、本書で紹介されている「歴史の事実」は、明らかな誤りや勘違い等が散見されます。事件や出来事の解釈も、日本人の感覚からは受け入れ難いものばかりといっても過言ではないでしょう。 「ではなぜこのような本を出版するのか? いったいどんな意義があるのか?」と疑問に思われるかもしれませんが、小社は次のような理由で本書の出版を決意いたしました。 キム氏は本書の第1話でも述べているように、『マンガ嫌韓流』を読んで、その反論として『嫌日流』を描いたと公言しています。他の日本の出版社がどこも扱わないのであれば、『マンガ嫌韓流』を出版した小社が引き受ける「義務」があるのではないか、韓国側にも反論の機会を与えるべきではないかと考えました。また一般の韓国人がどのような歴史観、対日観を(誤った認識を含めて)持っているのかを知る上で、またとないテキストになりうるのではないか、とも考えて最終的に本書の出版を決断しました。本書が読者のみなさまの日韓関係に対する理解をより深めていただくきっかけに、さらには日韓友好の一助となれば幸いです。 株式会社 晋遊舎(『マンガ 嫌日流』291ページより 下線引用者) 確かに私も読んでいて正直申しまして不快に感ずる部分はありました。 しかし繰り返しますが、本書の内容云々は問題ではありません。日本にも歴史事実を誤認した説もあり、本もあります。どんな内容であろうと主張するまたは出版するのは自由です。 私は本書の内容よりも本書を出版した晋遊舎に不快を感じざるを得ません。 確かに『嫌韓流』の派生物ではあるでしょう。しかしあえて出版する必要を少しも感じません。本書の内容すべてが韓国人の多数意見かどうかがまずわかりません。先述したように韓国、日本、中国、アメリカ、ロシア、、、どこの国でも唯我独尊的ナショナリズムの主張・書物は存在するのです。 もし韓国人の多数の意見を本書が反映しているとしても、出版する意義をかんじません。引用部に書かれているように、本書の内容はお粗末なものです。「反論の機会を与える」のであれば、もっと上質なものを紹介すべきでしょう。 あるいは著者である金氏が出版を打診してきたのかもしれません。それでもこのような紹介のされ方を著者が望んだでしょうか。 *誤解がないように書き添えますが、最終ページ以外はおそらく手を加えずに出版されています。明らかな事実誤認に対しては欄外に註をつけていますが。 著者はわざわざ「日本版特別あとがき」といいうマンガを書き下ろして最終章として付け加えているのです。主張の是非は読者が決めることで、わざわざ出版社からお知らせしてもらわなくても結構です。この日本版を、「出版社からのお知らせ」を、著者は、そして韓国の読者はどう思うでしょうか。 本書に対する正直な感想は、『嫌韓流』の縮小再生版である、というものです。 ですから『嫌韓流』の欠点が如実に出ております。 かつて私の友人に、このような暴言(?)を語った者がおりました。 「推理小説なんて所詮はフィクションさ。犯罪トリックを考えるのも作者なら、それを暴くのも作者。最初から犯罪者と捜査官が馴れ合っているのさ」 確かに皮肉な見方をすればそうでしょうね。だからと言って創作の苦しみが減るわけではありませんが。 『嫌韓流』、本書、その他類書の内容ははまさにこの友人の言う「なれあい」です。作中何度も議論がなされますが、反論する側も作者が書いているのですから、結果はおのずから決まっているのです。きつい言い方をすれば自論を補強するためのまやかしの議論に過ぎません。 誤解しないでいただきたいのは、「だからだめだ」と申しているのではないのです。自作自演の反論であれ、調べられる限り公平に描いているのでしょうから。 しかし読者が本書を読んで嫌悪感を覚えるとすれば、それは『嫌韓流』にその責任があるのです。同じ手法でやり返されたのです。その質の高低の差はあるでしょうが、同じ手法なのです。 つまり、私が言いたいのは、出版するのであれば著者と出版社側の、あるいは著者と『嫌韓流』の著者との対談を設けるなど他の方法でなすべきではなかったか、と言うことです。 今回の出版は失礼ながら出版社の自己満足、一部読者への迎合としか感じられません。

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  • 09 May
    • 武田邦彦 『環境問題はなぜウソがまかり通るか』

      最大の欺瞞は「地球に優しい」「環境に優しい」というコピーだろう お詫び今回は特定人物のマイナス評価をしております。このような姿勢、話題がお嫌いな方は「続きを読む」をクリックしないでください。最近言い訳ばかりだなあ…… 武田 邦彦 環境問題はなぜウソがまかり通るのか なんとも刺激的なタイトルであります。環境保全というのは今や人類の最大課題の一つといってもよいでしょう。個人から市町村、国家、はては国際スケールにいたるまでさまざまな取り組みがなされています。そういった流れに警鐘を鳴らすタイトル。思わず手に取ってしまいました。実を言えば私はこのような姿勢には常に好意を抱いております。世の大勢にかかわらず自分の正しいと思うところを主張するというのは勇気と忍耐がいるところであります。例えば凶悪犯罪が起こるたびに罰則の強化が叫ばれますが、それに動ずることなくずっと死刑反対を訴えている方、逆にマスコミなどのバッシングにあっても被害者遺族の気持ちを訴え続ける方。立場は異なれ、一事の風潮に流されることなく辛抱強く活動を続けてゆくさまには尊敬の念を抱かずにはおれません。かつて日本が真珠湾を攻撃し、アメリカ世論が一気に開戦やむなしに傾いたときにもあくまで戦争反対を訴えていた人々がおりました。彼らの主張の是非はともかく、反対意見が主張できることは民主主義の根本原則であり、反対意見に耳を傾けることもまた民主主義社会の大切な原則なのではないでしょうか。しかしこの本を読むのには苦労をしました。私が環境保護を推進しているから、読みたくなかったのではありません(私は観光保護推進派でも反対派でもありません。個人的にごみが増えるのがいやで、それなりに工夫しているだけです)。読解力が不足しているのかもしれませんが、ともかく読みづらいのです。アマゾン等のレビューで高い評価を受けていますが、私にはそうは思えません。*アマゾンのレビューでも低い評価がいくつかありました。最初に表示される、最新5件だけを見て判断していました。申し訳ありません。ですから皆様も本書のレビューをチェックされるには、すべてに目を通すのがよろしいかと思います。著者の武田さんがこの本で主張されたいことはタイトルどおり。しかし、こうした地球にやさしいはずの環境運動が錦の御旗と化し、科学的な議論を斥け、合理的な判断を妨げているとしたらどうだろうか。環境活動という大義名分の下に、人々を欺き、むしろ環境を悪化させているとしたら――。(本書3ページ Introductionより)そしてこの問題定義通り、国家や企業は「環境活動という大義名分の下に、人々を欺き、むしろ環境を悪化せせている」ことを、ペットボトルのリサイクル、ダイオキシン報道、地球温暖化問題など個々の例を挙げ、説明されております。マスコミの報道が偏っており(あるいは不正)、特定企業・団体に利益を誘導するシステムになっており、既得権を守るために政府は法を作り、国民を欺いているというのです。まことにショッキングなことです。私たちが善意から行っている行動のほとんどが騙されている、踊らされているというのですから。さて読者である私たちの多くは素人であります。専門家である武田さんがおっしゃる事にうなずかざるを得ません。武田さんも素人である読者のためにわかりやすく図表や例を挙げて、説明を試みていらっしゃいます。私が読みづらさを感じたのは実にここなのです。それほど多くはないのですが、図表のいくつかに出所が記されておりません。たしかに私たちは素人ですが、重要なデータは検証したいと思う方も出てくるでしょう。だのにいくつかでそれができないのです。もっともひどい例はごみの分別をやめた地方公共団体の紹介で、「長崎県の海沿いにある伝統のある市」としか書いていない。なぜはっきり書いていないのでしょうか。理解に苦しみます。またグラフの読み取りが明らかにおかしな記述がいくつかあります。そして例やたとえになるとわかりづらく、これはおかしいな、と思わざるを得ないのがかなりあります。どうやらかなり思い込みの激しい人物らしいぞというのが私の武田さんにたいする正直な感想です。例を挙げましょう。JR東海が流した「東京と大阪間を飛行機で行くのに対して、新幹線を使えば二酸化炭素の発生量が10分の1になる」というテロップの欺瞞を暴くのに、こう説明されています。確かに単純な燃料消費なら10分の1になるだろうとした上で、しかし新幹線はレール、橋、トンネルなどの設備設置および維持、安全点検のために人件費等費用がかかるとして、欺瞞であると結論付けているのです。ここで武田さんはJR東海の欺瞞を暴くという正義感に燃えすぎで、航空機にも同じように設備設置と維持、安全点検の費用がかかることを忘れてしまっています。これはあまりに片手落ちというものです。これは武田さん、および彼の著作を読んだ方々の主張する「指定ごみ袋、マイバッグの方がレジ袋より環境に負担がかかる」にも言えます。これも上記のように本書には文章の記述だけですまされています。しかし、素人の私が考えても、レジ袋がすべてごみ袋として再利用されるわけではないのですから、一枚当たりの資源消費、製造コストなどの安易な比較では結論の出るものではないでしょう。本書ではいくつか大切なことも書かれております。例えばペットボトルのリサイクルの現状、ダイオキシン騒動における報道の無責任などは私たちも十分注意すべきでしょう。それでも武田さんの思い込みの激しさゆえに、踏み込みが足りないものもまたかなりあります。地球温暖化にたいしては「北極・南極の氷がとけ、海面が上昇する」という報道および世間の思い込みに過剰に反応しすぎています。確かに北極の氷がとけて水面が上昇することはない。私はそのような報道がされたこと、そう信じている人が多いことは知らなかったのですが、例として引いている朝日新聞の紙面こそ小さくて見えないものの、年月日を明記しており、また武田さん自身の教え子さんの例も書かれておりますから、そうなのでしょう。しかしそれをいつまでも引っ張りすぎなのです。さきほどの新幹線の例と同じで、そのことばかりを問題視する。せっかく「南極周囲の海面は年々低下している」という事実を国際機関のデータを示しながら、科学的にわかりやすく説明しているのに、それを発展させることなくデータ提示で終わっている。あまりにも中途半端。このように読者自身が危機感を感じる重要問題は中途で放り出し、わかりきっている世間の誤解をくどくど繰り返されたのも、読むのをしんどくさせたのです。結論を言えば、本書は見るべき主張はあるものの、全体としてトンデモ本といわざるを得ません。そして残念なことに、本書はある人々の錦の御旗と化しています。おそらくこれは武田さんの本意ではないでしょう。本書は各種ある仮説の一つに過ぎないのです。

