ピピウが生まれてから42 ~3時間の自由~ | 憧れの(?)Italia Firenze生活

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イタリア、フィレンツェにて、イタリア人の夫と暮らしています。

2017年春に第一子となる息子ピピウ(仮名)を出産。

ただ、26週というかなりの早産で生まれてしまった息子。

息子が生まれてからNICUを卒業するまでの過去の出来事を当時の日記をもとに書いています。

 

 

~3時間の自由~

 

 

8月。

 

2017年の夏は暑かったのを覚えています。

 

夏もずっとNICUへ通いました。

 

この時期、ピピウと誕生日の近いNICUの赤ちゃんたちはほとんど退院。

 

なんだか取り残された感があって寂しかったですが…。

 

ピピウと数日しか誕生日の変わらないG君も、そのときNICUで頑張っていました。

 

私はGくんのお母さんとお茶をしたり、お昼ご飯を食べたりしてよく一緒に時間を過ごしました。

 

 

 

 

いつものようにNICUに行って、ピピウを抱っこしているとドクターがやってきました。

 

「ピピウのお母さん、今日から中心静脈栄養の点滴を一日3時間だけストップさせるよ。

肝臓にもそのほうがいいし、徐々に慣れさせていこう。」

 

と。

 

 

生まれた時から24時間つながっていた点滴が取れる?!?!

 

 

一瞬信じられませんでした。

 

いつ点滴を外すのか聞いて、ダンナに連絡しました。

 

点滴を外すのは午後3時から6時までとのこと。

 

 

 

点滴を外す1時間前に点滴が落ちる速度を半分にします。

 

そして、その30分後にさらに点滴の落ちる速度を半分に。

 

急に栄養の点滴を外して血糖値が急激に下がるのを防ぐためだそうです。

 

 

 

 

点滴を外すときにはダンナも病院に駆けつけていました。

 

看護師さんがピピウに入っているカテーテルにつながっている点滴を外します。

 

点滴が外されたカテーテルには蓋がつけられ、ガーゼと液体を通さないフィルムで包まれました。

 

 

そして、看護師さんが、

 

「さあ、ピピウ、3時間だけ自由よ。」

 

と。

 

 

ダンナがピピウを抱っこしました。

 

初めて、何の管にもつながれていないピピウを抱っこしました。

 

 

いつも抱っこをするときはつながれている点滴に気を使っていました。

 

ピピウを抱っこしても、点滴の管がつっぱらない程度の距離しかベッドから離れることができませんでした。

 

この喜びをなんと表現すればいいのでしょうか…

 

ピピウが生まれてからその日まで、何にもつながっていないピピウを見たことがありませんでした。

ほかの赤ちゃんのように普通に抱っこして、少しだけベッドから離れるということもできませんでした。

 

 

「私にも、抱っこさせて!」

 

何にもつながれてないピピウを抱っこすると、ピピウが普通の赤ちゃんに見えました。

 

生まれてから起こった最悪の出来事なんて嘘みたいに思えました。

 

 

うれしくて、涙が出てきました。

 

 

 

 

 

ダンナと二人でしんみりしていると…

 

 

NICUに知っている顔の人が…

 

 

 

バカンス中のはずのNICUの医局長Dr.Fと転院前にお世話になったNICUの医局長D教授でした。

 

この日はピピウがお世話になっている小児総合病院で会議があったらしく、二人とも病院に来ていたそうです。

 

それで、NICUにも赤ちゃんの様子を見に来たと。

 

 

ダンナがピピウを抱いて駆け寄りました。

 

「Dr.F、今日から3時間の点滴ストップなんです。

D教授、ご無沙汰してます。ピピウ、大きくなったでしょう?」

 

D教授はハグとキスのあいさつ(親しみを感じる挨拶)をしてくれた後、

 

「ピピウ!大きくなって。まったく別の赤ちゃんじゃないか!」

 

Dr.Fが微笑みながらD教授にピピウの状況を説明してくれました。

 

その説明も、ストマの問題があったが今は閉鎖して順調にいっているとの説明で、私たちもそれを聞いて安心しました。

 

 

ダンナがD教授に

 

「退院できたら、必ずNICUにあいさつに伺います。」

 

というと、

 

「その日を楽しみに待っていますよ。

その時は私に連絡をください。私も絶対にピピウに会いたいから。」

 

と。

 

 

 

 

3時間後、ピピウはまた点滴につながれました。

 

たった一日3時間。

 

でも、大きな大きな一歩でした。

 

 

 

この日は本当に“いい一日”でした。

 

 

 

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ピピウが生まれてから1か月だけお世話になったD教授のNICU。

 

たった1か月でしたが本当にお世話になりました。

 

転院の日、D教授は「転院しても、私たちとピピウの関りが終わるわけではない。

手術がうまくいって、またこのNICUに帰ってきたければ帰ってくればいい。

これからも私たちはピピウの状況を把握していくからね。」とおっしゃっていました。

 

嬉しかったですが、社交辞令だろうと思っていました。

 

が…

 

転院してからもD教授には手術後に電話をいただき、話を聞いていただきました。

ときどきDr.Fからも「今朝、D教授から電話があったよ。」と聞きました。

 

私たちと同じアパートの人がD教授のNICUのドクターと知り合いで、

その人が私たちが話したピピウの近況をそのドクターに話したところ、

「あぁ、知ってるよ。転院先のNICUとは連絡を取っているからね。」と言っていたそうです。

 

本当に転院後もピピウの状況を把握してくれていたのです。

 

きっとピピウだけじゃなく、転院した赤ちゃんみんなにそうされているのだとは思いますが、本当にうれしかったです。

 

ピピウが退院した後、D教授に電話をして挨拶にいったのは言うまでもありません。

 

最初のNICUでも、転院先のNICUでも、スタッフには本当に本当に恵まれました。

 

 

 

 

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