The Lady アウンサンスーチー 引き裂かれた愛【映画】リュック・ベッソンが国際政治を問う | 編集者 福田清峰の I Love You

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『The Lady アウンサンスーチー 引き裂かれた愛』
原 題:THE LADY
製作年:2011年
製作国:フランス
日本公開:2012年7月11日
上映時間:2時間13分

監 督:リュック・ベッソン
キャスト:ミシェル・ヨー、デイヴィッド・シューリス


人道的にこんなことが許されるのでしょうか?
この映画を観て、憤りと家族愛に涙せずにはいられません。
こんなことが、この時代にまかり通るというのが、残念ながら理解することができません。
理不尽とはこのことなのかと、考えざるを得ません。




ビルマは1989年6月18日、軍事政権「国家法秩序回復評議会」 (SLORC) により、国名をミャンマーとしました。
それを受けて、軍事政権が代表権を持つ国連や関係国際機関は、呼称を「ミャンマー」と改めました。

もちろん、アウンサンスーチーさんは名称変更を認めていません。
さらに、「ビルマ連邦国民連合政府 」(NCGUB) のほか、アメリカ合衆国、イギリス、オーストラリア政府なども認めていません。
ちなみに、EUは両表記を併記しています。

日本政府はといえば、軍政をいち早く承認し、日本語の呼称を「ミャンマー」と改めました。
当時の総理大臣は、在職日数69日という、宇野宗佑さんです。

ここでは、あえて、軍事政権の名付けたミャンマーではなく、「ビルマ」と表記したいと思います。





アウンサンスーチーさん…、ビルマの独立運動を主導し、ときに日本軍とともにイギリス軍と戦い、さらにはイギリス軍側に寝返るなど、ビルマの方向性を舵取りし続け、独立のシンボルとしてその達成を目前にして暗殺された「ビルマ建国の父」ことアウンサン将軍の娘です。

イギリスはオックスフォード大学に留学し、イギリス人の学者であるアリスと結婚し、2人の息子と幸せな生活を送っていましたが、母の危篤の知らせに母国ビルマに戻ります。

そのときビルマはネ・ウィンの軍事独裁政権下、学生を中心とした民主化運動が日増しに盛んになるなか、軍による制圧も強まっていきます。
母の入院する病院で軍に無差別に撃たれる学生たちを目前にし、アウンサンの娘の血がたぎります。




一度国外へ出てしまうと、二度と入国が認められ亡くなる可能性があるので、アウンサンスーチーさんは1988年に母が亡くなったあとも母国にとどまります。

父、アウンサンの血を引く娘として、多くの信者がアウンサンスーチーの元に集まり、政治活動ははじまっていきます。
が、アウンサンスーチーさん、翌年1987年には自宅軟禁となってしまいます。

アウンサンスーチーさんの家族は何度もイギリスとビルマを行き来しますが、夫アリスはもちろんのこと、2人の息子たちの国籍も剥奪され、ビルマへの入国が難しくなっていきます。

軍事政権は1990年5月27日に総選挙を行い、アウンサンスーチーの率いる国民民主連盟が392対10と大勝したにも拘らず、軍政は「民主化より国の安全を優先する」との理由で、政権委譲をすることもなく、アウンサンスーチーさんへの軟禁も変わることはありませんでした。




ここで、アリスが国際舞台でもろもろの働きかけをしていたことと、選挙結果を無視し続ける軍政の姿勢に対し、国際世論の批判も高まり、1991年アジア女性として初のノーベル平和賞を受賞します。
授賞式には、アウンサンスーチーさんは出席できず、代わりに家族が授賞式に出て、長男がスピーチをします。

そして、受賞から21年目の2012年6月16日、アウンサンスーチーさんはノルウェーで、1991年に受賞したノーベル平和賞の受賞演説を行いました。
これだけでも、どれだけの長い道のりを経なくては平和は手に入れられないのか、疑問が残ります。
もっと早く、アウンサンスーチーさんを自由にしてあげられなかったのか…むなしさとぶつけようのない痛みを感じずにはいられません。




ノーベル平和賞の受賞者を見てみると、アウンサンスーチーさんが受賞される2年前にはダライラマさんが受賞され、2010年には中国の人権運動家、劉暁波 (リウ シアオポー)さんが受賞されています。
ノルウェーという国、ノーベル賞委員会の気高い志と、何者にも屈しない姿勢に、涙が込み上げます。


さて、夫マイケル・アリスさんは1999、前立腺癌でこの世を去ります。
晩年、幾度となく、提出されたビルマへの入国申請書は1枚たりとも敵うことはありませんでした。


アウンサンスーチーさん、2012年1月10日、国民民主連盟中央執行委員会議長に選出されました。
アウンサンスーチーさん、1945年6月19日生まれですから、御年67歳になられます。もっと早く、なんとかならなかったのと、それだけが悔まれる気がしてなりません。

それでも今なお軍事政権が続いています。

何を持ってして、非合法というのかは各国の法治によるものかもしれませんが、いかに非人道的行為であるかの基準は世界共通のはずです。


そして、ビルマの地下に眠る、数々の地下資源と世界有数のアヘンの栽培地域でもあることから、多くの国が利権を求める裏事情もあり、国際社会の動きが今ひとつ、ぴりっと制裁を加えられない…歯がゆさも抱えています。

アウンサンスーチーさんが本当の意味で意志を全うするには、もう少し時間がかかるかもしれません。

アウンサンスーチーさんという生き方に尊さを感じます。
その反面、翻弄され数奇な人生を歩んだ最愛の夫アリスのことを思うと違う選択肢もあったのかもれないと、複雑な思いになります。
それは、2人の息子たちも同じです。

しかし、この映画を観れば、アウンサンスーチーさんという生き方に拍手を送りたくなるはずです。
この映画、本当にひとりでも多くの人に観てもらいたいです。

リュック・ベッソン監督が挑んだからこそ、国際社会への影響力というチャンスも広がるはずです。
アカデミー賞にノミネートしてほしい作品です。


撮影中のリュック・ベッソン監督とアウンサンスーチーを演じたミシェル・ヨーさん。




ジャパンプレミアに来日したリュック・ベッソン監督とミシェル・ヨーさん。




リュック・ベッソン監督は「ミシェル・ヨーが、この脚本で僕にプロポーズしてくれたんだ!初めは、プロデューサーとしての依頼だったんだけど、脚本を読んだら“ぜひ僕に監督をやらしてほしい”とミシェルにお願いしたんだ」と語ったそうな。





角川シネマ有楽町 ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開予定となっていますが、とにかく多くの映画館で公開してほしい作品です。






自由  自ら綴った祖国愛の記録 (角川文庫)
アウンサンスーチー 柳沢 由実子
4041003466 


増補復刻版 ビルマからの手紙 1995~1996
アウンサンスーチー 土佐 桂子
4620321222 


新ビルマからの手紙 1997~1998/2011
アウンサンスーチー 土佐 桂子
4620321192 




 

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