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  • 03 Apr
    • すばらしい女性を見つけた!

      春です。まだ冷たい風が吹き、冷え込みもしますが、春が来ました。野に山に美しい花開く季節。なんてがらにないことを書きましたが、俺は草花の名前はほとんどわかりません。『シートン動物記』『ファーブル昆虫記』は読んだけれども、「~植物記」というのには出会わなかったなあ。好きな花は? ときかれたら「ラフレシア」と答えています。 ラフレシア【(ラテン)Rafflesia】 ヤッコソウ科(ラフレシア科)の植物。ブドウ科植物シッサスに寄生し、葉はなく、花は世界最大で直径約1メートル。花びらは5枚あり、多肉で黄赤色。開花すると悪臭を放つ。雌雄異花。東南アジアのジャングルにまれにみられ、1818年に英国のT=S=ラッフルズが発見。 [ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ] 「悪臭」というのは腐肉のような臭いで、花の色もなんとなくそんなイメージですね。その臭いで花粉媒介者であるハエをおびきよせるのだそうです。なかなかインパクトのある花です。こんなふざけた答えをするのは、「花の名前をあまり知らない」というコンプレックスゆえ。ですから花に詳しい人には尊敬してしまいます。花屋にいくといつも店員さんにいろいろな名前を教えてもらってもいます。 椎名 誠 蚊學ノ書 話はすこし変わるけれど、ぼくは草や花の名前を沢山知っている女性と野道などを歩くとドキドキする。「あっ、うれしい。あそこにヒメオドリコソウがありますわ。ムラサキケマンとハルノノゲシもある。本当に春なのねえ……」などと言いつつ野道を歩いていく女性というのはいかにもひたむきな日本の女、というかんじがして魅力的である。(椎名誠『蚊學ノ書』29ページ)まったく同感であります。花に詳しい男性と野山を歩くとただただ感心しますが、女性と歩くとドキドキしてしまうのであります。その伝でぼくはせめて蚊にくわしい男になりたいと思っているのだ。「あっ、いまここのところを刺しているのはセスジヤブカですよ。あっ、その隣にきたのがネッタイシマカでこれはデング熱の仲介をするというので恐れられています。いやあしかし本当に夏が来たんですねえ……」などというのもなかなか個性的で男らしいではないか。(同書29、30ページ)これまた大いに同感です。蚊でなくとも、野山にある何かに詳しくなりたい。名前を知れば、そのものたちとの距離が縮まり、自分の世界が広がるではないですか。普段は見向きもしない雑草でも、たとえばオオバコとかギョウギシバなど、名前を知ると見る目が違ってくる。俺は蚊には詳しくなく、アリやハチなら次々と名前を挙げることができるのですが……「あっ、今あなたが踏みつけそうになったのがクロオオアリですよ。その横のやや小さいのがクロヤマアリ。あなたがさっきもたれかかった木にはトビイロケアリがいましたよ。小さいから首筋から入ったのにお気づきにならなかったでしょう。春が来たんですねえ……」ではロマンがないではないか。個性的ではあるが、男らしくはない。ロマンや男らしさ、女らしさはともかく、春になるとたくさんの虫が出てきます。小さな子供さんは虫や花が好きです。甥っ子が小さいころ、散歩に連れてゆくたびにタンポポやダンゴムシを「お母さんにおみやげ!」とポケットに詰め込もうとするので苦労しました。「ポケットに詰め込んだら、潰れてしまうがな。手に持っときなさい。それはダンゴムシとちゃう、ワラジムシ。くるっと丸まらへんやろ? 虫は逃がしてやろうな。こんどちゃんとケースを持って来よう」しかし母親とは偉大なものですね。甥っ子が持ってくるそれらの「おみやげ」を「ありがとう~」と笑顔で受け取る妹。ダンゴムシだろうがミミズだろうが平気で受け取ります。昔はキャーキャー言ってたのにな。 月刊 かがくのとも 2007年 04月号 [雑誌] ここに出てくるお母さんはすごい! 小さなみなちゃんが庭で見つけた虫の名前を次々と教えてくれるんです。ダンゴムシにワラジムシ、ゲジ、ヤスデ、ハサミムシ、アゲハの幼虫……。ジクモを恐がるみよちゃんに「へいきよ、 おかあさんが ちいさかったころは こうして てのうえに クモを のせて あそんだのよ」(12ページ)とおっしゃる。すごい! すばらしい! 椎名さんではないが、こんな女性と野山を歩いたらドキドキしてしまいます。いや本を読んだ時点ですでにドキドキでした。いいなあ。こんな女性と暮らしたいなあ。俺はアリとハチだけなんだけれどね。著者は澤口たまみさん。応用昆虫学専攻。付録のブックレットにお写真がありましたが、きれいな方です。俺も子供のころはよく虫をとってきて、誉められたり叱られたりしたものでした。今でも忘れられないのは、コカマキリの卵を取ってきたはいいが、しまいっぱなしにして、そのうち忘れてしまって。春になって壁一面に孵化したばかりの小さな小さなカマキリたちがびっしりと並んでいたこと。掃除機で吸い取る母に泣きながら抗議したものです。もちろん抗議は無視され、小さな命を奪う結果になった管理能力のなさを怒られました。そうです、虫を持ち込んだことを怒られたのではなく、放りっぱなしにした無責任を怒られたのです。もちろん虫が好きな人もいれば嫌いな人もいるでしょう。不潔な虫もいれば危険な虫もいますから、子供の無邪気さにいつもニコニコしてはいられないでしょう。しかしただ毛嫌いしているのでは、本当は何が不潔で何が危険かはわからないもの。そして子供は大人の反応に敏感なものです。願わくは世のお母さん方よ、虫を好きにならずとも、拒絶はしないで。美しい花も小さな虫も、俺たちと同じように春を待ちわび、出てきたのだから。

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  • 19 Mar
    • 渡部昇一 『ドイツ参謀本部』

