私の祖父は2人います。

父方の祖父と、母方の祖父です。

2人とも、すでに他界しているので、思い出を紹介したいと思います。

 

父方の祖父は、戦中・東京から広島に引っ越してそのまま居住。職業は宮大工だったそうです。
性格的にもきっちりしていて、綿密に仕事をする人だったと、父から聞いています。

 

老齢を迎えたころ認知症になり、父が茨城に家を建てた後、看病するために引き取りました。

私の記憶では、3~4歳の時に家にきて、一日中和室のベットで寝ている姿だけでした。

たまに祖父が行方不明になったり、暴れた時もあり、母などは辛い時期だったと思うのです。

認知症のため家族の名前を覚えられなかった祖父が、幼児だった私の名前を呼び何かを話してくれる時の様子が思い出として残っています。

 

父方の祖父は、「広島に帰りたい」とよく言っていました。

子供の私は、ただ聞くだけでしたが、それが良かったのかもしれないです。

 

ある日、祖父はベットの中で目をつむったまま冷たくなっていました。

寝てるのとは違う様子で母に知らせたら、母は慌てて電話を始めたので、「どうしたのかな?」思いつつ、尋常じゃないと感じました。

その後、「おじいちゃんは天国にいったんだよ」(両親はそろってキリスト教だったので)と説明をうけ、お葬式に出たことを覚えています。

 

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母方の祖父は、地元の第三セクターの電車を運営する会社に勤めていて、小さな駅を管理していたそうです。

私の思い出は、無口でお酒が大好きなお爺ちゃん。農家で田んぼや畑で作っていて、いつも元気だった。

年に何回か、母の実家に行った時に挨拶する程度だったので、それほど交流があったわけではなかったのですが、優しかったです。

 

母方の祖父は、私が中学生の時に亡くなり、そのお葬式が昔ながらの方法で行われたので、とても記憶に残っています。

農家で自宅式だったので、私も手伝いに入りました。

 

2人は対照的だったような気がします。

でも威厳は感じていました。

そんな思い出です。

 

 

 

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