理解できない。

 

宗教の問題なのでそれに対しての見解はしないが、

 

私は個人的に、理解ができない...。

 

過去に最高裁で病院が輸血して敗訴した判例があるが、

 

それは患者が成人であった場合である。

 

そもそも2歳の女の子が輸血をしたくないという意思があったのかどうか...。

 

親権を持っているから親が決める...

 

それなら助かる命を見殺しにして良いのか...

 

エホバの証人は本人の意思によらずに輸血された場合に関しては本人に罪はないとの見解を示している。」

 

これによればこの子は輸血しても罪はないことになる、とエホバの証人が言っている。

 

以前にもあまり信仰心のない女性が、

 

兄弟が宗教上の問題で輸血してくれないという悲痛な悩みを告白していた。

 

そもそも「血を食べる」と定義した昔の宗教の教えと、

 

現代医学での輸血は意味が全く異なるのではないだろうか?

 

亡くなった子供が2歳の女の子だけに、

 

非常に考えさせられる事件だ...。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

以下、読売オンラインより抜粋

 

いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 私が小児外科病棟で、小児がん治療のリーダーを務めていたとき、2歳の女児が入院してきました。胸とお腹(なか)の境あたりに3センチくらいの出っ張りがあることが、入院の理由です。丁寧に触診すると、単なる皮下の良性腫瘍(しゅよう)とは違っているようでした。私は女児に軽い麻酔をかけて、X線CTを撮影してみました。

 

手術だけでは再発・転移 抗がん剤治療をすると輸血が必要だが…

 腫瘍は胸の奥に向かって根深く広がり、肋骨にも浸潤しているように見えました。この場合、小児がんを疑う必要があります。翌週、女児は手術予定となりました。手術をしてみると、腫瘍は深く広がっていましたが、肋骨(ろっこつ)を一緒に切除することなく、摘出できました。手術が終わると、私は早速、摘出した組織の標本を病理検査部に提出しました。

 1週間たって結果が届きました。病理診断は、「未分化神経外胚葉性腫瘍」というものでした。大変珍しい小児がんです。学会に報告されるような希少疾患です。でも、私はこの腫瘍を治療した経験がありました。治療は、外科手術だけではまったく不十分です。このまま放置すると、100%再発・転移します。治療の鍵を握るのは、抗がん剤治療です。

 私は母親に、抗がん剤の投与計画を説明しました。全治療期間は1年を超えます。また、抗がん剤の副作用の説明もしました。嘔吐(おうと)すること、髪の毛が抜けること、骨髄の造血幹細胞がダメージを受けるため、輸血が必要になることです。治療開始は1週間後と告げました。

母の意向に、上司はあっさり治療をあきらめ

 予期せぬことが翌日に起きました。母親が、「病棟の責任者に会って、もう一度話を聞きたい」と言うのです。要件はわかりませんでしたが、私ではなく准教授が対応しました。私は、面談室に入っていく母親と准教授の後ろ姿を見守りました。意外なことに、2人はすぐに面談室から出てきました。准教授は、私たち医師の前に歩み寄り、「ダメだ。退院させる。あの子の両親は宗教的な理由で輸血を拒否している」と告げました。

 私は思わず、「え、それって、子どもを見捨てるってことですか!」と叫んでいました。あっさりと治療を諦(あきら)めてしまう准教授の方針にも不満でしたが、私は親の考えに腹を立てました。これでは一種の医療ネグレクト(育児放棄)ではないか? 私は女児のいる個室へ駆け込みました。

 

教えを破れば「来世で親子は再会できない」と

 私は、母親に説得を試みました。若い頃、胃破裂の赤ちゃんへの輸血を、親に拒否されたときの情景が頭に浮かびました。2歳の子どもが生きるか死ぬかを、本人ではなく親が決めるとはいったいどういうことでしょうか?

 話をしているうちに、母親の考えていることも、一応は理解できました。宗教を信じている人は、現世での生よりも、来世での生を望んでいる。聖書に書かれた「血を食べてはいけない」という教えを破ると、来世で親子は再会できないというのです。

 私は気づきました。母親の目は、育児放棄をしている親の目ではない。自分の子どもに愛情を持っている。だからこそ輸血を拒否しているのだと。その思いを盲信と切って捨ててしまうのは簡単ですが、そうした態度を取ると、医師と患者家族の関係が崩れてしまいます。

 それでも私は、何とか、この母親の考え方を改めさせようとしました。この母親との人間関係を壊さないように、子どもには最良の医療を受ける権利があることを何度も説きました。しかし、説得は実らず、母と子はその日の夕方、荷物をまとめて病棟を去っていきました。私はその後ろ姿を呆然(ぼうぜん)と見送るだけでした。

 宗教に良い教義と悪い教義があるのかどうか、私は知りませんが、医療者と家族との間に生命観の決定的な違いがあると、それを乗り越えることは極めて難しいと知りました。

学会ガイドラインには「親権喪失の申し立て」も

 今から10年前に、学会から「宗教的輸血拒否に関するガイドライン」が発表されました。成人であれば、自己決定権が優先されます。しかしながら子どもの場合は、輸血をしないで治療する努力をするものの、場合によっては児童相談所に虐待通告し、児童相談所から家庭裁判所に親権喪失を申し立てることも求めています。

 あの女児に対しても、抗がん剤を規定量の50%くらいの量で投与して、輸血を防ぎながら、がんの再発が抑えられるかどうか見極めるという考え方があったかもしれません。ただ、未分化神経外胚葉性腫瘍は非常に悪性度の高い腫瘍なので、そういった方法では結局、再発したことでしょう。

 では、親権を喪失させればよかったのでしょうか? 抗がん剤治療は1年以上も続きます。親権代行者がその間、病院に付き添い続けるというのは現実的ではなかったと思います。

 この女児は、およそ1年後に小児病棟に戻ってきました。最期の看取(みと)りをするためにです。輸血を拒否する宗教を持つ人の心を理解しようと努めましたが、やはり私にはできませんでした。