      歴史を動かした個人と組織渡部 昇一ドイツ参謀本部 いまだに根強い人気がある田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』。個人的にはオーベルシュタインやルビンスキー、トリューニヒトといった策士が好きですが、物語世界におけるボリュームからすれば、やはりラインハルトが第一でしょう。彼のモデルは複数あると思うのですが、ナポレオンを連想する人が一番多いのではないでしょうか。歴史を動かした個性として。田中 芳樹銀河英雄伝説〈8 乱離篇〉歴史もまた現代社会と同じく多数の人間の集まりであり、それが一個人に左右されることなどめったにない。現代の日本で総理大臣がかわっても、われわれの暮らしが劇的に変化することはない。これは民主主義社会だからというわけでなく、例えば徳川将軍も、その個性が際立っていたのは初代の家康をのぞけば5代綱吉と8代吉宗くらいで、あとはやはり「誰がやっても同じ」で、血筋が正しければよく、できれば馬鹿より利口がいい、といった程度でした。*慶喜については保留。私にとってはクレオパトラと同じくらいの評価。「クレオパトラの鼻が短ければ、大地の全表面が変わっていたことだろう」とはパスカルの言葉でありますが、しかし彼女がやったことは自分の王国の滅亡を多少引き伸ばしただけで、むしろカエサルやアウグスツスこそが彼女の人生を変えたと言えます。じゃあカエサルがいなければローマはどうなっていたのか。ナポレオンがいなかったら歴史はどうなっていたのか。この「たら、れば」は非常に難しいです。実際彼らは存在したのだから。それでも多くの人がこのイフにチャレンジしています。その中でもっともよく見られるのは「彼がいなくても、彼に代わる存在が出てきたであろう」というもの。半村良さんの『戦国自衛隊』はそのSF的解答であります。 半村 良 戦国自衛隊 ナポレオンがいなかったら、おそらく複数の人物がナポレオンがやったことを成し遂げたかもしれません。 そのように考えざるを得ないほど彼の存在は巨大でした。つまり天才でした。 そして天才というのはめったに存在するものではありません。 ナポレオンに敵対した国々の中で、負けっぱなしだったのがオーストリア(ハプスブルク家)、最後に巻き返したのがプロイセンでした。プロイセンの巻き返しは、天才に対抗した一人の秀才から始まります。 その名はシャルンホルスト。 渡部昇一さんの『ドイツ参謀本部』は、ナポレオンの天才に対抗したシャルンホルストと彼によって始まったドイツ参謀本部の歴史です。 シャルンホルストは、しかし、ついにナポレオンに勝利することはありませんでした。それでも彼はフランス国民軍の強さの秘密、ナポレオンの強さの秘密を分析し、天才という個人に対抗する組織を作ってゆきます。そして彼の教え子たちはナポレオンを打ち倒すのです。 そしてプロイセンは近代軍事国家としてよみがえり、ドイツ統一の中心となり、世界大戦でその生命を終えます。 歴史、人間の所業というものは面白いもので、成功よりは失敗が、勝利よりは敗北の方が何十倍もその人なり国家なりの教訓となります。敗北から相手を熱心に研究し、作られた組織、参謀本部。しかし一度勝利するとその初心を忘れ、徐々に硬直化してゆくさまが見事に描かれています。 ハノーファーとう外国(ドイツ北部にあった国家)の平民出身であったシャルンホルスト。彼の軍人としての実績とその理論にプロイセンは破格の待遇でスカウトします。しかしそれは強大な敵に打ち破られていたからであって、彼の唱えた国民国家軍隊は、ついにプロイセンには生まれませんでした。彼のリベラルな思想は受け入れられることがありませんでした。 このシャルンホルストという人物、およそ軍人らしからぬ風采上がらぬこの個性的人物、当時『銀英伝』をよんでいた私は、真っ先にヤン・ウェンリーを思い出しましたね。 シャルンホルストの教え子には『戦争論』を著したクラウゼヴィッツがいます。彼の『戦争論』もまた、ナポレオンと同じくらい後世に影響を与えました。 カール・フォン クラウゼヴィッツ, Carl von Clausewitz, 清水 多吉 戦争論〈上〉  戦争論〈下〉

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  • 26 Feb
    • アンデルセン 『即興詩人』

      傲慢なで幼稚ナショナリズムよ、さらば! アンデルセン, 大畑 末吉 即興詩人 上 (1) アンデルセン, 大畑 末吉 即興詩人 下  岩波文庫 赤 741-2 ヘッセの『春の嵐』について書こうと思ったのですが、たまたま岩波文庫の次のサイトを見かけ、哀しい気持ちになりました。 ふたつの"即興詩人"-アンデルセンと森 鴎外 (1997/10/29改) しかしながら即興詩人は,童話集の名声に隠れ,いまでは故国デンマークでもほとんど顧みられない作品となっています。それは,この物語がロマンティックではあるものの,単純で,話がうまく出来過ぎており,登場人物の性格が一面的である,など所詮通俗小説の枠を出ないものであったからと考えられています。 そんな中,唯一日本でのみ,即興詩人はアンデルセンの代表作の一つとして,広く名が知られ,読みつがれてきました。本書を愛し,明治25年から足かけ10年にわたり苦心の翻訳を続けた森 鴎外がいたからです。 アンデルセン=童話作家。小説家としては二流。 それはまあよしとしましょう(ホントはよくない。後述)。確かに『即興詩人』はロマン主義文学であり、ご都合主義的な展開が目立ちます(とはいえ、十分楽しめる内容ですよ)。しかしですよ、「故国デンマークでもほとんど顧みられない」とか「唯一日本でのみ~読みつがれてきました」「森鴎外がいたからです」(ご丁寧にもサイト上では太字になっている)という嘘を言ってはいけません! まずアンデルセンは、デンマークでは童話作家という範疇におさまる存在ではないのです。国民的詩人でもあるのです。確かに彼は生涯156編の童話を書きました。創作童話というジャンルを確立したのも彼です。まさに童話の王様といってもよい。ですが彼が最初に名声を得たのは紀行文学であり、そして詩人、小説家としてでした。現代でも彼の詩は愛されています。日本では15年ほど前に全集が出ましたけれども、彼は10編の小説も書いています。その代表作が『即興詩人』ですが、現在でも文庫本で簡単に入手できる『絵のない絵本』も童話ではなく小説といえますし、童話集の中でも『氷姫』のような小説といってもいい内容とボリュームを備えたものもあります。彼自身、自分の「童話」を子供だけでなく、大人向けにも発表したと言っております。この「鴎外がいたからだ」という論調、実は鴎外の時代からずっとあったのです。原作を超えた翻訳だだから、デンマークでもすたれたものが日本では人気があるのだ。。。馬鹿を言ってはいけません。これは西洋に追いつき追い越せの時代の、勇み足的な認識。幼稚なナショナリズムの表れ。どこの国へ行っても、英語でもフランス語でもドイツ語、スペイン語、、、でも『即興詩人』は面白く、人気を博したのです。そして読みつがれているのです。誤解しないでいただきたいのは、私は鴎外を貶めているのではないのです。彼がドイツ語訳『即興詩人』から苦労して訳出した作品を、貶めているのではないのです。私は鴎外という作家は大好きです。もちろん鴎外自身がこのような認識を持ったのでないことはわかります。つまり岩波が悪い!それに現在、『即興詩人』は鴎外訳よりも大幡末吉さんの新訳のほうが読みやすいし、読まれています。とはいえ、『即興詩人』がアンデルセンの代表作、という認識はあまりないでしょう。日本ではやはり童話の王様。彼の代表作は数々の童話でしょうね。珍しく断言してますが、上記のことは数十年前からアンデルセン研究家、北欧文学者たちが言っていることなのです。だのに、私が高校時代に持っていた文学史の教科書でも、岩波と同様のことが書いてありましたし、1997年というつい最近になっても、岩波のサイトにこんなことが書いてある。数十年も前の文章論調を鵜呑み丸呑みにして書いているからこうなる。いったい原作を超える翻訳とはなにか。どんな観点で比べるのか。デンマークでのアンデルセンの文学的位置を調べたのだろうか。外国での『即興詩人』の売れ具合を調べたのか。鴎外は、もちろん優れた文学者です。それでいいではないか。彼を引き下げて我の優位を語る、そんな幼稚なことをなぜやめないのか。数十年もほったらかしにして、丸写しを繰り返す岩波に、猛省を求む。 ちなみに私は大畑さん訳より、鴎外訳の『即興詩人』の方が好きです。

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  • 13 Feb
    • 土居良三 『幕臣勝麟太郎』

