ピピウが生まれてから18 〜初めてのカンガルーケア〜 | 憧れの(?)Italia Firenze生活

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イタリアはフィレンツェに住みつき早十数年。
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イタリア、フィレンツェで、イタリア人の夫と暮らしています。

2017年春に第一子となる息子ピピウ(仮名)を出産。

ただ、26週というかなりの早産で生まれてしまった息子。

息子が生まれてからNICUを卒業するまでの過去の出来事を当時の日記をもとに書いています。




〜初めてのカンガルーケア〜

肺まで入っていた酸素の管も抜け、麻薬性鎮痛剤の投与もなくなり、少しだけ光がさしたように感じた翌日。

いつものように朝からNICUに行き、ピピウの保育器のそばに座り、時々保育器の中に手を入れてピピウを包み込むように触っていました。

お昼になって食堂にご飯を食べに行き、またNICUに戻ってピピウの保育器のそばに座っていました。

すると、夕方ごろ、この日の午後のピピウ担当の初めて見る看護師さんが

「お母さん、カンガルーケアする?」

と声をかけてくれました。



驚きました。



ピピウが生まれてからすでに1ヶ月半以上経っていたのに、未だにピピウをこの胸に抱いたことがありませんでした。


「いいんですか?カンガルーケア、できるんですか?」

と看護師さんに聞くと

「できるわよ。今までしたことないの?」

と。


どうやら、肺まで入っていた管があった間はピピウをあまり動かすことができなかったので、前の病院でもカンガルーケアをさせてもらえなかったようです。




看護師さんが

「一度カンガルーケアを始めたら、2、3時間はずっとそのままの状態でいたほうがいいわ。ピピウを動かすことは彼にとってかなりのストレスだから。今のうちにトイレに行っておいた方がいいわよ。」

と。

急いでトイレに行って戻ってくると、看護師さんが背もたれが倒れるソファーのような椅子を保育器の横に用意してくれていました。



そこに、たまたまアポの終わったダンナもやってきました。

「カンガルーケアさせてくれるって!」

すでに泣きそうでした。




「じゃ、お母さん、椅子に座って背もたれを倒して。楽な体勢になるように自分で調整して。」

と看護師さん。


椅子に座って椅子を調整している間に、看護師さんが保育器を開け、ピピウを保育器から出すための準備をします。

この時、ピピウにはまだ酸素チューブ、数種類の点滴、血中酸素飽和度をはかる機械、心拍数をはかる機械…色々線がついていたので、少し移動させるだけでも一苦労でした。


「お母さんの胸のところにピピウをうつぶせでおくから、服を開いて肌と肌が触れ合うようにして。」

「準備OK? じゃ、行くわよ…。」









約1000gの小さな小さな我が子がやっと私の胸にやってきました。



あたたかかった。

生きてた。

1000gほどしかないのに重かった。

命の重み。





ピピウが生まれてから…いや、生まれる前からの夢でした。

我が子をこの胸に抱くこと。



出産から1ヶ月半以上。

やっと願いが叶いました。


数日前までは、この子を抱くことはないのかも知れないと思っていたのに…。




本当に嬉しくて泣きました。

ダンナも隣で泣いていました。




当時の日記から一部抜粋。

"命の重さを感じた。
親になったんだと感じた。
嬉しかった。
幸せだった。
どうかこの当たり前のようで奇跡の幸せが、
これからも続きますように。"




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