「今日、学校行きたくない」

 

今でも次男から

たまに言われる言葉だけど

 

最近、この言葉に

「愛」しか感じません

 

私を

信頼してくれて

絶対的な存在と思ってくれていて

 

嫌われる

とか

捨てられる

とか

 

そんな心配はいらない存在だと

思ってくれている…

 

と、思うだけで胸が熱くなる

 

不登校っていう

どこに出口があるのかわからない

何が正解かわからない

出来事の中で

 

「どうしてうちの子はみんなができる事出来ないんだろう…」

って、

落ち込み

やり場のない悲しみや苦しみで

ふさぎこんでしまうけど

 

 

この子たちは

みんなができない事をしてるんだよね

 

 

「学校行かない(行きたくない)」

と、決断してる

 

 

その自分の気持ちを

ちゃんと伝えている

 

 

はたから見たら

わがままに見えるのかもしれない

 

 

弱い子に見えるのかもしれない

 

 

でも、私は

芯の強い子なんだと思うんです

 

 

そして

 

「今日、学校行きたくないんだ」

って、言える

お子さんのお母さんは

どれだけ信頼されてるんだろうって

 

 

お母さんは母艦のような存在で

広い空、大きな海を旅をしようとする

子供たちに充電をさせる場所

 

 

初めて見る

広い空、大きな海

最初から怖気づいてしまう子

ちょっと出たけど、また戻ってきてしまう子

不安を抱えながら必死にトライする子

 

助けが必要になった時

そっと、帰れる場所

 

 

子供が困っているとき

 

 

手を引いて

行き先まで導くのではなく

 

 

背中を優しくそっと押してあげる

倒れないように支えてあげる

 

 

そんな存在でありたいと思うし

 

 

きっと

「学校に行きたくない」

と言うお子さんを持つお母さんは

 

 

すでに

そんな存在だと思うのです

 

 

だからと言って

すぐに不登校の不安がなくなる訳ではないのだけど

 

 


お子さんも素晴らしい!

お母さんも素晴らしい!



もう、

この気持ちでいっぱいで

 

 

きっと、この経験が

未来、

お子さんとお母さんの

「光」

になることを信じているんです。

 

 

 

 




先日

田中みずえさんとのお茶会があり

ライトワークで皇居まで足を伸ばしました。


最後行き着いた先が

4月も終盤に差しかかろうと言うのに

まさに満開の八重桜


以下、みずえさんからのメッセージ

です

↓↓↓↓↓


これから、私たちに必要なのは
桜のような生き方。

桜は根っこの力が強く、
大地にしっかりと根付くもの。
他者の言葉や存在に揺れることなく
真の自分に繋がり、他者のせいにせず
自分に責任を持ち、自分の軸でいきること。

そして、しっかりとした自分軸
グランディングしているからこそ

たおやかで、しなやかであり
他者の心を優しく包み込むような

存在そのもので、自他を輝かせ
散り際の潔さも持ち合わせる
人としての美しい生き方だと感じました。


=========end=========


女性だから

お母さんだから

自分では無いものになろうとしない



自分の軸と覚悟で生きていく



私が思う覚悟とは

未来、どんな自分がいたとしても

自分が受け入れる事



覚悟が出来た時

はじめて

頭と心と体が繋がり

自分を生きている感覚が溢れ出す



我が子が

「学校に行きたくない」

自分の気持ちに正直に生きるように



母である私達も

自分に正直に生きていいんです



私も

桜のように

しっかりと根をはり

しなやかに

潔く

生きていきたい