ピンチからチャンスへ② | いっちゃんのひとり言

ピンチからチャンスへ②

1983年(昭和58年)に立教大学社会学部を卒業し野村證券に入社した。

最初の赴任地は杜の都「仙台」であった。

新人である1年目は来る日も来る日も仙台市内で名刺集めの飛び込み営業をやっていた。

「一日に200軒は飛び込め、40枚の名刺を必ず集めてから帰社せよ!」の鬼教育担当からの絶対命令の中で日々奮闘していた。

仙台市内のある地域を飛び込み営業していた時に、会社の看板に「〇〇総業」と書いてある所へ飛び込んだ時の話だ。

事務所のドアを開けると受付のパーテーションがあり、奥に大きな事務机が見えた。

大柄な男性が一人でその机の後ろに座っている。

その人に対して私は大声で「野村證券の市村と申します。社長はいらっしゃいますか?」と言った。

すると、その大柄な男性が「わしが社長だが、何の用だ」と聞かれた。

私はこの地域を担当しているので名刺交換をして欲しいと申し出ると、机の前のイスに座れと命じられたのだ。

受付の奥へ向かって歩いていくと、壁に提燈がいくつか飾ってあり、祭り好きな人なのだと思って近付いていった。

名刺交換をし、名刺を見ると、「事業ローン、小口金融」と書いてある。

金融の仕事をしている人なのだと思い、色々と新人なりにその社長に質問をした。

社長は金に困っている人に小口で資金を貸してあげていると言う。

又、自分の金は安全な運用で年に6%位で回しているとも言われた。

ならば、野村證券の投資信託のレインボーファンドで運用をしたら、15%以上で回っている実績があるので、それで運用しないかと持ちかけた。

すると社長はいくら購入すればいいのかと聞かれ、私は自分の月間ノルマの6000万円分をオファーしてみた。

ところが、社長は顔色ひとつ変えず、「わかった。明日おまえの会社へ現金で6000万持っていく」と言われた。

 

 

 

 

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