躾け 日本とイタリアの間で | 憧れの(?)Italia Firenze生活

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イタリアはフィレンツェに住みつき早十数年。
日本語を教えながら、イタリア人の夫と暮らしています。
私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪


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先週の土曜日。

 

私は午前中用事があったので、ダンナがピピウを外に連れていきました。

 

しかし、あいにくの雨。

 

そこでダンナは隣町のショッピングセンターまで行き、そこにある屋内のプレイゾーンでピピウを遊ばせることに。

 

土曜日ということと、天気が悪かったこともあって、たくさんの子供たちでけっこう混んでいたそうです。

 

 

 

子供のほとんどはピピウより年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんだったそうです。

 

 

ピピウが遊んでいる遊具のところに他の子たちがやってきて、ピピウを押しのけて遊び始めたそう。

 

それを見ていた保護者(祖父母、両親)は何も言わなかったそう。

↑ダンナちょっとムカッとしたそうです。

 

年齢的にも体格的にもピピウより大きい子供たちにピピウは圧倒され、立ち向かうも歯が立たなかったようす。

 

それをダンナは「負けるな!」と思いながら見守っていたそうです。

 

 

その子供たちは少し遊んだ後、他の遊具のところへ行ってしまい、またピピウ一人でゆっくりと遊んでいました。

 

すると、今度はピピウより少し小さいか、同じくらいの年の女の子がピピウのところへやって来て、ピピウが遊んでいる遊具に手を伸ばしました。

 

すると…

 

ピピウ、その女の子の手を遊具から払う真顔

 

それでも近寄って来る女の子…

 

ピピウ、女の子を押す真顔

 

 


また遊びを邪魔されると思ったのでしょう。

 

近づく女の子をブロックしていたそうです。

 

 

それを見たダンナはピピウに一緒に遊ぶように言い聞かせ(←たぶん分かってないけど)、

女の子の保護者にピピウが押したことを謝ったそう。

 

ダンナ曰く、女の子もそのお父さんも礼儀正しい人だったそうで、笑って終わったそうです。

 

 

ピピウが女の子をブロックしたことをダンナは私に、

 

「ピピウ、ちゃんと意思表示できてた。」

 

「立ち向かってた。」

 

と、少し誇らしげに言いました。

 

 

 

いやいや、あかんやろ真顔

 

 

一緒に遊ばないといけないし、人を押したりするのなんか絶対にダメ。

 

 

「ダメなものはダメと教えないと。

ちゃんとピピウをしかった?

ピピウが押した女の子に謝った?」

 

と聞くと、

 

「もちろんピピウをしかったし、相手には謝った。

みんな一緒に遊ばないといけないし、他の子を押したりするのは絶対にダメだけど…

やられっぱなしでも困る真顔

 

 とダンナ。





 

そうでした。

 

 

ここはイタリアイタリア

 

 

 

「私のせいです」と言ってはいけない国イタリア

 

譲ってばかりでは永遠と順番が回ってこない可能性のある国イタリア

 

Noと言わないとYesと判断される国イタリア

 

時に“優しさ”を“愚かさ”と言われる国イタリア

 

 

 

 

確かにやられっぱなしでは困る真顔

 

 

 

 

 

 

 

でも、イタリアでの“強さ”が日本では“傲慢”と言われる場合があるのも事実。

 

イタリアでは(日本人にとってはいきすぎた)自己主張は大切なことですが、日本は“出る杭は打たれる”と言われる国。

 

 

どうしたものか?

 

…と、思う反面、

 

実は、もう私の中で答えは出てます。

 

 

 

イタリアスタイルでいくイタリア

 

 

 

というか、イタリアで育っていくため、そうならざるを得ないと思うんです。

 

きっと、自然とイタリア人の価値観を優先とした躾けになるでしょう。

 

でも、それはそれでいいと思っています。

 

イタリア人だって礼儀正しい人は日本人から見ても礼儀正しいわけで、日本人だって日本人からみて失礼な人もいます。

 

イタリアも日本も、根本的な道徳観はたぶん同じ?だと思うんです。

 

だから、基本的に問題ないのではと思います。

 

 

 

おそらく、問題は私です。

 

私は日本で生まれ、日本人の祖父母、両親のもと育ちました。

 

がっつり日本人の価値観の躾を受けてきたわけです。

 

実際、イタリアに15年住んでも、日本の家族、先生、友達、社会から教わった“正しいこと”の価値観は変わることはありません。

 

だから、イタリアでは日本の常識は通用しないと理解していても、違和感を感じることは未だに多々あります。

 

 

ピピウが成長して、私が違和感を感じることをピピウがしたら、きっと私は“日本では…”と言うんでしょう。

 

 

でも、それは私の日本人としてのアイデンティティ。

 

いつかピピウが理解してくれる日が来るでしょうか?

 

 

 

 

国際結婚して、海外在住で、子育てされてるみなさんはどうなんでしょう?

 

 

 

 

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