朝フランクフルトを出発、ケルン、ブリュールとまわり、ベートーベンの生誕の地であるボンでベートーベンハウスとシューマンハウスをみた僕たちはボンの駅の近くにあるカフェに入った。

陽気な兄ちゃんが切り盛りする店で、僕らは珈琲を注文した。




この日は、移動距離も多く、既に30000歩以上も歩いていてけっこうな疲労がたまっていた。

30000歩といえば距離にして20キロぐらいである。(僕は常時万歩計を身につけているのである)

現在の時刻は18:30。

18:30でもまだ日がほとんど傾いてこない。

カフェで一休みし、ケルン以来漸く足を休め、水分を補給した僕たちは一度駅に戻り、フランクフルトへ戻る電車の時間を確認した。

フランクフルトへ戻る最終電車は大体20:00頃のようである。

21:00になってしまえば、もうフランクフルトに帰る術はない。

「まだなんとか時間があるね」

「よかった」

「それじゃ行こう」

僕たちは、このボンでもうひとつだけ訪れなければならない場所であるAlter Friedhof(ボン旧墓地)に行くことにした。

この墓地には、ローベルト&クララ・シューマンの墓がある。

僕たちがフランクフルトからの遠征で訪れる最終地点はこの墓地である。

駅から歩いて10分もかからない場所にAlter Friedhofはあった。

墓地といってもおどろおどろしい感じはいっさいなく、むしろ木漏れ日が差し込む墓地は丁寧に綺麗に整備された公園のようである。

ちなみに僕と弟の渡辺雄司は文学散歩と称して日本にいる時なども、作家などが眠る霊園などを巡ることが好きであり、このボン旧墓地なども、その雰囲気や静けさはどことなく東京の霊園に近い。