      誰にでもペーペーの時代があった 青池 保子Z ツェット 1 (1) 私がペーペーという言葉を知ったのは青池保子さんの『エロイカより愛をこめて』においてでした。 主人公の一人であるNATO(北大西洋条約機構)情報部エーベルバッハ少佐には26名の部下がおりまして、合理化のために(?)本名やコードネームでは呼ばず、「部下A(アー)」を筆頭にドイツ語のアルファベットで呼んでおります。で、一番の下っ端、ペーペー(ルーキーと呼んではいけません。少佐に怒られます)が部下Z(ツェット)。 以来彼は冷戦が終わって新連載が再開された本日に至るまでずっとペーペーのままです。いつまでもフレッシュであります。 でも誰にでもペーペーの時代はあったんですよね。ツェット君は彼を主人公とした漫画『Z Ⅲ』で 「少佐にもペーペーのころがあったんだなあ」 なんて言っておりますが、無理もない。彼にとって少佐は鬼の上官であり、尊敬する人物なんですから。 私も子供のころは自分の親や教師に子供時代や青春時代があったなんて、なかなか考えられませんでした。 現在、私の生徒たちも同様に、私にそんな時代があったなんて想像もつかないらしいです。歴史においてもしかり。私たちは結果をすでに知っていますから、高所に立った判断ができてるような錯覚に陥ります。 敗戦という結果になった日米戦争と秀吉の朝鮮征伐。開戦前、および戦争初期に果たしてどれくらいの人々が戦争に反対したのか。戦後「反戦を唱えていた」と述べたり書いたりした人々のうちどれくらいが。 戦勝に終わった日清・日露もしかり。 その日清戦争で開戦前から戦後もずっと反戦をとなえていたのが勝海舟です。 ところで結果からしか見れない、というのは歴史上の人物にも当てはまります。 歴史上の著名人でも幼少年時代のことはめったに記録に残っておりません。私たちは伝記や小説などでその人物のイメージをつかみますが、これはその人物が大成したからこそ作られたフィクションでありますから、その多くが成人後の姿を逆透視しているのは避けられないでしょう。勝海舟というと、どうしても彼が功成り名を成し遂げた後の『氷川清話』や『海舟座談』、そして子母澤寛さんの小説、それに基いたドラマや映画などのイメージが付きまといます。 もちろんそれらの中でも海舟、若き日の麟太郎は苦悩しているのですが、やっぱり我等凡人とはどこか違う、何か一枚隔てているような感じを、私は長らく持っておりました。 麟太郎の無名時代、当時の彼の肉声が残っているものがあります。 彼が若き日に貧苦にあえぎながらも蘭学を修め、当時買いたくても変えなかった蘭和辞書「ヅーフハルマ」を、1年かけてすべて(それも二部! 後にそのうちの1部を売ってお金にしました)筆写したのは有名なお話です。 筆者とはいえ、ただ書き写すだけではないのです。インクも自分で作り、紙もインクがにじまないように工夫しました。コンビニでコピーできる今の時代を見たら、さぞうらやましがったでしょうね。苦労して写したヅーフ・ハルマ。その筆者本の最後に 、「この学問が後世役に立つかはわからないが云々」といったようなことが書あれております。 壮年~老年の彼からは考えられない弱気ですね。このような生の声を聞けるのはやはり当時の日記や手紙でしょう。土居良三さんの『幕臣勝麟太郎』では海舟の若き日―といってもペリー来航後、30を過ぎて幕府に認められ始めた時期―の足跡を、手紙のやり取りや関係者の日記などから丹念にたどっております。 海舟はペリー来航によって幕府が幕臣のみならず諸大名、庶民にまで求めた意見書によって初めて幕府に知られます。彼の意見書の先見性のゆえに。 そして長崎海軍伝習所に学び、咸臨丸で渡米し、帰国後しばらく海防から遠ざかってはいましたが、やがて神戸に海軍操練所を作りと活躍してゆきます。この本ではその神戸海軍操練所あたりまでを扱っておりますが、メインは咸臨丸渡米まででしょうか。 ここに見られる海舟は、現代の我々の想像とは異なり、わりと神経質であります。長崎海軍伝習所では、蘭学を修めているゆえ、言葉には不自由しませんでしたが、数学にはかなり苦労したようです。また生徒監という立場上、庶務的な仕事も多く、それがうっとおしいと愚痴を述べた手紙も引用されています。 船を運航するにはさまざまな学問を学ばなければならないんですね。だから海軍士官は理数系がむいているらしい。で、海舟はどちらかといえば文系。 もっともこの海軍伝習所で日本人は初めて近代的な学問―理数系に出会ったわけですから、無理もない話。それでもどこの世界にも例外や天才というのはいて、すでに和算を修めていた小野友五郎は近代数学をあっという間に理解し、微分積分も軽くこなしたというから驚きです。 海舟は3年半以上長崎で伝習を受けました。 これまた後年の彼の傍若無人なイメージからすると驚くのですが、この時期、彼は実に周囲に気を配っております。 理数に弱く、船にも弱く、悪天候でも船を出してしまうなど、およそ近代の海軍軍人の資質にはふさわしくない彼でしたが、教官たちの評判はすこぶるよいものでした。といっても彼がゴマをすっていたわけではなく、きちんと分をわきまえ、師として尊敬していたから。そしてやはり彼の視野の広さを教官たちが認めたからでしょう。 たとえば散歩の効用などを教官から聞くと、早速自分もステッキに方位磁針をつけて散歩をします。そのよ9うな素直さ、学問を修めようという真摯な態度が認められたんでしょうね。 海軍伝習所の教官ペルス・ライケン、同じく教官で後に海軍大臣、外務大臣になるカッテンディーケ、そして咸臨丸に同乗したブルック大尉。また、この本には出てきませんが、幕府瓦解のおりのイギリス公使であったパークス、日清戦争時の清の政治家であった李鴻章(り こうしょう)。彼らはいずれも海舟を高く評価しました。 こうして彼と友人の手紙のやり取りを見てゆくと、彼がさまざまなプレッシャーの中で押しつぶされまいとしてもがく姿がありありとわかります。ひがんでみたり、泣き言を言ったりと、後年の彼の姿からは信じられない弱さが見えてきます。 勿論、親友とのやり取りだからこそ、自分をさらけ出しているのでしょう。その弱さを、外に見せていないことは、彼の上司や外国人教師などの残した証言、記録等でわかります。 それでも、悩みもがく海舟の姿は私には新鮮でした。少年時代は海舟みたいになりたいと励んできたものの、その差は埋められるはずもなく、ただただ彼をスーパーマンのように仰ぎ見た私にとって。 彼が残した手紙は、時代をこえて、私たちに多くのことを語りかけてくれています。土居 良三 幕臣勝麟太郎 付記 それにしても昔の人はまめですね。海舟が蘭和辞典を二部筆写したことは有名ですが、手紙類なども自分の手元にコピーを残していたようです。海舟に限らず、吉田松陰などもそうです。当時の人々が苦労をいとわなかったからこそ、今の日本があり、そして今の私たちが当時を知るすべが残っています。

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  • 04 Feb
    • 谷口健治 『バイエルン王国の誕生』

