今日は、サッカーと関係ない話題です。

 

私が大学生のころ(1985年~)なんですが、当時の大学スポーツの人気競技って何だと思いますか?

 

サッカー?じゃないんですよ。

 

実は、ラグビーと野球だったんです。

 

次の動画は、1986年1月(1985年度)の大学選手権決勝戦・慶応対明治です。

母校の慶応はタイガージャージですけど、懐かしすぎて涙が出そうです笑い泣き

 

 

私は、このとき1年生。

雨の中、スタントで応援してました。

もちろん、ラグビー部員じゃないですよ。

いちおう教員志望だったけど、社会心理学研究会という軟弱なサークルに入ってました(笑)。

 

その前の年はブラジルに行ったりしてたんですが、12月のクリスマスで日本に帰って来たところ、ラグビー部が大学選手権で準決勝進出(試合は翌年の1月)ということで、それじゃあ応援しなくちゃ!ということでしばらく日本にいました。

それに、翌年の1月には大学の授業でレポートの提出とか後期の試験もありましたからね。

 

 

さて、この試合は9対9の引き分けで、両校優勝でした。

現在のルールでは、同点の時はトライ数で勝敗を決めますが、この当時は引き分けだったんです。

そして抽選で次の試合に進むかどうかを決めていたんですね。

たしか、当時の高校ラグビーもそうだったと思います。

 

ところで、慶応なんですが、その前年の大学選手権決勝では同志社に負けてしまいました。

同志社はこのとき3連覇です。

でも、後半の試合終了間際、スローフォワードで幻のトライ…。

もしも、トライだったら、その時も引き分けで両校優勝だったかも知れませんね。

 

当時、浪人生だった私は、なぜかこの時「来年は慶応を受験しよう!」と心に決めました。

ちょっと志望校の決め方が安易だったかもwww(笑)。

 

 

さて、話しを元に戻して、先ほどの明治との決勝戦で引き分け両校優勝の後、社会人との日本選手権を戦うわけですが、何と抽選で慶応が出場することになりました。

 

日本選手権の下馬評では圧倒的に不利と思われた慶応が、何とトヨタ自動車に 18 ― 13 で勝って日本一!

前の年に六大学野球で野球部が優勝していたので、アベック優勝でした。

 

実は、この当時のラグビー部員のほとんどは内進(付属校のこと)の慶応高校と慶応志木です。

当時の慶応にはスポーツ推薦なんてなかったので、ほんとに猛練習して実力を付けたみたいです。

 

それと、余談ですが、慶大生のことをよく「慶応ボーイ」なんて言いますよね。

これって、学内では慶応幼稚舎(小学校)からずっと上がって来た学生のことを言います。

だから、内進(付属校のこと)じゃない、受験で入ってきた私みたいな学生は、ちょっと肩身が狭かったかな?

それに、学内では珍しい貧乏学生でしたからね(笑)。

新宿あたりで遊びまくるなんて、夢のまた夢でしたショボーン

 

 

ところで、この時のラグビー部の監督は若干33歳の上田さんです。

実は、この上田さん…。

先ほどの日本選手権でトヨタと試合する前の、ちょっと有名な逸話があるんです。

 

それは、ロッカールームで部員を前にしたミーティングの後で、大学選手権優勝の賞状を頭上に掲げ、次のように言ったそうです。

 

「俺たちは、こんな賞状のために練習してきたわけじゃないんだ!」と言って…。

何と…、賞状を選手たちの目の前で、ビリビリと破り捨ててしまったそうです。

その結果、フィフティーンのハートに火が付いて、トヨタに勝ったんですね。

スゴイですニコニコ

 

 

 

 実は、破り捨てた賞状なんですが、マネージャーが事前にカラーコピーしていたそうです(笑)。

でも…、これって、本当のことかどうかは良く分からないんですよね。

友だちから聞いた話しなので…。

 

今となっては懐かしい想い出です。

さて、この話の続きは、いつかまた気が向いたら書きたいと思いますチョキ

 

 

明日はいつものとおりサッカーの話題に戻りますよ。

お楽しみにね目

 

 

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