シューマンの墓はすぐに見つかった。

美しい彫刻が施された、芸術品のようなシューマンの墓は、その墓地の中でもひときわ輝いているような印象であった。

ぼくたちは、偉大なる作曲家の墓前に立ち、その素晴らしい音楽に思いをはせ、暫くその前に佇んでいた。



「ここにはベートーヴェンのお母さんも眠っているんだよ」

と、雄司が言う。

このボン旧墓地にはシューマン以外にも、この町の名だたる人々が埋葬されているようで、墓地の入り口付近には埋葬されている人たちの名前が書き記してある。

僕たちは、案内に従いベートーヴェンの母親、マリア・マクダレーナ・ベートーヴェンの墓地を探した。

しかし、何故かなかなかみつからない。

太陽は燦燦と照っているが、日本人の感覚でいえばもう夜であり、電車の時間が迫っている。

明日は泥船の上映である。

もしフランクフルトに今日中に帰れなかったらやばい。

けっきょくぼくたちは三人で墓地をさがしまわったが、何故か、ベートーヴェンの母親が眠る墓をみつけることができなかった。

「仕方ない、駅に戻ろう」

少しだけ未練が残ってしまったが、僕たちはシューマンが安らかに眠る墓地を離れ、ボンの駅に戻った。

駅に戻ると時間はもう20:00である。



フランクフルトに戻るにはけっこうキツキツな日程の遠征であった。

僕たちはホームで電車を待った。

しかし、電車がなかなか来ない。

アナウンスが入る。

しかしドイツ語のアナウンスなので何を知らせるアナウンスなのかまったくわからない。

「少し遅れるってことだろ」

僕たちは電車をさらに待った。

フランクフルト方面から電車がやって来てホームに停車する。

電車からはたくさんの恋人たちが降車してきた。

恋人たちは降車するなり僕たちの前でいきなりあつい抱擁をかわし、僕たちの目の前であついキスをはじめる。

恋は盲目、愛は盲目なのであろう。

恋人たちは僕等の存在などダニとも気にせず、僕等の目の前で彼等の愛の営みの序章を十二分に見せつけ、ボンの町へ消えて行った。

「素晴らしい文化だなあ」

「うらまやしい、ぼくもドイツにすみたいよ、むしろ生まれたかった、帰化したいほどでさえあるよ」

と、ぼくとうひょんはつぶやいた。



そしてその数分後、この降車する恋人たちの光景がもう一度デ・ジャブのように僕たちの目の前で行われたあと、ようやく僕たちが乗るはずの電車がやってきた。

「これだよな」

「たぶん」

「型が違う気がすんだけど」

僕たちは一応電車に乗り込んだ。

しかし、不安に思ったのだろう、うひょんが咄嗟に乗客に乗車券をみせ、

「この電車はフランクフルトに行きますか?」

と、尋ねた。

「この電車はフランクフルトには行かないよ!!」

「え」

「やばい」

「さんきゅーべりーまっち!!だんけしぇーん!!」

僕たちは押し出されるように慌てて電車を降りた。

僕等が降車した瞬間に電車のドアが閉まり、その電車はホームから走り出していった。

「あぶねー!! なんだよあの電車!!」

「これ時刻表どういうことなの!!」

あとで聞いた話によると、ドイツでは電車が遅れたり、ダイヤが前後したりするのは、わりと当たり前の話なんだそうである。

そんなことを露とも知らぬ僕たちは危うく間違った電車に乗り込むところであった。

ちなみにこの電車に意気揚々と乗り込んでいれば僕たちはフランクフルトより遥かに離れたハンブルクとかなんだかそっちの方へ行ってしまっていたようであり、まあ、そうなればそうなったで話のネタにはなるしおもしろいはおもしろいのであるが、次の日の上映が恐ろしい事態になっていただろうなあ、ということを考えると、やはりそうならなくて正解であったとは思う。

さて、このあと無事に予定通りの列車に乗り込むことができた僕たちは、電車の中でビールを飲み、少し疲れた体を落ち着かせ、ぽつぽつと会話を楽しみながら電車に揺られた。



日は漸く傾き始め、電車がライン川沿いを走る頃には真っ赤な夕日がライン川に美しく映えはじめていた。(といっても21:00過ぎの話だが)

「あれやばいぐらい綺麗だなあ」

「すげえな、絶景だよありゃ」

うひょんも、雄司も、僕も思わずカメラを手に取ってしまう。

しかし、カメラにおさめるよりも心にこの風景をやきつけたほうがよいと感じた僕たちは、自然にカメラから手を離し、その美しい風景をみつめつづけた。



ライン川沿いの街には日が沈むとともに小さな灯りがともりはじめる。

そんな遠い町の灯をみているとやはりそこに暮らす人々の生活を想像し、なんだかすごく素敵な気分になった。

「疲れたなあ、思ったよりたいへんな日程だったね」

「でもよかったよ、なんだかすごくいい経験ができた」

「これで観光は終わりだね」

「いや、あとマインタワーと映画博物館に行かないと、雄司もゲーテハウス行ってないし、それにお前まだレコード買ってないじゃないか」

「それはお前が腹が痛いとか言ってたからじゃないか、俺はレコード買わなきゃいけないのに、あれはひどいことよ」

「しかし、素晴らしい一日だったなあ」

「これでもうドイツに思い残すことはないな」

「馬鹿野郎、明日泥船の上映じゃねーか、何考えてんだお前」

「あ、そういや明日か上映、何時からだっけ」

「遅いよ確か、夜八時とかそんなもん」

「それじゃ、まだ観光できるんじゃねーの」

「おれの姉ちゃんはハイデルベルクがフランクフルトから近いって言ってたよ」

「行くかハイデルベルク」

「でも、上映まにあわなかったら、それこそ俺たち何しにドイツ来たかわかんないしね」

「電車遅れたら終わりだよな・・・」

「じゃあ、やめるかハイデルベルクは」

「観光精神のプライドに傷がつくけど、あきらめようか、そこは・・・」

「またくればいいんんだ、こんなに素晴らしい国なんだから」

「そうだね、またこよう、しかし明日、お客さんきてくれるかなあ」

「俺はくると思うね」

「何人」

「十五人」

「少ないだろそれ・・・」

僕たちはそんないつものくだらない会話を話しながら電車に揺られた。

誰も眠らなかった。

というか、誰も寝てはならなかった。

寝てしまえばこの電車はニュルンベルクまで行ってしまうようであり、そうなればやはりたいへんなことになるだろう。

なので僕らは話し続けた。



フランクフルトへ着く頃には、もう完全に日は沈み、名実ともに夜となっていた。

時間はまもなく夜の十一時というところである。

電車が停まり、僕たちはフランクフルトの駅に降り立った。

「ああ眠い、今日はぐっすり眠れるね」

「帰ろう」



僕たちは地下鉄に向かい、それぞれがホームステイ先の家に帰っていった。

WESTENDのマーティンさんの家に着く頃には、もう僕はくたくたに疲れ果てていた。

しかし、このケルン、ブリュール、ボンへの日帰り強行の旅は今でも心に強く残る思い出である。

ケルン大聖堂、アウグストゥスブルク城、ベートーベンハウスにシューマンハウスなどの歴史的建造物も勿論心に残ったが、車窓からみるライン川や、いつまでも日が沈まないドイツの青い空と太陽、それに旅の中で出会った人々も心に深く刻み込まれている。

体に疲労を感じながらも、素晴らしい経験の数々に充足した気分の僕は、

「今日はきっとすぐに眠れるだろうなあ」

と、素敵な気分のままベッドに横になると、やはりあっというまに深い眠りに落ちていったのである。

ちなみにこの日の万歩計は38000歩以上歩いたことを指し示していた。

一日30キロ以上歩いたのは恐らく学生時代以来のことであったように思う。



→ドイツ阿呆紀行 第十二回につづく