      分裂から統合へ。。。そおいう流れが是なんですね、現代も 谷口 健治 バイエルン王国の誕生―ドイツにおける近代国家の形成 羽合町(はわいちょう)。鳥取県の中央部にあった、人口8000人ほどの町。町の住人の方々には失礼ながら、地図当て遊びや地理の授業のネタによく使いました。なにせ「ハワイ」ですからね。 「あった」と申しましたのは、2004年10月に近隣の町と合併したためです。現在は湯梨浜町(ゆりはまちょう)の一部。それでも温泉や学校などに名をとどめております。姉妹都市はハワイ州。。。なるほど。 しかし、再び住人の方には失礼ながら、地図から羽合が消えたことは残念ですねえ。 「今週末、はわいに行ってくるよ~」 と言うボケが使えなくなりました。残るは宇佐くらいか。 「今週末、ユーエスエーに行ってくるよ~」 USAよりUSJに聞き間違えられそう。。。 平成の大合併もひと段落着きました。まだまだ揉めているところはあるようですが。 『三国演義』の冒頭にもありますように、歴史を見ても人は分裂と合併を繰り返し繰り返ししております。18世紀末~19世紀、ヨーロッパでは革命が相次ぎ、「国民国家」が形成されます。それまで貴族や王様なんてものはあちこちに領地を持っていた。それも飛び飛びに。人種民族なんて関係なく、相続によって、あるいは戦争謀略によって、異なる文化習慣の地域を支配してたんですね。それが、まあ、まとまった領土を持ったほうが住民は商売しやすい、すると税もたくさん取れるってんで、ばらばらがまとまりはじめる。そして起こったフランス革命。 王様の首をちょんぎっちゃったわけですから、近隣諸国の王様貴族様は当然干渉してきます。そこで人々は自分たちを守るために「国民軍」として戦うんですね。 こうしてできた国民大国フランスに対してドイツは長い間分裂の状態にありました。当時ドイツというまとまった国はなく、「神聖ローマ帝国」というゆるやかな連合内に数百のミニ国家(領邦国家)が混在してました。日本で言うと江戸時代の藩、大名みたいなものでしょうか。乱暴に言えば、ですが。当然もてるお金も軍隊も小さく少なくですから、久しい以前から一部は隣国フランスやスウェーデンなどの草刈場となっておりました。 ドイツは分裂ゆえに地域文化が栄えたのですが、ヨーロッパ全体の流れが「国民国家」という統合、となっていたのですから、当時のドイツは 「遅れてる~」 * なんて評価されてるんですね。今も。 ビスマルクによってドイツ帝国が誕生するのは1871年のこと。日本が明治維新によって「統一」されている最中であります。 バイエルンというのはドイツ南西部にあった領邦国家でして、バイエルンという国名よりも首都のミュンヘンの方が有名かも。 ディズニーランドのシンデレラ城のモデルといわれる、ノイシュヴァンシュタイン城。そのお城をつくった「狂王フリードリヒ」ことフリードリヒ2世は19世紀半ばのバイエルン国王です。この本ではそのご先祖のマクシミリアン1世をメインに、あちこちに散らばり、分裂していた領土を纏め上げ、王国としたそのさまが描かれております。 平成の大合併でも多くのすったもんだがありましたが、バイエルンの場合はそんな生易しいもんじゃあ、ありません。同じ言語を話し、度量衡も通貨も文化も同じなのにもめる日本(揉めることが悪い、と言ってるんじゃあないですよ)、ましてやドイツは同じドイツ語を話すとはいえ、文化は微妙に異なり、通貨や度量衡は異なっておりましたから、その苦労たるや並大抵のものではなかったことが創造されます。 谷口さんはその苦労の跡を丹念にたどります。裁判制度の統一。複雑化した各種顧問会議や委員の整理統合。内閣制度(みたいなもの)の創設。。。 いったい、政治というものはなぜにどろどろし、複雑であるのか。この本を読むとよおくわかります。大変なんだなあ。政治家って。 マクシミリアン1世。マイナーな人物ではありますが、なかなかの力量を持っております。分家筋から相続し、不屈の精神をもって国家を纏め上げております。 私がすごいなと思うのは、私が今まで理解していた 「ドイツの諸領邦国家はフランス革命軍およびナポレオンの介入を経て、統一へ向かった」 という認識を覆してくれたこと。フランス革命以前から国家形成を模索していたんですね、この王様は。 フランスやオーストリア、プロイセンといった大国の干渉にもよく耐えました。逆にそれを利用したことも。しぶとい。それにしても、今まで持っていた認識を覆されるのは、なんと心地好い衝撃であることか。 現在、世界は国家を超えた統合への道へと進んでいるようです。「国民国家」は過去のものとなりつつあります。 その一方でより大きな統合の前に民族宗教の対立が先鋭化していることも事実。 バイエルン王国の成立過程は当時のヨーロッパの縮小図であるとともに、現代および未来の世界の縮小図であるように思えてなりません。 *汎ヨーロッパという現代の流れから、当時のドイツが遅れているという認識も過去のものとなりつつあります。

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  • 30 Jan
    • 小和田 哲男, 三浦 正幸 『よみがえる名古屋城』

      お城って大きいね 小和田 哲男, 三浦 正幸 よみがえる名古屋城―徹底復元◆金鯱を戴く尾張徳川家の巨城 モスラが東京タワーで繭作ったり、 ゴモラが大阪城を破壊したりと 怪獣のパワーをわかりやすく見せてくれる巨大建築物。 かつて私もプラモデルで名古屋城や大阪城を作り、 爆竹で内部から爆破したりしました。 (危ないから真似しないでね) さてさて現在残っているお城(復興も含む)で一番大きいのはどこでしょう?? 名古屋城なんですね~。 って郷土の自慢してしまいました。失礼。 現在CGがとってもきれいになったんで、こういった歴史建築物の復元図も迫力あるものになってます。 私がかつて作ったプラモデルよりも、ずっと。 名古屋城は江戸期を通じて唯一残った巨大天守閣ゆえに、江戸中期、自重で石垣が崩れてしまったとか。 それゆえ最上階だけだった胴ぶきの瓦屋根を、1階を除くすべてに使用。軽量化を図ったのです。 この本には建設当初のもの、改修ごのもの、明治期のもの、などなどいろいろなパタンがCGやイラストで紹介されており、 現在とずいぶん異なったイメージのお城を見て楽しむことができます。 もちろん大天守のみならず、各種櫓や門、本丸御殿の復元画もありますよ。 本丸御殿。 本来上城主の生活の場であり、政務の場であるのですが、名古屋城の場合はお成り御殿として将軍が滞在する場になってました。 詳しくは2005・3・27の記事、「名古屋城と禁じられた遊び 」を見てね! それゆえそこに収められていた襖絵などはすばらしいものが多く、城郭建築としては初めて国宝に指定されたのだそうです。 惜しむらくは戦災で消失してしまいましたが、内部装飾の多くは疎開がされていて、現在も残ってます。 多分大天守とともに残っていれば世界遺産に指定されたであろう、名古屋城本丸御殿。 平成22年開始をめどに復興計画がなされています。 名古屋城公式HP に本丸御殿復元事業 いついての説明が載っております。

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  • 27 Feb
    • 戸辺秀 『仰ぎ見る大樹』

