野村證券はどこへ行く | いっちゃんのひとり言
2019-01-10 07:00:44

野村證券はどこへ行く

テーマ:ブログ

平成が終わろうとしている。

 

1989年・平成元年の大納会に日経平均株価は史上最高値38,915円を記録した

 

 

しかし、その大納会を終えて野村證券の仲間と新宿のホテルのバーで飲んでいる時、先物・オプション担当のTが変な事を言った。

 

 

「市村さん、引け際に強烈に日経平均の先物に売りの注文が海外から出ているんですよ。プットの買いも尋常ではない数量だ。海外の投資家は来年から日経平均は下がると見ているんですかね。」

 

 

当時の証券マンは我が世の春を謳歌していた。

 

 

私より上の先輩たちは1億円以上の自宅を買い、ゴルフの会員権やら別荘も買っていた。

 

 

平成元年の時価総額ランキングではNTTが25兆4,280億円でトップ。

 

 

野村證券は10位で6兆4,789億円もの時価総額があった。

 

 

銀行17行がトップ50に名を連ねていた。

 

 

4大証券も50以内にランクインしていた。

 

 

当時は金融業界が隆盛を極めていたのだ。

 

 

しかし、Tの変な発言通り、1990年・平成2年より日経平均は大幅に下がり始めた。

 

 

坂道をころげ落ちるが如く、2009年に日経平均7,054円で大底を付けるまで20年間の月日が流れた。

 

 

そして大底から10年が過ぎ、平成が終わろうとしているのだ。

 

 

古巣の野村證券は赤字へと転落し、時価総額のトップ50からも姿を消した。

 

 

あれだけ働く集団であった野村も、今や時代に取り残された恐竜のようだ。

 

 

個人投資家は高齢となり、運用を止めつつある。

 

 

又、スマホの普及により、株式などの注文は証券マンを通さない。

 

 

支店を駅前の一等地に構えての高コスト営業はもう時代に合っていない。

 

 

投資に関するアドバイス業務を提供することによって、顧客の資産を実際に増やすことが出来なければ、証券マンとしての存在価値がない時代になっているのに気が付いていない。

 

 

1日の来店数が、1ケタの店舗が存在しているのを今まで放置していた経営には呆れる。

 

 

成果報酬型に変えようが、今の野村の社員は動かない。

 

 

御用組合出身の仲良し経営陣の弊害が、今の株価に出ている。

 

 

「野村版ゆとり教育」はもう止めるべきだ。

 

 

「休み方改革」推進も止めるべき。

 

 

早晩山一証券と同じ道をたどる。

 

 

超富裕層特化型のビジネスモデルに変更すべし。

 

 

ユニコーン企業となる可能性のある先とリスクマネーをどのように結び付けていくかが、野村の生き残りの最後の道となる。

 

 

リスクマネーの担い手らしく自らリスクを取れ!

 

 

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