創業以来、15年半にわたりお世話になってきた事務所から引越しをすることになりましたキョロキョロ

日本システム時代から数えれば、20年間通い慣れた早稲田の街を後にすることになりますショボーン

 

今はまだ寂しい気持ちの方が勝っていますが、いずれ、これで良かったと思うことの方が多くなることを願って決意しました炎

 

引越しを決めた経緯について、また、準備に当たって乗り越えてきたこと一つ一つをご紹介していきたいと思いますグッ

 

 

はじまりはニュース映像からテレビ

 

実は、1月のはじめから、ずっと気持ちの晴れない日が続いていました悲しい

理由は何となく分かっていました泣

能登地震のニュース映像で、そこにご家族がいらしたであろう家々が、歴史ある神社やお寺が、積み木を崩すように、一瞬で崩れ落ちる様を見てから、言いようのない虚無感と焦燥感にとらわれるようになってしまったのです不安

 

翌日のJALの羽田空港での機体火災の映像が追い討ちをかけましたショボーン

盛和塾でJAL再生を間近で見てきて、半ば家族のように感じていた方々が大切にして来られた安全が、何十億円もする飛行機が、燃えていたのです赤ちゃん泣き

 

HSPでエンパスの私にとって、この二つの出来事は、心に耐え難い亀裂を与えてしまい、持つことの怖さ、失うことの辛さを、我がことのように感じてしまいましたえーん

 

大事なご家族や家や日常を一瞬で失ってしまった方々のお気持ちを思うと、背中に何かが走ります悲しい

 

そして、もし明日東京に地震が起きて、家や会社があんな風に潰れてしまったら、火災が起きて、大切にしてきた物を失うことになってしまったらびっくりマーク

 

しばらくは心にさざなみを感じる程度でしたが、日を追うごとに亀裂が大きくなってきてもやもやもやもや

 

3月も終わりに近づいたある日、気の流れを変えるために事務所のレイアウト変更をしようと思い立ち、その道の大家の方に、風水を見ていただけるようお願いしました電球

自分の心の状態と合わせてご相談したところ「この事務所にこだわる理由は何ですか?」「社員の人数にしては、物があり過ぎるのでは?」「これほどのスペースを確保して、この場所にいる必要性はありますか」と聞かれ、ハタと考え込んでしまいましたキョロキョロガーン

 

このビルは、日本システムの創業者だった村上社長が経営する会社(株式会社ジェックス)の事務所を間借りして2009年にフロックを創業し、一昨年、村上社長が引退されてからは、契約の名義をフロックに変えて、ずっとお世話になって来ましたにっこり

 

20年近く通ってきた土地であり、「株式会社フロック=早稲田/安商ビル」というデフォルト設定が頭の中にあり、これまで「引っ越す」という選択肢にまったく思いが至らなかったのですうーん

 

「ここじゃなくてもいいんだびっくりマーク

 

そう思うと、2月末に2年間の契約更新を申し込んだばかりにも関わらず、引っ越しに向けて、一気に頭が動き出しましたトラック

 

気づかせていただいた一人目の神様に、心から感謝ですお願い

 

 

続きます右差し

 

 

 

下矢印東西線早稲田駅1番出口から30秒、本当に便利な場所でしたおねがい

 

 

下矢印ビルの3階、窓の招き猫を目印に来られる方も多かったです三毛猫黒猫オッドアイ猫

 

 

下矢印1990年に建てられたビルで、昨年まで大家さんが1階で床屋さんをされていました。「安商ビル」の名の通り、皆さん長く商売されていて、大家さんはじめ入居者同士とても仲の良い、アットホームなビルでした学校ハート

 

 

 

 

下矢印真ん前に地域で有名な八百屋さんがあって、午前中はいつも大賑わいでしたキラキラキラキラ

 

 

下矢印日当たりがよくて、お花がよく育つ素敵な環境ハート