      あの清水次郎長が日本初の国勢調査指導員(本書帯より) 戸辺 秀 仰ぎ見る大樹 杉亨二(すぎ・こうじ)。 福沢諭吉、森有礼(もり・ありのり;初代文部大臣)とともに明六社を組織し、幕末~明治初期の洋学者として、文明開花期の日本で啓蒙活動を行った人物。そして日本統計学の祖であり、国勢調査を計画した人物です。 勝海舟ファンの方たちには杉純道といったほうがわかりやすいでしょうか。 勝がまだ田町で蘭学塾をやっていた頃の弟子、というより助手。 勝の弟子というと坂本竜馬が有名ですが、その坂本と並ぶ、勝の一番弟子であります。 司馬遼太郎さんも『竜馬がゆく』の中で少し触れています。 司馬 遼太郎 竜馬がゆく〈3〉 しかし勝海舟といえば子母澤寛さんでしょう。『勝海舟』、『おとこ鷹』の中では勝と杉との印象的な出会いや師弟愛を描いております。昭和49年のNHK大河ドラマ『勝海舟』では江守徹さんが杉を演じていらっしゃいました(ちなみに坂本を演じていたのは仮面ライダー1号こと藤岡弘さん)。 子母沢 寛 勝海舟 (第1巻) 子母沢 寛 おとこ鷹〈3〉 出会いといえばこれまた勝と坂本の出会いが有名です。当時攘夷思想家だった坂本が開国派の勝を斬りに来て逆にその見識にほれ込んで弟子入りする、というもの。勝や坂本の伝記、映画、ドラマでは必ずといってよいほど描かれているのですが、子母澤さんは取り上げていません。幕末のことなら当時の風俗を熟知し、海舟のことなら好んで着ていた着物の柄まで知ってらっしゃる子母澤さんなのに。 おそらくは勝と坂本の出会いが今ひとつはっきりしていなかったからでしょう。江戸であったのか、それとも大坂だったのか。月日が判明していないのと、『海舟日記』には言及されていないのでわからないのです。また、「殺しに来たが逆に弟子になった」というのも、実際には坂本も国際情勢に明るく、蘭学の素養もあった(佐久間象山の弟子だったこともある)こと、さらには松平春嶽(まつだいら・しゅんがく;前福井藩主)の紹介状まで携えていたとのことからありえないとされています。現代では「殺しに来た」うんぬんはというのは『氷川精話』などで海舟が吹いたホラだとされております。 勝と杉の出会いは竜馬のそれに劣らず印象的。 「杉純道と申す、長崎の下等人です」と名乗った杉に 「下等人たあ、何だえ」 「地位も身分もない卑しいものです」 「お前さん、本当に下等人かえ」 「そうです」 「人間かえ」 これには杉もむっと来て 「そうだ」 「帰れっ! 若いに、まだおのがような馬鹿がいるかっ!」 一喝して追い返されちゃうんですね。ところが三日後に杉がまたやって来る。そして勝に弟子入りを頼むんです。自分は今まで地位も身分もないゆえに悔しい思いをしてきた。だからつい卑下してしまう言葉が出てきた、と。そして人間には下等も上等もない、あなたの言葉はジンときたと。 そして杉は 「先生は蘭学を教えるのがひどく面倒臭そうですね」 「うん。おいら、気が短えから、人に教えるのは苦手よ。塾なんか開いて、えらい目にあっちまった」 「どうでしょう。ここに人物がごく確かで、蘭学を教えたがっている人間がいるんですが」 「そいつあどこのどいつだい」 気の早い勝は硯を出してメモしようとします。 「へっへ。実は私でして」 「何、本当か」 「グラマチカ(文法)なんか、先生よりも詳しいですよ」 「そいつあいい。早速やってもらおう。だけどおいらがところは貧乏だ。月二分しか出せねえよ」 「月二分で結構」なかなかいいエピソードではないですか。私はいっぺんでこの杉という人物が気に入ってしまいました。ところがどの人名辞典を見ても勝や坂本の名前はあるのですが、杉の名前はない。ひとつには当時私の周囲にはそこまで詳しい辞典がなかったこと、ふたつめには亨二という名前より純道の方が印象深くてそれで探していたからなんですが。 その杉亨二。冒頭書きましたように日本統計学の祖とされる偉大な人物であります。 そんな杉の生涯を描いた小説が出てました。 戸辺秀(とべ・しゅう)さんの『仰ぎ見る大樹』。2000年の作品です。 作者の戸辺さんは長崎生まれ。長崎市役所統計課に勤めていらっしゃったと「著者略歴」にあります。郷土の先輩であり、お仕事である統計学の先人に深い敬意を抱いていることはこの小説を読んでわかりました。 ここでは幕末史を彩るさまざまな人物が出てきます。 杉の略歴は子母澤さんも紹介しているのですが、長崎に生まれ、早くに孤児になり、様々な苦労の末に緒方洪庵の適塾で学んだこと。体をこわして適塾を去り、やがて江戸に出て、杉田成卿(すぎた・せいけい;杉田玄白の孫)のもとで学んだ後に勝のところへ来たこと。 戸辺さんの小説では略歴では知ることのできなかった幼少時の苦労や海舟に出会うまでにかかわった人物を描いております。そして彼がいかに苦労して学問を修めていったか、また家族を、そして人々を大切にしていたかが行間からにじみ出るようで、ただただ頭が下がるばかりです。 彼は苦労して一流の学者になりました。勝に売り込んだように、語学なら緒方洪庵や杉田成卿も認めたほどの腕前。そしてたくさんの原書を読むことによって見識を広め、西洋の地理、歴史、哲学にも通じておりました。そんな彼でしたが、学者たちの間では広く知られてはいたものの、勝にめぐり合ったことで初めて世に出ることができたのでした。身分の壁というものが頑としてあることを思い知らされます。 なお先ほど書きました出会いのエピソードの前半部分、一喝された部分はやはりフィクションだったようで、こちらには書かれておりません。 それでも杉の身分社会に対する思いはそのフィクションを無理なく思わせます。 この本にはいつくかの印象的なエピソードが紹介されているのですが、中でも私の心を振るわせたのは次のくだり。 明治三年に政府から出仕を促され、諸条件が折り合わず拒否するのですが、そのときに意見書を提出しております。その中に曰く、 「四民平等をはかり、婚姻および職業選択の自由を認めよ」 これはやはり彼の生まれ、そして生き様から出た言葉なのでしょう。今から百三十年も前にこれほどの思想を抱いていたとはまったく凄い。 そして日本統計学の、パイオニアの苦労。 彼は幕末にスタチスチック(統計学)と出会い、自分の終生の仕事とします。とはいえ彼以前に統計学なるものは日本になかったのですから、それは並大抵の苦労ではありませんでした。 明治初年に駿河国人別調を実施。これは藩(徳川将軍家は幕府が大政奉還した後、いろいろあって、静岡藩となりました)の重役の理解を得ず、途中で終わります。この時杉に協力したのが帯あおり文句にもありますとおり、清水次郎長。大政、小政などが調査員になったわけです。ガッツ、、、いや、森の石松も調査員として各家庭を回ったんでしょうか。 杉の統計に対する情熱は衰えず、明治政府に出仕した後に政府内各部署のそれぞれの統計をとり、統計の重要性を周囲に認めさせます。そして国勢調査の必要性を感じつつも、当時の政府財政規模ではできないと判断。後世のために、とモデルケースとして甲斐国現在人別調(明治14年)を実施します。 彼は幕末から明治初期の激動の世の中を生きました。政治の世界には首を突っ込まず、統計学は必ず後世の必要になるであろうという信念をもって生き抜きました。 そして国勢調査の必要性を説き、後進を指導しつつ、大正六年に世を去ります。89歳。 彼の在世中はついに実施されませんでしたが、死の間際に弟子たちから大正九年に国勢調査実施決定の報を聞いただけでも幸せな死であったことでしょう。 私は少年時代から様々のかん難に出会い、貧乏もし逆境にも立った。可愛い子供たちにも先立たれた。苦労という事ならまず大概の事は経験した。しかし、今になって考えてみれば、その苦労はかえって一種の力を自分に与えてくれた。運不運とは、要するに人々の考え様だよ。心得ひとつによって幸運ともなり不運ともなる。ここに精神を鍛錬する必要がでてくる。辛抱さえすれば不運などあるはずがない。ただ堪忍の二文字あるのみだ。勝海舟などはこの修養がいかにも深い人であった。 (172ページ) 死の前年、弟子たちに語った言葉です。 苦労の足りない私を厳しく優しく励ましてくれる言葉でもあります。杉は終生勝を尊敬しておりました。彼を世に出してくれた恩人であり、なによりその人間性に深く傾倒していたのです。 『海舟座談』の附録に杉が勝との出会いを語った話が収録されています。 巌本 善治, 勝部 真長 新訂 海舟座談

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  • 20 Feb
    • 清水馨八郎 『裏切りの世界史』

