ピンチからチャンスへ③ | いっちゃんのひとり言

ピンチからチャンスへ③

〇〇総業のN社長は次の日の約束の時間にアタッシュケースに現ナマ6000万円を持って、野村證券仙台支店へやってきた。

N社長は私に「市村、本当に15%以上で回るのだろうな?」と再確認をしてきた。

私は過去の投資信託のトラックレコード(実績)の表を見せて、「大丈夫です」と答えた。

N社長は「わかった」とキャッシュ6000万円を置いて爽やかに帰っていった。

支店の外で見送りをする時に、大型の黒塗りベンツの後部座席へ座わってN社長は走り去っていった。

昭和58年(1983年)当時で仙台でベンツの最上級車に乗っている人を見たことがなかった。

私は超大口の顧客開拓ができたと喜んだ。

一生懸命飛び込み営業をしていて良かったと心から思った。

自分にもチャンスが巡り回ってきたと喜んだ。

しかし、このチャンスと思ったことが私の人生における大ピンチへとなっていくのであった。

15%で回っていた投信が逆に15%のマイナス運用へと1年後になるのである。

N社長はその事実を知り激怒され、私は事務所に監禁されてしまう。

N社長所有のクルーザーに乗せられ、魚のエサになれとも言われた。

この事件の詳細は拙著「昼メシは座って食べるな!」(サンマーク出版)の第5章に出てくる。

この歳になれば注意すれば相手の素性はわかったはずだと思う。

しかし、24歳の新人の自分には顧客を新規で作ること以外眼中になかった。

後で良く提燈を見れば立派な組の名前が書いてあったし、国分町のクラブへ行けばどのクラブの従業員も起立してN社長へ挨拶していたし、夏なのに人前では決して半そでのシャツを着ていなかったし、奥様は岩下志麻にそっくりであったのだ。

若気の至りとはこのことを言うのだろう。

 

 

 

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