川越、恋の物語 | ブログ

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65日(木)雨




 何事も経験してみないと楽しいかどうか分からない。

 行こうかどうしようか迷っている時間がもったいない。「迷わず行けよ、行けば分かるさ」、学生時代に大好きだった一休さんのこの言葉がこの頃また蘇ってきた。



 そんなわけで数年前から行きたいと思い続けてきた川越に行ってきた。調布からだと乗換えが多くスマホに夢中になっているうちに何度も乗り越してしまった。川越市駅に降り立ったのは出発から2時間近く経った正午過ぎである。



 空腹絶頂のため、あまり何も考えず目に入った寿司屋へ入る。カウンター10席ほどのこじんまりした造りで、店主と思われる初老の男性が一人で切り盛りしている。壁には女性の遺影が飾ってある。店のど真ん中の位置だ。



 客は俺一人。観光で来た旨を話すと、親切な店主は町の概略についてひと通り説明してくださった。秋に開催される川越まつりは圧巻で、開催2日間で50万人が訪れ、飲食店は祭りの期間だけで約1ヶ月分の売り上げを稼ぐとも言われているのだとか。



 川越の町語りはやがて店主の身の上話に移行していく。人の話を聞くのはこちらの専門であり、興味深くもあったのでつい調子よく合いの手を入れ色々と教えてもらう。店主は長年ホテルで和食調理の仕事に従事し、60歳の定年少し前に独立しこの地で寿司屋を始めたのだという。



 その話は、店のもっとも目立つ場所に遺影が飾ってあることと繋がっているような気がした。きっと遺影の女性は奥さんだ。仲の良い夫婦だったのだろう。温かい結婚生活を送る中で、「老後はふたりでのんびり川越あたりでお店でもやりたいね」なんて話していたのかもしれない。ご主人の年齢を推察するに60代前半から半ばくらい。55歳で開業したとしてもまだお店を開いて10年にも満たないだろう。



 二人で一緒にお店に立つ夢は叶ったのだろうか。

 その質問は飲み込んだ。



 俺の想像通りのいきさつなのか、本当のところは分からない。聞けば親切な店主はきっと答えてくれただろう。もしかしたら誰かに聞いてもらいたいと思っていたかもしれない。だけど、聞かない方が良いような気がした。世の中には知った方が良いことと、知らない方がいいことがあるのだ。


 叶っていて欲しい。一緒に店に立てたのかどうか分からないが、店主の心に奥さんが生き続けているのであれば、いま夢は叶っているといえるのではないか。



 「川越、恋の物語」、その想像に浸りながら残りの寿司をつまんだ。