      今日は辛口です 清水 馨八郎 裏切りの世界史―この1000年、彼らはいかに騙し、強奪してきたか 歴史と政治とプロ野球。 おじさん族(私も含む)が好きな話題ですね。そして素人でもくちばしの突っ込みやすい話題でもあります。 かく言う私も素人なんですけどね。いわゆる権威的なものは批判の対象になる。 文献主義、自民党、そしてジャイアンツ。 思えば歴史学者、政治家、そしてプロ野球の監督は大変な商売ですね。 学者はそうでもないのでしょうが、政治家、監督の下へは罵詈雑言も届くそうです。しかも自宅まで。長嶋さんも王さんも、そして他の監督さんも、ご家族が大変苦労したそうです。 (本筋とは関係ありませんが、長嶋茂雄は名監督である、と私は思っております) これが医師や弁護士ならどうでしょうか。または企業経営者なら。 ちょっと素人がくちばしを挟めるものではないです。 発言自由、批判自由なのは日本が民主主義社会であるからこそ。すばらしいことです。 それでも無責任な発言、批判はいけないですよね。 「そんなにごちゃごちゃいうなら、あんたが一度やってみなさいよ」 「おう、やってやるとも。原にまかせられるかい」 なんてのは冗談としてはほほえましいけれど、本当にやられたらたまったものではないでしょう。 それゆえシロートであったジャンヌ・ダルクの行動力は凄いのですけれど。 清水馨八郎(けいはちろう)さんは経歴を見ると理学博士であり、都市交通研究の大家だそうです。 この本では西洋文明、現代の物質文明の危険を強くうったえ、日本文化を礼賛しております。 大筋はそんなところ。 まあ、よく見かける主張でありますね。 ただ手法が問題。 ようは西洋文明(と中国文明)の欠点をあげつらい、日本文化の長所を並べ立てている。要するに最初に 「日本はすばらしい」 という確固たる信念があり、結論が定まっているので、都合のいいことしか書いていないわけです。 しかも勢いで書いてしまっている。ろくに調べもしないで。 フランスのルイ16世は「朕(ちん)は国家なり」と宣言し、 (85ページ) う~ん。これは痛い。もちろん16世でなく、14世です。まあ、ミスったんでしょうね。しかし、編集者その他の人まで見逃すなんて。。。 (「16世も同じようなことを発言したのでは」と、念のために調べてみましたが、やはりそういった事実はありませんでした。) このように、世界には星を国旗としている国が多いのに対して、太陽をマークにした国は日本だけである。戦後バングラデシュが日本にあこがれて、緑の地に太陽を描いて国旗にしているが、不思議にも世界の国々は、月や星を掲げても太陽をシンボルにしないのである。(237ページ)これまた激しい思い込みですね~。清水さんは「太陽信仰は日本だけのもの」という思い込みがあり、その一例として国旗を揚げたのでしょうが、中華民国(台湾)、ウルグアイなど戦前から太陽を描いた国旗は多々あります。これもちょっと調べればわかること。5分もかからずにわかることです。当然、太陽信仰も日本だけのものではありません。書いているうちにかっかと来てしまったのでしょうね。ともかく「日本バンザイ!」のこの本。当然太平洋戦争も「自衛のため」。満州事変から太平洋戦争までは米、ソの陰謀であるとしています。まあ、それはよいのです。そういう解釈もできないことはないし、そう主張している人も結構います。ですが何が何でも日本を正しいとするのはいただけません。これは長くなるので引用はしませんが、こんなことも書いてらっしゃいます。アメリカが空襲で非戦闘員を殺戮したことは国際法違反である。ここまではよいのです。確かにアメリカのやったことはひどい。日本はアメリカ本土を空爆しなかったではないか。こうくると、もう思い込みの世界です。確かに日本は米本土空襲をしませんでした。でもこれはできなかったんですよね。これは中学生にもわかる理屈なんですけれど。加えて日本がアメリカのような空襲を行わなかったかといえばこれは間違いで、中国の重慶を戦略爆撃してます。それでも専門の航空関係のお話になるとさすがです。ロッキード事件の叙述などもおもしろかった。もう少し詳しく述べてくれればよかったのですが。英会話が下手なのは何も卑下することではない、誇るべきことである。この主張もすごい。おっしゃるように数ヶ国語を話せる、というのはしばしば植民地支配という悲惨な過去を背負っているのです。母国語を失ったため、あるいは外資を稼ぐために、英語を話さざるを得ない状況になっている。日本は英語など話せなくても不自由なく暮らしていけるのです。これはすばらしいこと。もちろん話せたらよいことはわかります。英会話教育を否定はしません。でも、話せなくてもよい、というありがたさ。これをもう少し多くの人が認識してくれたら。このように一から十までナンセンスなのではなく、傾聴に値するものもあるのです。加えて駄洒落のくだらなさ。私は大好きです。なぜならロシアの経済は、火の車である。エリツィンがプーチンに代わっても、ロシアの経済はフルチンだからだ。(119ページ)(ディズニーランドは)一度場内に入ったら子どもたちを「とりこ」にして出るに出られない仕掛けがしてあるから「出ずにランド」だと観念した。(219ページ)このセンスはすばらしい! 私はこの手のギャグは大好きなんです。いずれ使わせてもらおう。とまあ、私も好き勝手に悪口を言っているので「なんでそんな本まで買うわけ?」「あなたこそ、他者の欠点のみをあげつらっているのではなくて?」「そんなに言うならお前が書いてみろ!」等々お叱りを受けそうです。しかしそれでもそれにしても、私はこの本から貴重なことを学びました。表現の自由とはいえ、また、どんなすばらしい主張でも、無責任に書き連ねていてはいけない。主張したい、という情熱を少し抑えて、主張する前にもう一度見つめなおそう。ということ。ネットでもそうですね。。。うわーん。天に唾するとはこのこと。全部自分にかかってきてますよう。。。*このテの本はそれこそたくさん出版されているのですが、最後まで読んだのは今回が初めてでした。ですから、清水さんを個人攻撃しているのではないのです。安易な批判と、それをろくに目も通さずに出版している出版社を憂えているのです。

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  • 15 Dec
    • 元禄十五年十二月十四日

      センセも走る、頃は師走。皆様にご無沙汰している間に十二月もはや半ばとなりました。師走と言えば「忠臣蔵」、「第九」、そしてクリスマスに紅白。まあ昔はそうでしたね。今はどうなんでしょうかね。クリスマスは相変わらずですけれど、忠臣蔵はかつてほど人気がなくなっているんじゃあないかなあ。忠臣蔵はいうまでもなく、赤穂事件――元禄14年(1701年)3月14日の江戸城松大廊下で起こった刃傷事件と、翌元禄15年12月14日の赤穂浪士吉良邸討ち入り事件を題材にした物語。今日はもう15日になっておりますが(汗)。討ち入りは14日から15日にかけて行われたのでぎりぎりセーフかな。。。事件の4年後に近松門左衛門が人形浄瑠璃で『碁盤太平記』を著し人気を呼んだそうです。現代(江戸時代)のできごとを太平記の時代に置き換え、浅野長矩(ながのり、内匠頭)を塩谷高貞に、吉良義央(よしなか、上野介)を高師直にし、師直が塩谷の妻に横恋慕するのが刃傷の原因とするなど、後の『仮名手本忠臣蔵』のはしりとなりました。で、1748年、事件の47年後に歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』ができ、これで「忠臣蔵」という名前が定着するわけです。それ以来数多の芝居や小説に取り上げられ、冒頭述べましたように年末は忠臣蔵と、広く定着するわけですね。本当にたくさんの作家さんが小説の題材にしております。芥川龍之介も書いたそうで。恥ずかしながら未読ですけれども。私が「忠臣蔵」を最初に読んだのは小学校5年生のとき。源義経をきっかけに歴史に興味をもち、通史や伝記などを読んだ、その中にありました。子供のころの私には歴史というのは物語の一種でしたから、何と言っても源平時代や戦国、そして幕末などの動乱の時代が好きでしたね~。逆に江戸時代の中ごろはつまらなかった。だって平和だったんだもの(笑)。動乱好きな子どもだったんですかね。子どもだからヒーローにあこがれる、そしてヒーローが必要とされるのは、出現するのは、世の中が乱れたとき。だから興味がそこに集中しちゃったんでしょうね。その「退屈な」江戸時代の半ばに赤穂事件(「忠臣蔵」)なんてどえらい事件が起こっている。いやあ、血が滾りましたです。わくわくしました。最初に読んだのは子供向けに古典作品をリライトしたもの。これは「忠臣蔵」でしたから、登場人物の名前こそ史実に戻していますけれども、筋運びは歌舞伎と同じ。なんで後に小説を読んで内匠頭切腹のときに大石さんが駆けつけてこなかったんでびっくりしちゃった。次に読んだのが講談社文庫で、『忠臣蔵銘銘伝』。これは講談の語り口調そのままを本にしたもので、残念ながら今は絶版となっているんですが、語り口調だから分かりやすいし面白い。有名なエピソードはほとんどこれで覚えてしまいました。次は海音寺潮五郎さんの『赤穂義士』。これは小説ではなく評論で、中学生の私にはちょっと難しかったけれども、後ろのほうには赤穂藩士の名簿が載っていて面白かったです。それぞれの役職名と俸禄が載っていました。私はこの本で歴史「物語」のみでなく、「データ」を楽しむことを知りました。 海音寺 潮五郎 赤穂義士 とまあ、小学校、中学校のころは素直に赤穂「義士」のお話を信じ、追っていったのですが、私の悪い癖で、だんだんと物足らなくなってくる。飽きてきちゃったんですね。鼻についてくる。まあ、思春期でしたから。ましてや吉良さんの領地、吉良は私の住んでいる愛知県にある。その吉良町では吉良さんは名君として慕われている。そんな事実を知り、赤穂より吉良の方に興味が移ってゆきました。また周辺知識が増えるにつれ、「義士」というのも胡散臭くなってくる。ましてや浅野さんが「名君」だなんてとうていありえないなあ、と思っちゃうんですね。「義士」云々はともかく、浅野さんは名君ではない。バカ殿です。感情を抑えきれず事件を起こし、家臣を路頭に迷わせていますから。キレちゃったんでしょうね。現代の少年犯罪となんら変わりない。加えて吉良さんに傷を負わせただけ。脇差なら切りつけずに刺せばいいのに。自己本位に事件を起こし、自己本位の目的すら遂げていない。少なくとも並より下でしょう。そんな思いを抱いているうちに、傑作小説に出会いました。小林 信彦 裏表忠臣蔵 赤穂事件をなるべく公平に描いております。漫画ではやはり杉浦日向子さん。杉浦 日向子ゑひもせす この本の中に吉良側から見た襲撃事件(いわゆる討ち入り)が描かれています。武林唯七が茶坊主を斬っちゃった事件も、講談ではコミカルに語られるんですけれども、こちらでは野蛮な浪士たちの所業として描かれております。そして吉良家家臣の行動。そりゃ中には逃げちゃった人もいます。いやそっちの方が普通でしょう。私だって現場に居合わせたら多分逃げちゃうでしょうね。でも中には主君を守って奮戦した人もいたのです。「忠臣」は何も赤穂の専売特許ではない。そして上野介養子、義周(よしちか;上野介の孫)の悲劇。浅野さんよりよほど潔く、そしてかわいそうな殿様です。逆説の作家、井沢元彦さんも忠臣蔵を扱っています。井沢 元彦 忠臣蔵 元禄十五年の反逆 いわゆる「歴史ミステリ」ものです。素人が歴史の謎を追ってゆくわけですから、素人である私たちにもその過程が充分分かりやすい。ただ残念なことに井沢さんの歴史ミステリもの、現代の登場人物とそれを取り巻くミステリをからめた二重構造になっている場合が多いのですが、現代劇の方はあまり面白くない。偉そうなこと言いますが、あえて小説仕立てにしなくったっていいじゃん、と思うできです。『猿丸幻視行』は面白かったのになあ。かようにいろいろな角度から楽しめる「忠臣蔵」。もちろん歴史ではなく独立した作品として見れば、やはり傑作なんでしょうね。史実と虚構を上手く絡めた傑作です。かつて日本人の心といわれ、未だに多くの作家さんが小説や芝居、映画にするのも傑作だからこそ。ですが傑作ゆえに歴史を歪めてしまう場合もある。シェイクスピアのリチャード三世と忠臣蔵の吉良上野介。彼らの悲劇がその典型なんでしょうね。

