ピピウが生まれてから20 〜ピピウが私の胸で泣いていた訳〜 | 憧れの(?)Italia Firenze生活

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イタリアはフィレンツェに住みつき早十数年。
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私の平凡なイタリア生活の実態を御紹介♪


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イタリア、フィレンツェで、イタリア人の夫と暮らしています。

2017年春に第一子となる息子ピピウ(仮名)を出産。

ただ、26週というかなりの早産で生まれてしまった息子。

息子が生まれてからNICUを卒業するまでの過去の出来事を当時の日記をもとに書いています。





〜ピピウが私の胸で泣いていた訳〜

初めてのカンガルーケア以来、ピピウの容態が落ち着いている日は毎日約3時間カンガルーケアをしました。

腰が痛くてしょうがなかったけれど、それよりもピピウと肌と肌が触れることが嬉しかったです。

ただ、カンガルーケアを始めると、もごもごと私の胸の上で動き出し、よく泣き出してしまったピピウ。

泣き出すと心拍数が上がるので、アラームが鳴りっぱなしという…。

普通、カンガルーケアをすると赤ちゃんは落ち着くはずなのに、ピピウは泣き出すし…
「カンガルーケア、したくないのかな?」
「私のこと母親と認識していないからかな?」
と、私も泣きそうになる始末。

心配して見に来た看護師さんが、私の胸の上で泣きながらモゴモゴ動くピピウを見て、
「おかあさん、カンガルーケアの前、搾乳した?」と聞いてきました。

当時はまだ3時間おきに搾乳をしていたので、カンガルーケアをする前とした後には搾乳をしていました。

「もしかしたらお腹が空いていて、母乳の匂いもするし、お母さんのおっぱいを探してるのかもね。」と看護師さん。



そう看護師さんに言われて、ピピウに母親として必要とされているように感じ嬉しかった反面、母乳は少なくても出てるのに、お腹の減ったピピウにあげられない寂しさもありました。

複雑な心境でした。




手術から10日後。

母乳が再開しました。
(ミルクが飲めない間は高カロリー輸液を点滴で血管に注入して栄養を取っていました。
ミルクが再開してからも、腸の短いピピウは口から必要な栄養量全てを取ることはできず、足りない分を点滴で補っています。
ピピウは現在も自宅にて1日13時間の点滴をしています。)

3時間おきにピピウに与えられた母乳は…



3ml。





数滴の量です。


3mlの母乳をシリンジに入れて、鼻から胃まで入っているチューブを通して飲ませます。

いや、飲ませると言うより、胃に流し込みます。

しかも、3mlの母乳を30分かけて胃に入れるのです。

数分おきに0,1ml、シリンジを押して母乳を胃へ送り込みます。

その作業は私やダンナがさせてもらえました。
NICUの中でピピウにしてやれることがあるというのは大きな喜びでした。

また、搾乳する意欲も湧いてきました。



ドクターからは「もちろん3mlという量の母乳は栄養のためではない。でも、胃や腸を慣れさせるために意味はある。」と説明がありました。




最初のうち、3mlの母乳は全て人工肛門(ストーマ)から出てきていました。

2回目の手術では少ない腸を休ませるためにもストーマが造設されました。

オムツを変える時にピピウのお腹についているプラスチックの袋。

袋は半面は透明だったので、ストーマを見ることもできたのですが、私は最初は見る勇気がありませんでした。

袋は看護師さんが交換してくれていました。


母乳が再開した当初はストーマの袋に、そのまま白い母乳が出てきていたようです。


私はそれをその時見ることができませんでした…。


※2017年夏にストーマ閉鎖手術を受け、現在ピピウにはストーマはありません。


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