全て順調にいっていた妊娠生活。
それが26週目にして急変。
かなりの未熟児でこの世に出てきたピピウ。
その時は保育器の中にさえいれば順調に育つと思っていました。
確かに、現在の医療技術では500gで生まれた赤ちゃんの命さえ救うことが可能です。
私はその現場をこの7ヶ月のうちに自分の目で見ました。
ただ、まだお母さんのお腹の中で数ヶ月育つはずだった胎児にとって、外の環境がどれだけ過酷であり、危険を伴うものなのかを知っておかなければなりません。
未熟児で生まれたが故に、多くの合併症と戦い、それを乗り越えなければならないのです。
もし乗り越えることができなければ、命を落とす危険があります。
なんとか乗り越えたとしても、後遺症が残る場合もあります。
それは、赤ちゃんにとっても、両親にとっても簡単なことではありません。
ピピウの場合は未熟児で生まれ、腸閉塞になり、小腸の大部分を失い短腸症候群になりました。
ピピウが生まれてから1歳までに(正確には生後10ヶ月までに)受けた手術は
動脈管開存症による動脈管閉鎖手術1回
小腸の手術計5回
胆嚢炎による腸閉塞での手術1回
簡単な手術では
未熟児網膜症によるレーザー治療計5回
中心静脈カテーテル体内破損による抜去と新しいカテーテル挿入手術1回
計13回も手術室へ入ったのでした。
看護師さんと今でもよく話すのですが、
「私がピピウだったら、きっとギブアップしている。この子は本当に強い。」
と。
本当にそうだと思います。
NICUではたくさんの人達が毎日戦っています。
ドクターも看護師さんも親も、そして患者の赤ちゃんも。
その戦いは時には予想以上に過酷で、NICUの外の世界から取り残されたかのような気持ちになります。
道を歩いていても、スーパーに買い物に行っても、お腹の大きな妊婦さんを見ては、
"私もあんなに大きなお腹になりたかった"
と涙ぐんだこともありました。
ご機嫌でベビーカーに乗っている生まれたばかりのぷくぷくした赤ちゃんを見ては、
"どうして私の息子はガリガリで、いろいろな管に繋がれ、保育器の中で苦しそうにしているんだろう"
と泣けてきたこともありました。
周りの世界が全部偽物に見える…
そんな気分の時もありました。
"もうだめだ"
そう思ったこともありました。
でも、子供の生命力はすごいです。
きっとヒトの、動物の本能なのだと思います。
"生きる"
ということ。
NICUの小さな小さな戦士たちは、毎日、その本能に従って、生きることを目指していました。
彼らは医者でも説明できないような"奇跡"を起こせる存在です。
私はその強さと奇跡をこの目で見ました。
どうか、世界中のNICUで毎日できるだけ多くの奇跡が起きますように。
ピピウの戦いは残念ながらまだ続いていますし、まだ続きます。
NICUを退院した後も…色々大変でした…。
でも、これからもピピウは戦い続け勝ってくれることを信じ、そばで支えていきます。
*NICU退院後、特に大変だった入院の話はこちら。
そして、最後になりましたが、会ったことも、見たこともない、日本から遠く離れたイタリアで生まれたピピウのことをブログを通して応援してくださった(くださっている)皆さん、本当にありがとうございます。
全てのコメントやメッセージにお返事できておらず、申し訳ありません。
皆さんの暖かいお言葉、応援に、いつも励まされています。
私のイタリア生活は現在99%ピピウ中心に回っているので、ピピウ中心のブログ記事になるとは思いますが、これからもお付き合いいただけると幸いです。
NICU退院から約9ヶ月経った今、ピピウの容態は順調です!
本当にありがとうございました。
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