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  • 14 Nov
    • シートン 「フランスの狼王、クルトー」

      「あらしのよるに」が映画化。12月10日(土)に公開だそうです。私はNHKで中村獅童さんの朗読を聴いて以来、すっかりこの本のファンになってしまいました。中村さんは映画でもオオカミのガブを演じられるそうです。NHKの朗読ではお一人でナレーションからキャラクタからすべてこなしていました。 朗読と言うのは一人芝居にちょっと似ていて、なかなか魅力的であります。 さて、そのオオカミ。絵本でも映画でも昔話でも、貪欲で残酷な動物として描かれることが多いですね。 私も小さい頃は「七匹の子ヤギ」や「赤頭巾」、「三匹の子豚」などでそんなオオカミ像を抱いておりました。それを打ち破ってくれたのがシートンの一連の作品です。実際のオオカミたちは頭がよく、仲間を大切にし、厳しい自然の中で気高く生きているのでした。 ここで話はまた中世ヨーロッパ、15世紀のフランスに戻ります。 今では世界中でほとんど絶滅しかけているオオカミですが、当時のヨーロッパにはまだ森も多く、オオカミたちもたくさんいました。 1420年代末といいますから、ハリーの死後、そしてジャンヌ・ダルク登場の頃。 打ち続く戦乱、重い戦費負担、そして黒死病。フランスはまさに滅亡寸前かに思われていた頃。 「ゴール人のハンマー」ハリー死後(墓標に書かれた語句による)、そのハリー以上に恐れられていたのがオオカミたち。度重なる戦乱によって森を焼かれ、獲物が少なくなった彼らは、病気や飢えで弱った人間や死んだ人間を襲い始めたのです。人間も必死でしたがオオカミたちも生きるのに必死だったのです。 そんなオオカミたちのリーダーがクルトー。ちなみにクルトーとは「ちぎれた尻尾」という意味だそうです。 クルトーたちは何年にもわたってパリ周辺を支配していました。 その悲惨な状況を打ち破るために立ち上がったのがパリ警備隊長のボワスリエ。彼はノートルダム寺院広場に餌を撒いてオオカミたちを誘い込み、城壁を閉じて高所から弓で射殺す作戦に出ます。 次々に倒されてゆくオオカミたち。しかしクルトーら力強く賢い数十頭は弓の死角に隠れ無事でした。 ボワスリエは精鋭を率い、白兵戦を挑みます。 そしてとうとうクルトーだけが残りました。 ここでボワスリエは部下に命じ、手出しを控えさせ、クルトーと一騎打ちの勝負を演じるのです。 彼がなぜ一騎打ちに出たのか。もはや一頭のみ残ったクルトーに対して勝算があったからなのか、それとも魔王と恐れられたクルトーに、大勢の仲間を率いていたオオカミに何かを感じたのでしょうか。 ボワスリエはクルトーを槍で串刺しにします。 しかしなおも息あるクルトーはボワスリエの喉笛を噛み切り、両者は同時に息絶えました。 私はこの物語を子供向けのシートン動物記で読み、深く感動しました。小学3年生くらいだったと思うのですが、紙芝居まで作った覚えがあります。両者相打ちの場面は特に精魂こめて描きました。拙い絵だったけれど。 もちろんこれはシートンが実際に体験した話ではありません。フランスの年代記にあった話を紹介したのです。 ですから「シートンにしてはめずらしく人間から見たオオカミをえがいています」と解説に書いてあったことも覚えています。 それでも私はボワスリエの名前は忘れてもクルトーの名前は忘れることができませんでした。 シートンはこのクルトー以外にも歴史書に残る動物たちの話をまとめています。そしてその半分以上がオオカミの話なのです。 エリセイオスさんもおっしゃっていたジェイボウダーンの鬼オオカミの話も出てきます。 中世ヨーロッパ人にとって自然はいまだ克服せざる対象であり、オオカミはその恐怖の象徴だったのでしょうか。 アーネスト T.シートン, 藤原 英司 シートン動物記 5 (5)

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  • 14 Oct
    • 秋髪

      「最近シェイクスピアの話ばかり」「ええ? そうかな」「フーシェは単純なんだから」「そうかなあ」「『エースをねらえ!』に凝ってたときはときどきお蝶夫人みたいなしゃべり方になってたし」「マジですか」「すぐ影響されるのよね~。今は口調がもったいぶっちゃって」「本当?」「この間も『酒だ、酒をくれい! 酒をくれたら王国をやるぞ!*』なんて言ってたんだよ」「記憶にございません」「酔っ払ってたもんね~」「シェイクスピア関連以外で何か本買ってないの?」「ええと。こんなん買いました」 秋髪。 [2005]―AUTUMNヘアカタログ2005 「あの~、もしもし?」「はい、なんでしょう?」「中年男性のあなたが何でそんなの持ち歩いているの?」「いや、持ち歩いてるんじゃあなくて、今日買ったから持ってるだけですって」「中年男性のあなたが何でそんなの買うの?」「おかしい?」「おかしいよん」「いやさ、君のその美しい髪がどのような名前のスタイルなのか知りたかったし」「だから、そーいうことばかり言ってるから、ぜんぜん信用無いの!」「。。。秋は女性のファッションもヘアスタイルも美しい季節です」「ど~せモデルの女の子がきれいだからでしょ~?」「いや、これが結構面白いんだ。毎年買ってるわけじゃあないけど、時たま買うよ」「やっぱりおかしい」「昔から髪型とかコスチュームは好きだったんだよ。古語辞典ってあるでしょう?」「あるよね」「あれの巻末に付録で昔の日本の服装や鎧兜、髪型の絵が載ってて」「うん、あるね」「それを見てるのが好きだったんだ。あと官位相当表や幕府の組織図も載ってたなあ」「そういうの好きだよね。組織に属するのは嫌いなのにね」「でさ、この本(「秋髪」)なんかもそうだけど、モデルさんが身に着けているものの名称と値段が載ってるでしょ?」「そうね」「これって、まんま古語辞典の付録のノリだと思うんだよね」「そう?」「うん。こういった雑誌風に紹介すればもっと歴史が好きになる人が増えるのになあ」「たとえば織田信長の有名なこの肖像(長興寺蔵)なんかもね」 小袖 ○○貫/肩衣 ●●貫/扇子 ××貫ヘアメイク 森蘭丸 「なんてどう?」「ファッション誌見ながらそんなこと考えてるわけ?」「面白いと思うんだけどな~」「でもこういう本を見るたびに思うのだけれど、顔の形や服の色、季節、そして場によってヘアスタイルにもいろいろな工夫があるんだね」「女は苦労してるのよん」「昔もさ、女性のはよく知らんけど、男性の髷もいろんなのがあったんだよ」「そういえば、ハゲの人はどうしてたの? 髷結えないよ」「そういう人のためにかつらがちゃんとあったらしいよ」「へええ」「私の場合は整髪料なし、自然乾燥でブラシもほとんどしないんだけどね」「フーシェはそれがらしくていいよ」「本当は髪洗うの面倒だからスキンヘッドにしたいんだけど、周囲が反対するんです」「当たり前です! スーツにスキンヘッドなんて」「やーさんみたい?」「フーシェの場合は怪しいアングラ劇団か宗教団体みたいになるからやめて!」*リチャード3世のセリフ「馬だ! 馬をよこせ! 代わりに俺の王国をくれてやる」のパクリ。

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